首都高の死神
俺は走り屋だ。首都高を走る走り屋だ。今も俺は首都高を走っている。筋金入りの走り屋で、そこら辺のちんけな暴走族とは違う。そんな俺の愛車は白いシビックだ。フルチューンしてある。この機会だ、走り屋の世界について話そうと思う。
走り屋が暴走族と違うのは、走り屋は遊びじゃないというところだ。走り屋は勝手に名乗っていいものではない。だから、俺たちのような真の走り屋に言わせれば、暴走族は自称走り屋ということになる。
走り屋は勝負の世界だ。一対一の真剣勝負の世界だ。勝負の合図は戦いたい相手の車の後ろにつき、ハイビームを三回浴びせること。仕掛けられた相手はハザードを三回押す。これで、勝負が始まる。ハザードを押さなければ勝負は始まらないが、暗黙の了解で勝負からは逃げることができない。もっとも、例外も存在する。
走り屋のルールはかなり細かく決められている。今ここでは複雑なルールの説明はしない。速い奴が勝つ、ということだけ覚えてくれればいい。
走り屋の世界には伝説がある。全部で四つの伝説がある。自称走り屋はこの伝説すら知らない奴らもいるから、この機会に覚えておくといい。
一つ目の伝説は『キング』だ。先程、走り屋は勝手に名乗っていいものではないと言ったが、これは、『キング』に認めてもらうことで走り屋の称号を手に入れることができるという意味だ。『キング』は元F1レーサーで、赤いトヨタ2000GTに乗っている。先程言った勝負の世界の例外も『キング』のことで、自称走り屋がいくら勝負をしかけても『キング』は受けてはくれない。『キング』から勝負を仕掛けられたときに初めて走り屋に認められる。
この時点で走り屋だから、勝ち負けは関係ない。大体は、『キング』に完膚なきまでに叩きのめされて走り屋の洗礼を受けることになる。もっとも、俺の敵ではなかったが。
二つ目の伝説は『チェイサー』だ。『追跡者』とも呼ばれる。『チェイサー』は高速隊のパトカーで、車種は寄贈されたGTRだ。『チェイサー』と戦うことは難しい。勝負を仕掛けようものにも相手は警察だ。大抵は相手にされず執行されてしまう。もし『チェイサー』を見かけたら逃げることだ。
しかし、例外も存在する。それは、『チェイサー』に勝負を仕掛けられる場合だ。サイレンもパトランプも鳴らさずに接近し、他の走り屋同様ハイビームを当ててきた場合、勝負を仕掛けられた合図となる。
この勝負には絶対に勝たなければいけない。負けた場合は一発で免停を食らう。しかし、勝つことができれば、以降取り締まられることはなくなる。走り屋として、警察にも認められることになる。当然、俺はぶっちぎってやった。俺の相手ではない。
三つ目の伝説は『死神』だ。『死神』は『キング』や『チェイサー』とは違い、本当に実在するのかもわからない。黒い車で、一説にはS15シルビアではないかと言われている。『死神』に会うためには首都高を走り続けるしかない。
その時は突然訪れた。いつものように首都高を走っていた俺は、バックミラーに見慣れない黒い影を捉えた。夜の闇に溶けたその車体はぼんやりとしていて、車種はわからなかったが、S15ではなさそうだった。青白い不気味なヘッドライトが揺れていた。その不思議な光に目を奪われていると、突然ハイビームを三回当てられた。
一瞬、あまりの眩しさに目を背けてしまったが、すぐにハザードランプを三回押した。しかし、すでにバックミラーには車の影はなかった。俺は見失ってしまったのかと思ったが、そもそも幻だったのではないかとも思った。そんな思いでふと、何の気なしに右を見てみると、あの黒い車がぴったりと横についていた。相変わらず車体はぼんやりとしていた。
俺は慌ててアクセルを踏んだ。俺の走り屋人生の中では、横につけられたことは今まで一度もなかった。しかし、その車は依然としてぴったりと横についたまま離れなかった。その時初めて俺は、『死神』に遭遇したのだと直感的に気付いた。伝説に遭遇したのだ。俺の身体は武者震いしていた。俺は『死神』だろうがぶっ潰すだけだ、と思った。
しかし、どれだけ引き離そうとしても『死神』はぴったりとついて離れなかった。埒が明かないから、アクセルを緩めようかとも考えた。しかし、俺の右足はそうした思いとは裏腹に、アクセルから引っ付いて離れなかった。
どれだけの時間が経ったのだろうか。スピードメーターはとうに振り切っていた。首都高は両側が高い壁に囲まれているため、景色は変わらない。それに、『死神』は横にぴったりとついている。他の車が一台も走っていないことに気付いたが、いつから走っていなかったのか覚えていない。また、いつからか直線を走り続けていることに気付いた。カーブやトンネルに入ることがなくなっていたのだ。単調な景色と、ぴったりと横につく『死神』、もはや自分が走っているのか止まっているのかわからなくなり始めた。永遠にこのまま終わらないのではないか、そう思い始め、急に怖くなった。
そう俺が感じた瞬間、どこからともなく声が聞こえた。「お前は超越した。お前は永遠に走り続ける」男の声とも女の声ともとれる声だった。ふと右を見ると、ゆっくりと『死神』が減速していった、ように見えた。『死神』に勝った、と俺は思った。しかし、アクセルを緩めることも、ハンドルを動かすこともできなかった。俺には走り続けるしかなかった。もっとも、走っているのか止まっているのかわからないのだが。
四つ目の伝説はこの俺だ。『死神に勝った男』だ。死神に勝った俺は、永遠に走り続けている。今も、そして、これからも。
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