第7話 血痕と死体移動
浅川は敬礼をしながら、白い手袋を手にはめているところだった。
「指紋がつかないようによく刑事ドラマなどで見る光景だ」
と、遥香は思った。
「誰が発見したんだい?」
と田島巡査に聞くと、
「このあたりに居を構えているホームレスです」
と言われ、
「なるほど」
と答えたが、
――居を構えるというのは、ホームレスという言葉とは反しているようでおかしなものだ――
と、浅川は感じていた。
もちろん、田島巡査の皮肉なのだろうが、ホームレスというものを巡査の目からよく見ている田島巡査だから言えることなのだろう。
「この人が発見したホームレスです」
と田島巡査に引きつられて恐縮そうに背を丸めた初老の男性がやってきた。
「君は、いつもこのあたりを根城にしているのかね?」
と訊かれて、
「ええ、ここの川では、結構いい魚が獲れるので、魚が食べたい時は来るんです。最近では三日に一回は来ていますね」
「じゃあ、今日も三日ぶりくらいだったのかな?」
と訊かれて、
「おととい来ました」
というではないか。
「その時に死体はなかったということだね」
「ええ、その通りです。一目で死んでいるのは分かりましたし、死んですぐではないのも分かりました。だから何をおいても警察だと思って、田島さんのところに駆け込んだんです」
という。
「そんなに簡単に分かるものなのか?」
と言われると、田島巡査が引き取って、
「彼は元医者なんですよ。まだ、その時の目がしっかり残ってるんだね」
と、田島巡査はねぎらうようにそのホームレスに言った。
「ええ、ありがとうございます」
というではないか。
「その私がいうのも何なんですが、そこをご覧になってほしいんですが」
と言って、死体があったあたりを指差した。
「その場所にはもう一体の死体があったんじゃないかと思うんです。うっすらですが。血の痕が途切れる形になっているにも関わらず、ちょっとだけ離れたところにまた血の痕が見える。ここから死体を動かそうとした時に、血が少し流れ出たのではないかと思うんです。でも。きっと凶器は刺さったままなんでしょうね。そうじゃなければ、もっと大量の血が出てきていて、別の死体があったことが分からないんじゃないかと思うんです。それに時間も経っているので、血液型まで検出できるかどうか分からないので、何とも言えないですけどね」
とホームレスとは思えないほどの推理力であった。
そのことに感心した浅川刑事は、この男にもう少し意見を聞いてみたくなった。第一発見者がホームレスとはいえ、、元医者だというのは、発見者としてだけではない情報が貰えそうに思うからだった。
「ということはあなたの考えでは。血液型が分からなくなるのを見越して、死体が発見されるのは仕方がないとしても、ここに誰かもう一人いたという形跡は消せると思ったということかな?」
「そうだと思います。医者の目がなければ、なかなか分かるものではないですからね。しかも私は以前検屍もしていたことがあるので、よく分かっているつもりなんですが、ナイフで刺された被害者のまわりに血が流れていても、まさかそこにもう一人いたなどとは普通考えませんからね。それを考えるというのは、結構な発想ですよ」
とホームレスは言った。
「なるほど、確かにそうですね。それを班員が計算ずくだったとすると、それは厄介な犯人だということになりますね。ところで、あなたはその被害者を見たことはありましたか?」
と言われて、
「いいえ、初めて見ます。服装から見て作業服のようなので、どこかの工場の作業員なんでしょうね」
というので、
「この街は、工場が多いからな」
と、浅川刑事は、さりげなくかわした。
「そうですね。おかげで私たちはなんとか暮らせますが、その分、公害問題があるんですよ」
とホームレスが言った。
「公害問題?」
「ええ、この街は何と言っても工場の街です。当然昭和の頃ほどひどくはないですが、産業廃棄物は仕方のないことです。かなり減ってはきていますが、もう少し工場の数を減らしてくれなければ。我々が生活できないんですよ。工場からは、じゃあ、雇ってやるから、働けばいいと言われるんだけど、我々はホームレスがいいと思っているんだ。いまさら工場で働くなどまっぴらごめんさ。人間関係が嫌でホームレスになったんだ。人間関係をしなきゃいけないってんなら、私は前の医者に戻った方がいい」
と言った。
なるほど、それもそうかも知れない。
「住めば都」
という言葉があるが、ホームレスも一度やるとやめられないと思っているのかも知れない。
「君たちは、この街の発展には反対なのかね?」
と言われて、ホームレスは嘲笑し、
「発展? どこが? それは一部の人間がそう思っているだけですよ。世の中そんな、皆がよくなる世界なんて、ありはしないんだ」
と吐き捨てるように言った。
「この街では、本当はあまりホームレスはいないはずなんです。街自体がホームレスをなくそうという対策を取っているし、公害とまでは言いきれないかも知れないけど、公害と言われても仕方のないような状態に、図らずもなっていることで、かなりのホームレスが減ったはずなんですよ。我々だって、そのうちに別のところに避難しないといけないと思っていますからね。それだけこの街は危ないんですよ。経済の発展ばかりを目指していて、まるで昭和の高度成長時代を繰り返しているじゃないですか。それを思うと、この街というのは、問題だらけなんですよね」
と死体発見者のホームレスはいった。
「じゃあ、一番の問題は何なんですか?」
と訊かれて、ホームレスはすぐに答えた。
「それは我々を見れば一目瞭然じゃないですか。貧富の差の激しさですよ。しかも、そもそも貧富の差の激しさを改めようとして考え出されたこの体制が、結果的に貧富の差を決定的なものにした。なぜだかわかりますか?」
というと、
「いいえ」
「それが、臭い物には蓋をするというやり方なんですよ。いいところだけをピックアップしてまわりに宣伝する。いわゆるプロパガンダですよね。この発想って何かに似ていると思いませんか?」
と言われて、皆が頭を傾げていると、おもむろに答えたのが、何と遥香であった。
「共産主義の考え方」
と小さな声で答えた。
それを聞いていたホームレスの男性は、急に喜んだ様子で、興奮しながら、
「そうそう、その通りなんだよ。お嬢ちゃん、なかなか頭がいいね」
と言われて、遥香が解説を始めた。
「共産主義の発想って、元々は資本主義、自由主義の欠点を補うための理想思想として生まれたものなんですよね。資本主義というのは、民主主義の考え方に則っているので、基本は多数決なんですよ。そして自由主義の考え方なので、どうしても、政府が介入しない自由な風潮になるので、聞こえがいいんですけど、完全な弱肉強食であり、強いものしか生き残れないんですよね。だから、貧富の差が激しくなる。共産主義、社会主義というのは、皆がともに生産する。皆平等であり、それを統制するのが社会であり、政府であるということなんですよね。だから政府が強くなり、企業や生産は国営化されてしまう。そうなると政府が強くなって、独裁を目指すことで、粛清が行われたり、自由な発言が許されず、国家によってすべてを統率されて、国民は国家に縛られるということになる。だから貧富の差が少ないと言われる発想なんでしょうが、結局は独裁になってしまって、国家は一部の特権階級の連中だけが潤って、それ以外は貧困に喘ぐことになる。それが社会主義で共産主義の正体です。どちらがいい悪いということはいえないけど、両極端なことで、世界が対立したのが、冷戦と言われるものだったんですよね。どちらも、行き過ぎるとロクなことはないということでしょうか?」
という遥かに対して、
「これは、お嬢ちゃん、よくご存じだ。私もびっくりしたよ。私が言いたいことをソックリそのまま言ってくれたので、私が補足することもないよ」
と言っていた。
話が横道に逸れたようではあったが。実際には、冷静に考えると、聞きたいことの半分くらいは、この話で理解できたような気がした。
「要するに、うちの家庭もそうなんですよ。ひょっとすると、ある程度の時点で妥協していればうまくいったかも知れないことを我慢できずに衝動で行動したから、こんなことになったのかも知れない」
と遥香は意味深なことをいった。
「遥香、それはどういうことなの?」
と治子が訊くと、
「お母さんだってそうなんだと思うんだけど、このK市のように、やりすぎるとこのホームレスのおじさんが言っているように、うまくいっているつもりのものがいつの間にか、線からはみ出している。その分を補おうとして無理をすると、せっかく戻ろうという反射的な行動を妨げることになる。それはきっと、自分が一番正しいという考えがあるからなんじゃないかしら? 私は大人の世界のことは分からないけど、大人が勝手に自分たちの都合ばかりを口にしていて、正当化しようとしている間は、どんなことをしたって、よくはならない。この場合のよくはならないということは、最初に目指したようにはいかないということ。それが社会主義であり、共産主義。私はそんな風に考えるんだ」
と、遥香は言った。
「時代やブーム、それから文明まで繰り返すということだね」
とホームレスが言ったが。遥香はそれを聞いて、
「うんうん」
と頷いていた。
「難しい話になったんだけど、この死体を発見して通報してくれた時、何か他に気になることはなかったですか?」
と訊かれたホームレスは、
「ここに死体が二体あったかも知れないと思った時、ここからどうして死体が一体別の場所に移されたのかと思った時、一緒にあってはいけないモノじゃないかって思ったんですよ。それで私が最初に考えたのは、本当は死体が一体、他の場所で発見されて、その場所で誰かによって殺されたとして、その人を殺したのが、もう一人の相手だと思わせることが本当の目的だとすれば、死体が一緒にあるのはまずいと思いますよね? 私はそれ以外には考えられませんでした」
と言った。
これはこの場にいる人たちに少なからずの衝撃を与える答えだったような気がする。
なぜなら、最初に死体が発見されたのは、兄の方で、しかも、他で殺されたかも知れないという想像もできるほどだった。しかも、その場所は弟の工場である。弟が何らかの秘密を知っていると思っても当然のことであった。
しかも、その人は前の日から行方不明になっていた。普通に考えれば、
「弟が兄を殺して逃げている」
と思わせるのが、犯人としては一番しっくりくることであろう。
もし、ここで発見された死体が自殺ということであれば、
「兄を殺してしまった罪の深さに苛まれての自殺」
というシナリオが描けなくもない。
ただ、それを構成するにはあまりにも、お粗末なところがある。
まず第一には、死体が他から運ばれたという印象を残してしまったことだ。そもそもナイフで刺さなければ、首を絞めて殺すのであれば、他で殺されたというのを考えることもなかっただろう。
だが、ナイフを使わないと殺害できないという発想も成り立つ。それは犯人が腕力のない女性であるという観点に立てば、死体を動かしたということがバレたとしても、しょうがないという考えがあるからだ。
さて、もう一つは、なぜ最初に兄の死体を発見された時点で、この場所の死体を始末するなり、誰にも見つからない場所に移動させるなりのことをしなければいけなかったのかということだ。
ここで死体が見つかってしまうと、犯人を弟にして、兄を殺して逃げているという構図が成り立たなくなってしまう。こちらも何か中途半端だ。
そう思うと、なぜこんなに穴ぼこだらけの犯罪なのか、理由が分からなくなってしまう。明らかに衝動的な殺人ではなく、計画されたものである。犯人が女性であればという考えなどでしょうがない部分もあったかも知れないが、ここまで不細工な犯罪であれば、あまりにも不細工すぎて、犯行を思いとどまればいいくらいではないだろうか。
これでは犯人が誰かは分からないまでも、一本の道が示されているような気がしてくるというものではないか?
ということは、
「逆に、そういう道しるべを捜査陣に与えるために、わざと道を示しておいたということも考えられなくもない。自分たちは、犯人の敷いたレールの上を進んでいるだけで、進んで行くうちに、レールの進む先を勝手に推理して、しかもその進路に一点の曇りもなければ、それがすべてであると思わせられることになる。
それが犯人の計画だとすると、これも恐ろしいと言えるのではないだろうか。
――その犯人が、実は近いところにいそうな気がして、恐ろしい――
と浅川刑事は本能で感じていた。
だが、この事件はそんなに甘いものではない気がした。もし真犯人を頭に描いたとして、本当に理論で組み立てた時、理屈に合う犯人なのか、それが分からない。つまり犯人を言い当てたとしても、その理由や動機に錯誤があれば、立件することはできないのだ。
「犯人を言い当てることはできても、裁判に起訴することすらできない」
という捜査の盲点をついてこられているようだ。
小説やドラマなどでは、犯人を言い当てて、状況証拠からの自白に追い込んでしまえば、後は事件が解決したかのように終わってしまうが、実際の事件では、ここからの方が先は長いのである。
小説などのトリックでは叙述トリックなどというものがある。作者の言い回しや作風によって、読者が謎の渦中に迷い込んでしまうように導かれることである。そんなトリックを思い出していた。そういう意味での、「見立て殺人」など、そのようなものではないだろうか。
ホームレスのそんな意見をきにしながらも、現場に到着し、ちょうど鑑識による検屍が終わったということで、とりあえず、被害者の身元確認を、治子にしてもらうことにした。さすがに遥香にはまだ未成年ということもあり、浅川刑事は止めたが、それ以上に強硬に止めたのは、治子だった。
「あんたは、見てはいけない」
と、ひょっとすると今までの中で一番興奮した瞬間ではないかと思ったほどに叫び声を挙げた治子を見ていると、
――やっぱり、母親なんだな――
と感じたのだ。
「じゃあ、奥さん、まことに申し訳ありませんが、顔だけご確認できますか?」
ということで、すでに死体は短歌に乗せられ、瞼も閉じられた状態であった。
きっと死体が発見された時は、虚空を見つめる、いや、無念さで睨むような表情だったのではないかというのは、適切な表現なのだろうと、浅川は思った。
「確かに、春日井の義弟です。どうしてこんなことに……」
と言って泣き崩れた。
その時、彼女の言った言葉に一種の違和感を浅川は感じた。言葉が曖昧で漠然としてはいるが、たいていの人が口にする言葉だった。本来なら違和感などあろうはずがないと思われるのに、なぜ治子には違和感があるのだろう。そう考えた時、一つ感じたのは、
「今回の被害者というのは、自分の夫と、弟ではないか?」
ということである。
つまり、自分にとってかなり近しいはずの人が二人も殺されているのに、誰もがいうようなセリフを訊くということは、まるで他人事のように思えたのだ。
その感覚から、
「彼女が犯人かどうかは分からないが、何か重要な秘密であったり、我々に隠していることがあったりするのではないか?」
という思いも感じたのだ。
ただ、この違和感は本当に一瞬感じたもので、その一瞬が過ぎてしまうと、今度は違和感を覚えたということが自分の中での違和感として残ってしまった。非常に気持ちの悪い感覚である。
「どうもありがとうございました。ひどい役目をお願いして、申し訳ありません」
というと、治子はそこで泣き崩れてしまった。
そして、それを慰めるように肩を抱くようにした遥香を逆に抱きしめて、まわりに憚ることなく鳴き始めたのだ。
さすがにこれには浅川も驚いた。
自分の亭主の死体を見た時よりも、今度の方がリアクションが激しい。
「これが本当の奥さんの姿なのではないだろうか?」
とも感じた。
こう毎日、自分の近親者が殺され、その現場に見せつけられるというのは、男でも相当な神経を痛めるであろうことを、女性の身に押し付けることになったのだから、いくら仕事とはいえ、何とも打やり切れない気持ちになるのであった。
ただ、もう一つ頭をよぎったのは、
「この奥さん、ひょっとすると、義弟の方を愛し始めていたのではないか?」
という思いである。
そもそも気の毒で結婚した旦那、その容姿は今も昔もきっと印象は変わっていないのだろう。
いくら死に顔しか見たことがないとはいえ、見せてもらった写真を見る限りは、容姿が決していいとは言えない顔立ちであった。なるほど、誰もが彼の容姿に関しては、いい話をしているわけではないということが頷ける。
そして、おこがましい性格であればまだいいのだが、自分の容姿がよくないということにコンプレックスを感じていることで、
「自分が他人に対して何が勝っているかということばかりを気にして生きていたような人だ」
とまで聞いたことがあったくらいだ。
この性格がひょっとすると、この事件の動機の一つになっているのかも知れないと思ったのだが、弟も殺されているということになると、また分からなくなってきた。
「この事件の最重要参考人だったのに」
という嘆きの声が聞こえてくるが、これが濡れ衣だったということになると、一から捜査のやり直しというよりも、考え方をリセットした方がいいのではないかと思えるのだった。
現場検証も終わり、治子、遥香の二人の母子を返した後、浅川刑事は部下に周辺の聞き込みを行わせて、一度捜査本部に戻った。
捜査本部には鑑識で分かったことが報告されていて、浅川刑事が一番気にしていた、
「もう一つの血痕」
についての報告がされていた。
「あの場所に残っていた血液は、やはり二種類のものであり、A型とO型の血液がありました。殺されていた春日井悟の血液型はA型だったので、あの場所に残っていたもう一つの血液型はO型ということになります。それでですね、この間の春日井板金工場で殺されていた川崎直哉の血液型がO型だったんですよ。ということは、あの河川敷にあった血液は川崎直哉の血液である可能性が高くなったと思われます」
という話であった。
「なるほど、私は最初に春日井の工場で発見された死体を見た時、ナイフが刺さったままで、血液がさほどこぼれていなかったのを見て。殺害現場が他にあったのではないかと思っていましたが。本当にその通りのようですね」
と、浅川刑事がいうと、
「鑑識の見解もその通りです」
と鑑識官がそう言っていた。
「ところで、春日井と同棲していた、キャバクラのキャストの女の子はどうしているかな?」
ともう一人の刑事に訊ねてみると、
「先ほど連絡が取れたので、もうすぐこちらに来られると思います。でも、連絡をした時、ゆりなという女性はかなり落ち着いていましたね。声は完全に落ち込んでいたのですが、取り乱した様子はありませんでした」
と答えた。
そんな話をしているうちに、ゆりなが警察署に出頭してきた。さっそく死体霊安室にて面会したが、先ほどの電話のように、泣き崩れることはなかったようだ。
彼女に面会したあと、監察医に回され、司法解剖が行われることになっている。
ゆりなの希望で、春日井と面会した。春日井も本人が言い出さなければ。捜査本部に来てもらおうと思っていたので、ちょうどよかったと思っている。
春日井も彼女の顔を見た時、やはり混乱はしているようだが、ひどく動揺している様子はないと思った。混乱も当事者としては最低これくらいはあるだろうという許容範囲で、さらに落ち着いていたことで、彼女がそれなりに覚悟をしていたのではないかと思わせるほどだった。
「わざわざ出頭いただき、ありがとうございます。私にお話しがあるということでしたが?」
と問うてみると、
「ええ、初めてお目にかかった時には、ハッキリとした確証がなかったですし、警察も捜索していただいているということで、見つけていただけるとは思っていました。ただ、生きている彼を見つけてくれる可能性は少ないのではないかと私は思っていたんです。先ほどは、本当は言いたくてたまらなかったのですが、もし違っていれば、警察の手を煩わせることになるという思いがありました。ですが、私はそこまで彼を信用していません。だから、彼の様子から、彼が何かを後悔しているということは分かっていました。なので行方不明だと聞いた時、ひょっとすると、その公開に苛まれ、自ら命を断つということを決断するかも知れないとは思っていました。そういう意味で彼が死ぬということは覚悟はしていましたが、まさか殺されたとは思っていなかったので、私が混乱したのは、そのあたりに理由があったんです」
とゆりなは言った。
「後悔していたと言いますが。どういうことだったのかというのは、想像がつきますか?」
と浅川刑事に訊かれて、
「ハッキリとは分かりませんが、かなり過去のことを後悔しているようです。しかも、その後悔は一つではなさそうなんです。一つのことに関連した後悔が二つあるようだったんですが、それも時間がかなり経っている後悔のような気がしました。つまり、かなり昔にした後悔を、最近、と言ってもここ数年のことだと思うのですが、思い出させるようなことをもう一度してしまったかのような後悔です。完全に二度目の後悔は彼から生きる気力のようなものを奪っているようにも思えました。普段は虚勢を張っているからか、楽天的に見えますが、誰かの助けがなければ、彼という人間は生きてはいけません。私はそれが分かっていたので、もし彼が死を選ぶのだとすれば、私が止めるのは却って気の毒に思えたし、止められる立場でもないような気がしたんですよ」
とゆりなは話した。
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