第1話 閑崎志緒理

 私には好きな人がいる。

 同じクラスの神倉結花だ。

 身長一六八センチの私とは違い、彼女は一四〇センチと小柄。栗毛の髪は染めているわけでは無く、目もぱっちりとしていて、とても可愛い。こんなにも可愛らしい人を私は他に知らない。

 きっとプライベートでは紅茶を嗜み、その小さな口でマカロンを食べるのだ。はぁ、可愛い。想像するだけでもため息が出てしまう。

 そんな彼女と会話をしたのは入学式の日。席が近く、話をした。

「私は神倉結花。これから同じクラスだね! よろしく!」

「よ、よろしく」

 その次の日も話をしたかったが、可愛らしい彼女は男女ともに人気が高かった。常に周りには誰かがいて、私が入り込める隙は無かった。

「……か、かみく」

「神倉さん、一緒に帰ろ」

 人見知りをする私は、声を出すまでにも時間がかかる。その間にクラスメイトが彼女と会話をする。これじゃあ、いつまで経っても彼女と話す事なんて無理じゃないか。だけど、遠くから彼女が楽しく過ごしている様子を見ているだけでも十分だとも思った。彼女が幸せならそれでいい。

 他のクラスメイトとも上手く話せない日が続いた。「閑崎さんは私たちのことを下に見ている」そんな声が聞こえた。誰が言ったのかは分からなかった。いつ、私がそんな態度を取ったと言うのだろう。見下していると言ったことがあった?

「閑崎さん! 一緒に帰ろうよ!」

 結花だった。一人でいる私を心配してくれたのだろうか。でも、私と話をしているところを見られたら、彼女も何を言われるか分からない。

「いえ、私と話しているところを誰かに見つかると都合が悪いんじゃ無いですか」

 それだけ言って、私はその場を離れた。ごめんね。

 七月のある日。夏休みが近づいてきて皆が浮つき始めた頃。

 クラスメイトの噂話が耳に入った。

「神倉さん、彼氏ができたらしいよ」

 衝撃だった。みんなの人気者だった神倉結花が誰かのものになるなんて。私はどうすればいいのか分からなかった。

 それからというものの、結花の彼氏の情報については可能な限り触れないようにしてきた。なぜなら、万が一にも結花を泣かせるようなことをしたら、私はその彼氏を許せる自信が無かった。それどころか殺してしまうのではないかと思った。だから、できるだけ情報はない方が良い。気をつけてはいたのだが、彼氏は一つ年上という話を耳にしてしまった。

 結花と彼が一緒に帰っている姿を見たことがある。彼の家がどこなのかは知らなかったが、自転車を引いていたことから遠くに住んでいるのだろうという予想はついた。興味本位で後をつけた。彼は結花を家まで送って、自分はそこから自転車で帰っていた。きっと良い奴なんだろうなと思った。

 夏休みに入ると、私は結花の姿を見ることは無くなった。当然だ。連絡先も知らない。結花からすれば私は友人ですら無いのだろう。彼とは遊びに出かけているのだろう。花火大会や海、プールにだって行ったかも知れない。そう思うと寂しくなり、毎晩ベッドで泣いた。

 八月。陸上部の活動で学校へ行くと、新たな噂が耳に入ってきた。

「神倉さん、別れたみたいだよ」

 なんてことなの!

 結花が別れたなんて。

 あんな優しく、可愛らしい子が、一体何故? いや、相手の男が不甲斐ない奴だったのかも知れない。結花が見切りをつけたのかもしれない。

 どちらが別れを切り出したとしても関係が無い。結花を捨てる男だとしても、捨てられる男だとしても、結花を傷つけ、彼女の一ヶ月を奪ったことには変わりない。

 私の中に沸々と今までに感じたことの無い感情が湧き上がってくる。これは何なのか。結花の時間を奪った奴を許せない。殺してしまいたい。恨み? いや、違う。

 そう、これは愛だ。

 こうして私は一つ年上の“奴”を殺す事を決めたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る