第3話 神倉結花

 私は閑崎志緒理をずっと見ていた。

 長い綺麗な黒髪が羨ましかった。私の髪は地毛で茶色だから、憧れた。スタイルもとても良い。背が高くて、すらっとしている。ちんちくりんな私とは大違い。綺麗過ぎるあまりに、みんな近寄りがたかった。私はいつも彼女と話をしたいと思っていた。それなのにクラスメイトが邪魔をする。みんな昨日のドラマやアイドル、恋愛の話ばかり振ってくる。そんなことよりも、私は閑崎さんと話がしたいのに。

 私は彼女を愛していた。

 一度しか話したことのない人を好きというと軽い女と思われるかも。でも、好きなのだから仕方が無い。顔もスタイルも好き。外見から入ったって良いじゃ無い。内面は後から知れば良いでしょ?

 四月は彼女の跡をつけることをした。

 彼女の家の前まで行ったし、彼女が行ったファストフード店にも行って、こっそり何を頼むのか除いていた事もある。もちろん、私も同じものを食べた。

 五月は彼女が私の事をどう思っているのか観察した。

 六月には閑崎さんが私に興味を持ってくれていることがわかった。クラスの席替えの時もこちらを見ていたし、授業中に何度もこちらを見てくる。少なくとも悪意のある視線では無いことは私にも分かった。

「ちょっと、神倉さん。やめなよ。閑崎さんと話さない方が良いって」

 周囲の閑崎さんへの評判は、美人で近寄りがたい人から、とっつきにくい人に変わっていた。何も知らない奴らが勝手なことをほざいているのだ。「閑崎さんは私たちのことを下に見ている」とか「人と関わるのが嫌いなんだ」とか。私が話しかけようとしても邪魔をされる。

 一度、下校時に学外で話そうと試みたことがあった。

「閑崎さん! 一緒に帰ろうよ!」

「いえ、私と話しているところを誰かに見つかると都合が悪いんじゃ無い?」

 と言って、スタスタと去って行った。

 ななな、なんでよ!

 折角話す機会を作ったのに。

 周りが自分のことをどう思っているのかを知っているような振る舞いだ。

 クラスメイトたちが恨めしい。

 私がどれだけ閑崎さんに興味を持っていても満足に話すことすら叶わない。

 だから、私は作戦を考えた。

 彼氏を作るのだ。そうすれば、閑崎さんの私を好きという気持ちをより意識するに違いない! 彼女の方から私に話しかけてくるのも時間の問題だろう。

 七月、私に彼氏ができた。

 一つ年上の、サッカー部の先輩だった。かっこいいと評判の人で、話していても優しい人なのだろうなと感じた。私は吹奏楽部に所属していて、部活終わりには一緒に下校をした。彼はいつも私を家まで送ってくれた。「自転車だから、家まですぐだし。気にしないで」と言ってくれた。

 ある日の帰り道、私と彼の跡を閑崎さんがつけていることに気がついた。私の家と彼女の家は方向が違う。帰宅してすぐに窓から外を覗くと、彼女が家の前にいた。

 彼女は私の事を気にしてくれている。

 私の家が知りたかったのか。彼と変なことをしていないか見張っているのか。理由は分からないけれど、閑崎さんが私に興味を示している事が嬉しかった。

 私が一人で行ったファストフード店。私の後に閑崎さんが入ってきた。きっと話しかけても逃げられてしまうだろうから、気付かぬ振りをして様子を伺った。私の側を通るときにチラッと私を見た。彼女がオーダーしたのは私と同じメニューだった。偶然なのか、私の食べているものを見てオーダーしたのか。どちらにしても嬉しかった。四月に私がしていたことと同じ事をしてくれるなんて、嬉しすぎるでしょ。

 八月。私は彼と別れた。「冷めてしまった」なんて、ちょっぴり大人っぽい言い方をしてみた。彼がなんとかして繋ぎ止めようと様々な言葉を掛けてくれたが「無理」と私は言い続けた。少し冷たい女だったかもしれない。

 彼とは最後まで身体の関係を持つことは無かったし、キスもしなかった。手を繋ぐこともしなかった。休日に一緒に遊ぶこともしなかった。それは、私の身体があの男に穢されることを嫌ったし、どこかに彼との思い出ができてしまうことも避けたかった。可能な限り、私の初めてを閑崎さんに渡したかったのだ。

 私が彼と別れたことはすぐに広まった。夏休み中の部活動でもその噂話を確かめようと私のところに何人も訪れた。

 部活後、下校時に閑崎さんは私の跡をつけてこなくなった。なんで? 彼と別れただけで辞めてしまうの?

 日課だったはずの私のストーキングを辞めて、何をしているの?

 今度は私が彼女の跡を追った。部活後に彼女を見かけたが、ものすごい勢いで走っている彼女を追うのは骨が折れた。最後まで追うことは叶わなかったが、どうやら私の彼……元彼を追っているようだった。自転車に負けない速度で走っていた。

 何のために追いかけているのだろう。彼と話をするなら学校でもいい。家でも突き止めようとしているのだろうか。それから何度か同じ光景を目にした。

 新学期。珍しく走っていない彼女を見かけた。向かった先はホームセンターで、包丁とレインコートを購入していた。真っ黒なレインコート。彼女の趣味とは違う。購入した商品の組み合わせ、最近の彼女の奇行から私はある予感がした。

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