カレーライスが大好き

 僕は昔からカレーライスが大好きだ。好きの度合いは誰にも負けない自信があるくらいには好きだ。僕はカレーライスが食べれなくなるなら死んでもいいと思っているし、カレーライスが無い世界なんて生きている意味がないとも思っている。母が言っていたことが本当なら、僕が初めて食べた離乳食はカレーライスだったらしい。僕があまりにも泣いているときは、カレーライスを食べさせていたのだそうだ。僕はすぐに泣き止んだと言っていた。


 小学生のころは給食のカレーライスが楽しみで仕方がなかった。給食にカレーライスが出る1週間前から、僕は待ちきれなくて時間がたつのがとても遅く感じたのをよく覚えている。そのくせ、いざカレーライスが出る給食の時間になると、夢のような給食の時間は一瞬で終わってしまうのだった。僕は子供心に、カレーライスは時間をあやつる力を持っているのかとさえ思った。


 中学生になると、僕はサッカー部に入った。サッカー部に入った理由は、運動をして疲れた後のカレーライスはものすごく美味しいのだということに気付いたから、なるべく疲れることができる部活をやろうと思って選んだのだった。僕は大してサッカーはうまくなかったし、何なら下手っぴだったけど、どれだけミスをしても、カレーライスを美味しく食べるためなら頑張れた。中学3年生でレギュラーになることができたのも、カレーライスのおかげだと思う。


 僕は高校に入った後もサッカーを続けていた。もちろんカレーライスを美味しく食べるためだ。高校時代の青春の思い出は甘酸っぱいものなのだろうけれど、僕から言わせれば熱くて辛いものだった。僕は高校生になったときに、生まれて初めて彼女ができた。でも、あまりうまくはいかなくて、1年経たないうちに別れてしまった。僕が彼女に振られてしまった。振られた後、無気力になった僕が入ったのはカレー屋さんだった。そのカレーライスの味は辛かったけど、あまりにも優しすぎて、僕は泣きながら食べたのを覚えている。あれから何年も経つから、あのカレー屋さんも今はきっとないのだろうなと思うと悲しくなる。


 大学生の思い出は、忘れもしない。カレーライスのように刺激的なスパイシーな思い出だ。僕はバイト先のカレー屋さんで運命の人に出会ったのだ。彼女もカレーライスが大好きだったから、僕たちはすぐに意気投合したのを覚えている。この時は、僕は大真面目にカレーライスには人と人をつなげる魔力があるのだと思った。実は今もその考えは変わっていない。


 僕は社会人になった。僕は食料品メーカーに入社した。仕事中もカレーライスのことを考えていたいからだ。僕は彼女と同棲を始めた。仕事でどれだけ辛い思いをしても、彼女の作るカレーライスを食べればへっちゃらだった。


 それから、数年後に僕たちは結婚して、それから数年後に子供ができた。兄と妹の兄妹だ。休日に家族全員で作るカレーライスは絶品だった。自分たちの子供が、自分たちで作ったカレーライスを食べて笑顔になっているところを見ると何だか目頭が熱くなったのを思い出す。あの笑顔は一生忘れないと思う。


 そんな子供たちもいつしか大人になった。子供たちの成長を見守ったのは大変でもあったが、思い返せば楽しかった。子供が家を出るときにもみんなでカレーライスを作った。嬉しさや寂しさなどたくさんのスパイスの入ったカレーライスの味は格別だった。カレーライスも子供たちの成長を見守っていたのだと思う。


 やがて子供たちも結婚して、僕には孫ができた。孫がおじいちゃんの作るカレーライス大好きと言ってくれたのがうれしくて、子供たちが孫を連れて帰省してくるときは、決まってカレーライスを作った。孫がわんぱくにカレーライスを食べている姿はかわいらしかった。お父さんそんなに食べるの、と子供たちに言われていたから、僕も変わらないのかもしれない。カレーライスに性別も年齢も人種も関係ない。


 それから何年かして、僕たち夫婦はだいぶ年をとってきて、僕は仕事を辞めていた。食べられなくなったものも出てきたりしたけれど、カレーライスはいつまでも食べることができた。妻に先立たれたのは今思い返しても悲しかったが、笑顔の妻の写真を前にカレーライスを食べると、妻も一緒にカレーライスを食べているのだと感じた。この時には、カレーライスに時間も空間も関係ないことを知っていた。


 僕はカレーライスだけはずっと食べることができた。ずっとずっと食べることができた。長生きなのもカレーライスのおかげだと思う。400年がたったころには、カレー仙人と呼ばれ始めた。カレーライスは一晩おくと美味しいとは言うけれど、僕も年々元気が増しているような気がした。カレー仙人という呼び名はうれしかった。


 それからもっと時間がたった。その間に、政府の偉い人が僕の身体を研究させてくれと言って、身体を調べられたりした。結局どうして長生きなのかはわからなかったらしい。僕はカレーライスを食べるために生きているんだと言ったのだが、耳を貸してくれなかった。時代は目まぐるしく変わり、世界の風景も目まぐるしく変わったけれど、カレーライスはいつまでたっても変わらなかった。こんなにおいしいものは間違いなく他にないと思う。宇宙人との貿易によって輸入されるようになった絶品料理なんかよりもおいしいと胸を張って言えた。


 いつしか僕はあがめられるようになった。人々は僕のことをカレーライスの神と呼び始め、信仰し始めた。「カレーライスを食べるために生きている」と僕は言っただけなのに、人々は何やらその言葉を巡って難しい議論を始めだし、戦争をするまでに至った。「争いなんかしてないでカレーライスを食べようよ」と僕は言った。人々は、今度は難しい議論なんかしないで、カレーライスを食べてくれた。みんなで食べるカレーライスの方がおいしいに決まっている。


 それでも、地球には限界があって、人々は続々と地球から脱出していた。僕はと言うと、カレーライスを食べることに夢中だったから、地球から脱出することができなかった。僕にとっては地球が崩壊しようとカレーライスを食べることの方が重要なことだったから、どうでも良かった。


 地球が崩壊してから、何万光年経ったのかは僕にはわからない。その間に太陽が崩壊したり、新しい星ができたりした。僕はカレーライスを食べながらそんな光景を見ていた。宇宙ももうじき崩壊するのだろうなとスプーンをくわえながら僕は思った。スプーンに超新星爆発の光が反射していた。


「そんなわけで、ずっとずっと昔から僕はカレーライスが好きなんだ」と僕は隣の席の女の子に話していた。女の子は「嘘つき」と僕に言うし、「授業中におしゃべりしない」と先生に注意されたけど、嘘なんかじゃない。僕は誰よりもカレーライスが大好きだ。

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