第2話 閑崎志緒理2

 だから、こんな雨の日に、黒い雨合羽なんて洒落っ気の無いものを着て待ち伏せをしている。包丁での刺殺を考えている。テレビドラマのように一刺しで息の根を止めることができるのかも分からないし、私のような小娘の腕力で刺し殺せるのかも分からない。他に確実な方法が思いつかなかったのだから仕方ない。右手に持った、この包丁はホームセンターで二四八〇円。高校一年生の私にとっては高額だ。雨合羽なんて二〇〇〇円もした。透明のものはもっと安いのだけど、黒となると値が張る。合計で四四八〇円。奴を殺すにもお金がかかる。

 奴の家の近くの雑木林。ここで計画を実行する。

 この計画を立てるのに、何日も費やした。

 下校時、奴を追って家を突き止めることから始まった。夏休み中、部活動が終わると、奴の跡をつけた。自転車通学の奴を追いかけるのは苦労したが、幸いにも私は運動神経に恵まれていて、五〇メートル走も学年どころか校内で一番早い。けれど、途中で見失うこともあり、奴の家を見つけるまで四度チャレンジした。学校から全速力で走って下校する。周りの目は気にしてはいけない。計画の事だけを考えるのだ。恥をかきながら見つけた奴の家は一軒家で、大きな門、自動車は外車が二台。金持ちの風格を漂わせていた。通学ルートに雑木林があると分かったときには狂喜乱舞した。比喩では無い。人は嬉しいと踊ってしまうのだ。

 殺害予定場所が決まった次は日取りだ。今は八月も終わり。天気予報は「来週は台風が上陸する予報です」と連日伝えていた。台風の日にしよう。雨の日は視界も悪く、雨音がうるさい。気付かれること無く奴に近づけるだろう。

 ここまで決まると、次は道具を揃えなければならない。雨の日に決行するのだから傘が必要かと考えたが、両手が空いていると都合がいい。合羽にしよう。それも黒だ。殺人犯の衣装は黒と相場で決まっている。私もそれに倣おう。

 殺害方法は刺殺と初めから考えていた。絞殺や撲殺は上手くやれる気がしなかった。刺殺するためにどの程度の太さのロープが必要か分からなかったし、確実に絞め殺せると思うほど自分の腕力に自信は無かった。撲殺なんてもっての外だ。何キロのコンクリートブロックを用意すればいいのだ。下校時にブロックを持って、奴より早く雑木林に到着する必要がある。無理だ。さすがの私も早く走れる自信が無い。

 計画当日。暴風警報がでて朝から休みになったらどうしようかと不安だったが、まさに「天は我に味方した」と言うべきか。警報は昼過ぎに発令され、全生徒一三時に下校となった。台風の中、全力で雑木林まで走った。

 そして、今に至る。

 包丁の柄を握りしめる。パッケージに書かれていた「鋭い切れ味」という謳い文句を信じる。上手く刺し殺せなかったらメーカーにクレームを入れてやる。

 そろそろ来るか? 体中が力んでいるのが分かる。大丈夫、ここまでイメトレもしてきた。万全だ。落ち着け。

「閑崎さん? こんなところで何をしているの?」

「えっ?」

 名前を呼ばれて振り向くと、私が愛してやまないクラスメイトの神倉結花がいた。

「何か用?」

 無愛想に質問を投げた。

「……くんは来ないよ。ここで待っていても彼はやってこない」

「べ、別に誰のことも待ってなんていないよ」

 奴を待っていることを知っているのか? 私は混乱した。結花がいること。奴が来ないこと。私が奴を待っていると知っていること。どれもが、私の頭を鈍器で殴るような衝撃を与えた。ガンガンと頭が痛くなる。そんな私に彼女は追い打ちを掛ける。

「大丈夫。安心して。私は全部知っているから」

 全部? 一体どこからどこまでの話をしているのか。

 包丁を握る手に力が入る。

 にやりと笑う彼女の笑みが初めて不気味に感じた。

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