2 バリオス、うかつにもギルドの権利書を手放す《追放者SIDE》


 かつての大陸最強ギルド『王獣の牙』――。

 そのギルドマスター、バリオスはギルド再建人を名乗るイルジナと話していた。


「三つのギルドと吸収合併が決まりましたよ」


 イルジナが満面の笑みで報告する。


「ほう。じゃあ、俺たちのギルドにそいつらが加わって、規模が一気に大きくなる……ってことだな」

「そうなりますね」


 勢い込むバリオスに、イルジナは微笑みを返した。


「くくく……いいぞ。ようやく巻き返しのときが来たというわけだ」


 バリオスがほくそ笑んだ。


 思えば、ここ数か月は散々だった。

 あのレイン・ガーランドを追放してから、ギルド《王獣の牙》は坂道を転げ落ちるように没落の一途をたどっていた。


 元居た冒険者も大半は去り、腹心と頼んでいた副ギルドマスターとも疎遠になってしまった。

 このまますべてが終わってしまうのではないかと、不安になった日々は数えきれない。


 だが、イルジナに出会ったことで、ふたたびバリオスの運気は好転し始めたようだ。


「つきましては、このギルドの権利書をお預かりいたしたく」

「権利書?」

「吸収合併の手続きに必要なんです。他の三つのギルドからもすでに権利書を」


 と、三枚の書類を取り出すイルジナ。


「ご確認くださいませ」


 差し出される。

 手に取って調べてみたが、どうやら三枚とも本物のようだ。

 だが――、


「いや、さすがに権利書を渡すのは不安だな」

「まあ、私が信用できませんか?」


 イルジナが悲しげな顔をした。


「うっ、それは――」


 彼女とは、すでに男女の関係になっていた。

 情が移っている。


 まして、今にも泣きだしそうな顔が、普段の知的でクールな態度とのギャップで心に迫る。


「うううう……」


 頭の片隅で、何かが警告を発していた。


 落ち着け。

 理性的な判断をしろ、と。


 だが、それをはるかに上回る『情』が、その声をねじ伏せる。


「分かった。頼むぞ、イルジナ」

「お任せください。これでギルドは再建されますよ」


 にっこり笑って、イルジナはバリオスの頬にキスをした。


「おお……」


 思わず彼女を抱き寄せようとする。


 が、それをイルジナはひらりと避け、


「では、行ってまいります。すぐ戻りますからね」

「頼んだ。戻ってきたら、たっぷり可愛がってやるぞ」


 ぐふふ、と笑うバリオス。


「ええ、たっぷりと。私を愛してくださいね?」


 イルジナは流し目をして去っていった。




 一日経ち、二日経ち……一週間が経っても、イルジナは戻ってこなかった。

 もちろん、ギルドの権利書も。

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