第8話 露呈する計画

 博士は少しの間、してやったりの状態を楽しんでいるようだった。だが、それも終わると急に真面目な顔になり、桜井を見つめた。

「これは、彼女の口から聞いたことではないので、他言無用でお願いしたい。他人にはもちろんのことだが、本人にも言わないでほしいことなんだけどね」

 とあらたまった顔をするので、桜井はビックリして、

「どういうことでしょうか?」

 と訊くと、

「これは、本当はいけないことなのだが、しかもそれを警察の人に話すというのは大きな問題だと思うが、君に秘密が守れるかね?」

 と言われて、

「はい」

 と返事をしてしまった。

 聡子の話が事件とは関係のないことなので、とりあえずは問題ないと思って返事をしたのだが、少し後悔の念もあった。

「私は催眠療法の方も専門なので、彼女の記憶を少しでも引き出そうとして催眠療法を行ったんだ。本当は本人の意思を訊いて、承諾がなければ行ってはいけないルールなのだが、彼女の中に何かトラウマがあるとすれば、その原因を突き止めない限り、いつまで経ってもこの繰り返しだと思ったんだよ。そこで彼女の潜在意識に訴えるかのように、催眠術を掛けた。すると、最初はなかなか催眠に掛からなかったんだ。彼女の無意識の抵抗があると感じた。こうなってしまうと、私も意地になったというよりも、その抵抗の先にこそ、何か秘密があるのではないかと思い、続行した。すると、幸いなことに抵抗はすぐに収まり、一旦収まった抵抗は二度と現れなかった。そこから先はうまく催眠にかかってくれて、彼女の裏に潜む影を知ることができたんだ」

 と博士は言った。

 それを聞きながら喉がカラカラに乾きそうになった桜井は、目の前に出されたお茶を口にふん組んで潤したのだった。

「それで何かが分かったんですか?」

 と訊くと、

「ええ、分かりました。時期はたぶん彼女が大学生の頃だったんじゃないでしょうか?

 お友達とどこかに遊びに行った時のことのようですが、帰ってきてから、家に帰るまでの途中で、どうやら暴行されたようなんです。どこかの工事現場のようなところに連れ込まれて、そこで男に羽交い絞めにされる格好で、抵抗してもあまりにも不意だったのでうまく逃げられるわけはありません。結局、暴行魔の餌食になってしまったようなんですが、彼女は強い女性なんでしょうね。それを誰にも言わずに一人で抱えていました。当然、辛かったと思います。トラウマになってしまって、男性恐怖症になるのも当たり前です。彼女は男性恐怖症を嫌がったのではなく、自分がまわりに何も言わないから、言えないと思っているから、まわりは勝手なことをいう。それが辛かったようです。友達がせっかく親切で、誰か照会してあげると言われても、本人とすればとんでもないこtですよね。それを笑いながらうまく断らなければいけない。そんな自分にジレンマと嫌悪を感じていたようです」

 と、博士は言った。

 それを聞いて、桜井はまるで足元が開いて、奈落の底に叩き落されたような気がした。

 刑事である以上、今までに何人もの女性の被害者を見てきて、見るに堪えないと思ってきたはずなのに、自分の知り合いがそんな目に遭っていたということが分かってしまうと、これほど辛いことはない。

「そ、そんなことがあったんですね」

 と訊くと、

「ええ、その通りのことが彼女の中にあったんです。だから、きっと自分の中に必死にこらえていたものがあったんでしょうね」

 そこまで聞いてから、桜井はハッと感じた。

――そうだ、彼女が暴漢に襲われたというウワサを訊いたことがあったはずだ――

 というのを、今思い出した。

 この間までその思いが意識の奥にあったはずなのに、いつの間に消えてしまっていたのか、これこそ、まるで自分が記憶喪失に掛かったかのようではないか。

 記憶喪失というのは、自分が意識していないと、本当に記憶喪失だとは思うわけはない。聡子も自分の中で、記憶喪失だという意識があるのだろうか?

 あの看護師もなにかも分かっていてついているようだった。そして、聡子が何を言い出してもまったく微動だにしないほどの意識を持たなければいけないにが看護師とうものであろう。

 しかも、身体の変調というわけではなく、精神的なものであり、一番感知しにくい、一番人によって違っているものではないかと思うのだった。

 あの看護師のように、何も言わない方が聡子のためなのかと思うと、聡子が桜井のことだけを思い出したのが何か分かる気がした。

―ーどうしてこんな簡単なことが分からなかったのだろう? それだけ自分が好きだった相手に出会って、しかもその人が記憶喪失で、さらに自分だけを思い出してくれたということに勝手に感動してしまったことで気付かなかったのだろうか?

 そんな風に思うと、穴が会ったら入りたい気分にさせられてしまう。

 聡子があれだけ懐かしんだというのは、それは相手が桜井だったというわけではなく、自分を知っている人がそばにいるということがよほどうれしかったのではないだろうか。記憶を失ったと言われ、まわりはまったく知らない人ばかり、そして何となく記憶に残っている人が目の前に現れたのだから、喜んでみてどこが悪いというのだ。間違っていれば、

「ごめんなさい」

 と謝罪すればいいだけではないか。

 彼女は記憶は失っているかも知れないが、知識が消えたり、頭の回転がなくなってしまったわけではない。記憶がないという以外のことは正常なのだ。

 もし、記憶がないだけではなかったら、医者がそんな呑気なことをしていられるわけもない。記憶がないというだけだからこそ、記憶のない相手をゆっくりと覚醒させようとしているのだからである。

 だが、聡子に寄り添っている看護師は、それでも何か曰くを感じさせられた。確かに記憶喪失の患者の相手というのは難しいだろうし、必要以上に感情と剥き出しにすることは許されないだろう。

 だが、明らかに感情を押し殺した状態で接している。記憶がない以外のことは正常であるなら、彼女の普段と同じ状況で接すればいいのだ。

「あっ」

 そう想うとまた違う発想が頭をもたげた。

――彼女は今、何が本当の彼女なのだろう。普段から人と接しないような孤独な毎日を過ごしているとすれば、今と変わりないではないか。それならば、看護師の態度もどこが悪いというのか、一切問題がないかのように思えるのだ。

 ということは、きおくがあろうがなかろうが、彼女の本性は今の彼女の様子に相違ないと思うと、

――じゃあ、中学生の頃の彼女は何だったんだ?

 と思えてくる。

 ただ、その間にあった暴行事件、中には自殺を考える人だっているような陰惨な卑劣な事件である。

 それがどのような経過で解決したのかは分からない。しかし、刑事をやっていると、大体のことは想像がつく。

 相手の言いなりになって、示談に持ち込み、うやむやになったか。これが一番多いだろう。何しろ、裁判になって訴えたとしても、法廷では相手を有罪にするための状況証拠などが必要なことから、言いたくもないことを根掘り葉掘り聞かれて、弁護士から、まるで合意の上だったのではないかなどという屈辱的なことを言われ、次第に戦う石を失わせるための相手の策略に引っかかってしまうことが多いからだ。だから、起訴前に弁護士が女性を説得に来る。

「もし、このまま争っても、微々たるものしか得られない。そのために、君は法廷で恥辱の目にあわされて、好奇心の目に晒され、それでもあなたは耐えられますか? しかも裁判で百パーセント勝てるわけがない。示談金を貰って、引き下がる方が身のためだ」

 と言われてしまうのがオチではないか。

 それでも、相手を訴えると、今度はマスコミの餌食である。口では彼女を応援するようなことを書いておきながら、もし世論が彼女を否定する側にまわると、今度は掌を返したように彼女を責め立てるだろう。

 それを想うと、裁判を起こしても起こさなくても、結論は決まってくる。果たしてどういう運命が待ち受けているかを考えると、

「世の中が忘れてくれるのを待つしかない」

 であったり、

「誰も自分を知らないところに行ってしまおうか?」

 などの、ロクな考えしか浮かんでこない。

 つまりは、選択肢があって、自由に選べるとしても、その選ぶ場所は底辺でしかないのだ。そんな人生に何が楽しみがあるというのだ。忘れたくないと思っても、本能が忘れてしまおうというほどに、自分の記憶や意識が妬ましいと感じることはないだろう。

「ところで、博士。この病院にやってくる記憶喪失の患者の中に、薬物をやっている人が多いというようなことはありませんか?」

 と桜井に訊かれて、

「ああ、そういう患者さんも確かに多いですね」

 というので、

「そういう患者さんは他の記憶喪失の患者さんとはどこか違っているんでしょうか?」

 と訊かれた博士は、

「ほとんど変わりはないように思うんですが、正直、クスリをやっている人と、それ以外の人とでの記憶喪失の変化の曽合に関し下は、今研究を進めているところではあります。この薬物は非常に粗悪なもので、誰がどんな目的で作ったのか、とにかく粗悪すぎてどのような作用が起こるか分かりません。だから、この薬を作った人は素人ではないかと思うんです。でも、それを他の麻薬ルートのようなもので広めようとすると、不安に感じるはずなんですよ。何しろクスリなので、何が起こるか分からない。いきなり発狂するような形で、共謀になったり、自殺者が増えてしまったりですね。だから、開発グループに対して、かなりの注文をしているはずです。ただ、開発グループが最初から、こんな原料で麻薬を生成するなど、最初から無理があると思っているのだとすると、難しいですよね。どうやってごまかそうかという方に走ってしまうので、違った副作用には目を瞑ってしまうでしょう。その副作用というのが、記憶を失ってしまうことであるとすれば、それくらいのことであれば、今ならまだ騒ぎになることはない。今の間にゆっくり副作用を消していくようにすればいいということになるのではないか。もし、組織に脅されて盃初させられている団体があるのだとすれば、このような発想もあり得るのではないでしょうか?」

 と博士は話した。

 ちょっとした質問から、ここまでの回答ができるということは、今の状態を博士は把握していて、自分がどこまでどのように考えているのかということを、桜井刑事に話をしたのだ。

 さらに教授は続けた。

「これは私の勝手な発想なんですけどね」

 と一言言って、一度呼吸を整える様子を示しながら、

「今回、そちらの警察署で捜査されている会社社長の死なんですけどね。あの司法解剖に私の助手が立ち会ったのですが、面白いことを言っていたんです」

 と訊いて、桜井は一瞬ビクッとして、

「それはどういうことでしょう?」

 というと、

「「あの患者の身体に現れていた死斑、つまり死後に現れる痣のようなものなのですが、どうも今回問題になっている薬物を摂取した人にあるものに見ているというんです。だけど、実際には薬物は検出されなかった。これは自分も立ち会っているから、事実だというんです。これは助手のあくまでも私見でしかないのですが、例の粗悪なや悪物の効果は、死んでしまった人を解剖しても、その痕跡はどこからも洗われることはないので、分からないというんです。しかもまだ未知の薬物なので、一般の知られていない医者や監察医などには分からないものであるというんですね」

 と博士はいうではないか。

「ということは、博士の助手の方は、その薬物を摂取した患者を今までに何人も見てきたということでしょうか?」

 という桜井の質問、一瞬、鋭いと思ったのか、博士は少したじろいだ。

「ええ、その通りです。たぶん、私が立ち会っていてもすぐに分かったことだと思います。実際に死んだ人を今までに見たことがなかったので分からなかったのですが、記憶喪失にかかっていて、薬物に侵されている人は何人か見てきたした。だからだいぶ分かってきたんです」

 と博士がいうと、桜井が何かに気付いたように、

「じゃあ、どうして、今回の聡子さんに限り。警察に届けたんですか?」

 と言われた博士は少し考えてから、

「実は、私は聡子さんを前から知っていました。彼女が暴行を受けた時、カウンセリングや精神的な部分の克服のために、病院に通っていたんです。その間に私の治療も受けていました。その頃の彼女はまだまだ危なっかしくて、いつ自殺を繰り返すようになっても無理もないような状態でした。しばらくしてから、彼女がある程度治ったという話を訊いて、ホッと胸を撫でおろしたのですが、今回、記憶を失って運ばれてきた。私が知らない間に何があったのか、調べてみるとやはり、記憶喪失になっている。こうなったら、警察に黙っておくわけにはいかないと思ったんです、ひょっとすると、この薬物は精神的に傷を持っている人を狙って売られているのだとすると、どこかに計画的なものが存在しているのを警察に探ってほしいという思いを込めて、警察に通報しました」

 と博士がいうと、

「じゃあ、博士は今まで、薬物と記憶喪失の関係を知っていて、警察には何も言わなかったというんですか?」

 と、責められたが、

「あくまでも憶測で、証拠らしいものは何も存在しない。そんな話を警察に話して、果たして警察は動いてくれますか? 動いてなんかくれませんよね? 警察というところは、何かがなければ決して動こうとしませんよね? もし仮に私が、権威のある私が言って動いたとしても、それはあくまでも、権力に靡いたというだけで、あたかも組織として動いているだけですよね? そんなところに誰が話すものですか。私は最初、ずっとそう感じてきました」

 と博士は、いつになく興奮してまくし立てるように話し始めた。

「それじゃあ、どうして警察に協力してくれるおつもりになったんですか?」

 と桜井が訊くと、

「以前から知っている、聡子さんが事件の渦中に放り込まれているということを知ったのも事実としてはありますが、今回の事件に少し綻びが生まれているのも分かってきたんです。つまり、誰か組織で裏切りものがあって、その人が密かに警察に駆け込むつもりでいるという話が入ってきました。私には警察とは別に探偵の知り合いがいます。その人が私と同じ信念を持って麻薬と記憶喪失の関係を追いかけていたので、その人に頼むと、そういう情報があったんです。それで、少しでも警察にも動いてもらって、その組織の裏切り者と言われる人と一緒になって、おkの事件を終わらせてくれることを願ったんです。でも、私の望みは甘かったことを知りました。警察なんか信用した自分が甘かったと知ったんです」

 と博士はついに涙を浮かべたのだ。

「それはどういうことですか?」

 と言われた博士は、嘔吐しながら、

「その裏切り者というのが、今回のあなたがたが捜査している事件の被害者その人だったんですよ」

 と言って、いかにも吐き捨てるような言い方をしたのであった。

 さすがにそれを聞いて、桜井はショックを受けた。

 博士はそこまでいうと、もう何も言いたくないと言いたげで、完全に虚脱状態になっていて、知っている博士とはまったくの別人になってしまったようだ。

――博士も、人の子だったということか――

 と感じたが、博士の様子を見ていると、それだけのことなのかどうかと、疑問にも感じられた。

 博士は明らかに何か意志を持って計画を勧めていた。警察に通報しなければいけないことを怠って、後で分かれば、下手をすれば、地位も名誉も地に落ちるかも知れないというリスクがありながらの行動であった。

 しかも、博士のこの警察に対しての恨みは一体何なのだろうか? 今まではいかにも博士だという感じで、冷静沈着だったにも関わらず、いきなりの勧善懲悪を表に出したかのような態度に、桜井が感じたように、博士も人の子だったということなのか、それとも、浅川刑事には感じなかった思いを、桜井刑事に感じたからなのか、つまりは、勧善懲悪という気持ちが自分の中にくすぶっているという感覚であった。

 さすがに桜井は、今日はこれ以上博士と話をしていても、実際に今の時点で聴きたい、冷静沈着な意見には辿り着けないと思い、

「すみません、今日はこのあたりで失礼させていただきます」

 というと、博士は、

「すみません、取り乱してしまって……。また今度の機会に私の方ももう少し整理して分かっている部分をすべてお話しようと思います。今日はさすがにそこまではできないので、申し訳ありません」

 と言って、うな垂れるように、応接席のソファーに倒れ込んだ。

 桜井は、その状態を見ながら一例をし、博士の研究室を離れたのだ。

 とりあえず、もう一度、聡子の病室に戻った。

「あら、桜井君。ご苦労様。博士とお話できた?」

 と聡子に訊かれて、

「ああ、博士はいろいろ教えてくれたよ」

 というと、

「じゃあ、博士は私が博士のことを好きなのも話したのかしら? 恥ずかしいわ」

 と言って、顔を赤らめた。そして話を続ける。

「私が前に何があったのかということをすべて受け入れてくれたあの人を、私は好きになっちゃったの。あの人が私のことを好きだとなかなか言ってくれないので、もどかしい気持ちになっていたんだけど、桜井君は話しやすいひとだから、博士も話してくれたんじゃないかと思ってね」

 というではないか。

 聡子は、桜井は暴行のことを知っているというような気持ちでいるようだった。

 そして、今の聡子の記憶は、博士が教えたものではないかと思った。一つきになるのは、

「本当は、聡子は記憶喪失なのではなく、博士が計画して記憶喪失に思えるような細工をしたのではないか?」

 という思いだった。

 博士は、記憶喪失や精神関係の医療やカウンセリングに関しては専門家だった、その博士のすることだから、なんだってできてしまうのではないかと思うのは、考えすぎであろうか?

 桜井は、今頭の中で考えが輪廻していた。

「表が裏になり、裏が表になる。さらにその表がまた裏に変わってしまう……」

 その思いが頭の中を巡っているかのようだった。

 その中に、薬物というものが作用しているとすれば、辻褄が合い合おうな気がしてきた。そこで問題になってくるのが、会社社長の死である。彼の死を発見した女性までが記憶喪失になる。

「あの茶所で殺されたのかどうかは別にして、ひょっとするとあの場所に死体があったということは、あの死体の第一発見者に弘子を仕立てるためだったのではないか? と思うと、何かの辻褄が合っているのではないか?」

 と考えられた。

 彼女がそのあと記憶喪失になったのも、あくまでも最初から計画されていたことであり、むしろ、彼女を記憶喪失にさせるのも目的だとすると、謎が解けた瞬間、一石二鳥の計画も暴露されるのではないかと思えた。

「計画を複雑にすればするほど、一つの謎が解明したことで、いくつものピースが嵌っていくジグソーパズルのようだ」

 と、桜井は考えたが、

「ジグソーパズル?」

 ともう一度自分に言い聞かせてみろと、今度は事件の謎が解けていけば解けるほど、最後のピースがそれまで組み立ててきたことが正解でなければ、最初から組み立てなおしということになる。そういう意味で、ジグソーパズルのような加算方式の事件においては、最後の詰めが問題になってくるのだ。双六ゲームのようで、最後のマスト同じでなければ、また逆戻りしてしまうというものと似ている。

「九十九パーセントまで来ていても、最後の最後で戸惑っているうちに、追いつかれて、相手にゴールされてしまう。つまりは、勝負は蓋を開けてみなければ分からない」

 ということだ。

――それでは、被害者である社長を殺したのは、一体誰なのだろうか?

 という謎がまずは残っている。

 防犯カメラに映っていた姿は、女性を思わせる。その体躯からは男性ではないだろう。少なくとも今現状で表に出ている男性で、防犯カメラに映っている人間であるということはないだろう。

――あの事件は、博士や聡子にはまったく関係のない事件のように思えるが。果たしてそうなのだろうか?

 と考えていた。

 博士は何か目に見えない組織を相手に戦っているように思える。最初は博士がその一味の一人ではないかととも思えたがどうもそうではないようだ。博士が研究しているのは、組織にとって利益になることではなく、逆に、彼らの資金源である薬物と、その副作用である記憶喪失を鶏鳴しようとしていることだ。

 ただ、博士が最初から組織に立ち向かおうと思ったわけではないだろう。いくら博士とはいえ、いや、研究者としての使命を帯びていると思っている博士からすれば、命の尊さは誰よりも持っていることだろう。

 特に医者として、たくさんの患者の死に立ち会ってきただけに、博士の思いは強いものがあるだろう。

 この事件での博士の役割は重要だ。だが、どこでどのように絡んでいるのか、今は分かっていない、もし、それが分かってくると、会社社長の死も分かるのではないかと思うのだ。

 博士にとって社長は、

「生きていてほしくはない人物」

 だったように思えて仕方がない。

 どうしてそう感じるのかは、まだハッキリとはしないが、この思いがどこから来るモノなのか、桜井は考えずにはいられなかった。

 博士が気になっているのは、組織が

「粗悪だと思われる薬物を、知っていて使用しているというリスクは、警察からマークしやされやすい」

 というところにあるということが分かっていて。どうしてわざと使用しなければならないのか。

 これも、組織の謎に一つと言えるのではないだろうか。

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