第4話 遥香の秘密

 殺害された直哉の死体を見て、奥さんの治子は思ったよりも気丈であった。

――まさか、この人が犯人?

 と思ってしまいそうなほど、身内の死に対して冷静に見えた。

 そのおかげもあってか、事情聴取にはさほどの時間が掛からなかった。普通であれば、泣き崩れて嗚咽のために、なかなか言葉も出てこないものだが、この時の奥さんは、ショックのためか、死体を凝視したまま、身動き一つせず、表情も固まったまま変わらなかった。

 感情の表し方は人それぞれなので、余計な詮索になってしまいそうだが、ここまで冷静だと何か知っているかも知れないと思うのも無理もないことだろう。ただ、事情聴取もやり方によっては、まったく答えてくれないことも十分に考えられるので難しいかも知れないと思った捜査陣だった。

 まずは、浅川刑事からの質問であったが、

「旦那さんを最後にごらんになったのはいつだったんですか?」

 と訊かれた治子は、

「昨日の寝る前でした。私は朝が早いので夜の十時過ぎには寝るんですが、主人は仕事から帰ってきたのが、昨日は九時だったので、その時に見たくらいです」

 というと、

「じゃあ、旦那さんとは何かお話されましたか?」

 という浅川刑事の質問に、

「いいえ」

 とだけ、短く答えた。

「じゃあ、旦那さんが何時頃に寝られたのか、ご存じではないですか?」

「いいえ、分かりません、昨日は九時に帰ってきましたけど、他の日はもっと遅いこともあるので、顔を合わせない日などしょっちゅうなんです。休みの日も出かけていくことが多く、ほとんど会話もありません。いわゆる家庭内別居状態と言ってもいいのではないでしょうか?」

 と、今度は聴かれもしないのに、治子は答えた。

「なるほど、ということは、寝室も別々だったんでしょうか?」

「ええ、そうですね。最初は主人の仕事が遅いことで、すれ違いが多かったんですが、そのうちに私の方が疲れてきましてね。それでそんな状態になりました」

 と治子がいうと、さすがに、そのことを深堀してしまうと、話が長くなりそうなので浅川刑事は話題を変えた。

「分かりました。では、昨夜、どこかの段階でご主人はお出かけになったということなんでしょうね?」

「ええ、そうだと思います」

「ところで、ここは、義弟さんの工場だそうですね?」

 と訊かれて、まだ無表情のまま治子は、

「ええ、そうです。うちの人の実家でもあります」

 と答えた。

「そうなんですね。かあ、奥さんも時々こちらにお邪魔したりしたこともあったんでしょうか?」

 というと、治子はビクッとしたような微妙な反応を示して、

「いいえ、私はほとんど来たことはありません。亡くなった主人が実家を避けていたところがあるので、かなり敷居が高かったというのが事実です」

 と、治子が答えた。

「いろいろはご事情があるようですね?」

「ええ、主人は元々このK市というところが嫌いでした。小さい頃から家族からも疎まれていたり、学校でも苛められていたんだそうです。だから、自分だけが特別なんじゃないかと思っていたそうですが、中学に入った頃から、このK市というところは他の土地と違って特殊であることに気づくと、急に、自分の方が普通なんだと思うようになったそうです。それで高校を卒業して、家を出て、大学のK市以外のところに通うようにしたんだそうです。そんな主人を春日井の先代社長は最初こそ何とかしようと思っていたそうなんですが、いつの間にか弟さんに希望を託すようになって、将来、主人が春日井家と決別する目的で私の家に養子に来てくれることになっても、思ったほどの反対がなかったのには、私たちもビックリしたくらいです。そんな経緯もあって。こちらにはほとんど赴くことはありませんでした」

 ということであったが、あくまでも奥さんの私見であり、実際にはどうだったのか分からない。

 奥さんから聞ける情報というと、今のところ、それくらいしかなさそうだった。また何かあったら、話を訊くということにして、その時はそれで一旦奥さんへの事情聴取は終わった。

 死体が発見されてから、すでに三時間が経っていたので、詳しいことは解剖してみないと分からないということであったが、分かっていることとしては、死亡推定時刻は、今朝の四時頃ではないかということであった、死因は一目瞭然、胸に刺さっているナイフが死因を物語っていた。ナイフを抜き取らなかったのは、血が飛び散るからだろうということで、そうなると、殺害した人間が大量の返り血を浴びることになる。下手に捨てられないし、持っていれば、証拠にもなってしまう。それなら、なるべく返り血を浴びたとしても、最低限の量で済ませるだけの方法が取られてしかるべきである。

 もう一つ、鑑識官の話では、

「この死体は、どこかから運ばれてきたのかも知れないですね」

 ということだった。

「根拠は?」

「いくら、ナイフが刺さったままとはいえ、あまりにも血が残っていない。どこかで殺されて、ここに放置されたと考えるのが妥当ではないでしょうか?」

 ということであった。

 そして、片桐の話では、

「ええ、私がいつものように工場に一番乗りで入ってきたのですが、ちゃんとカギはかかっていました。オートロック形式ではないので、カギを表から掛けるか、中から掛けるかしかないので、犯人はカギを持っている人間だということになります」

 ということだった。

 それからしばらくして、工場の社員全員が出社してきたが、片桐が少し慌てだしたのを浅川刑事は気になっていた。

「どうされたんですか?」

 と訊かれた片桐は、

「実は工場長と連絡が取れなくなっているんです」

 と言われて、

「この状態を工場長には連絡されたんですよね?」

 と言われた片桐は少し戸惑いながらも、

「いいえ、実はこのことをお知らせしようと、工場長のケイタイに連絡を入れて、折り返し電話をもらうようにしていたんですが、いまだに連絡がないんです」

 というではないか。

「もう、死体が発見されてから三時間近くも経っていますよね。それで連絡がないというのはちとおかしくはないですか?」

 と浅川刑事に言われて、まずます近楽した様子の片桐は、浅川刑事を。

「ここでは何ですから」

 と言って、工場長質の応接席に案内した。

「どういうことですか?」

「実は、我が工場の恥をさらすようで恐縮なのですが、工場長の春日井悟という人は、結構な遊び人なんです。深夜にスナックやキャバクラで飲み歩いていたりして、そのまま女のマンションに泊まり込んでしまうということもしょっちゅうで、午前十時くらいまで連絡が取れないということもしょっちゅうだったんですよ。だから、今日も最初社長が連絡をくれないのも、まだ深夜の乱行が過ぎて、寝ているからではないかと思ったのですが、それにしても折り返しの電話がない。すでに十時を過ぎているので、誰か工場長の行方を知っている人がいないか聞いていたところだったんです」

「工場長はあなたに言わないことを社員に行ったりすることってあるんですか?」

「ええ、たまに何ですが。私が時々工場長を戒めたりして、あの人がプレッシャーを感じた時など、私ではなく、社員に気持ちを漏らすことがああったりしたので、今回もと思ったのですが、社員は知らないということでした」

「ところで、春日井さんという工場長はどういう方なんですか?」

 と刑事に訊かれて、粛々と片桐は話し始めた。

「春日井さんは、先代の次男に当たる方で、長男は今回殺されていた直哉さんになるんですが、先代は最初こそ長男に工場を継がせようと思っていたようなんですが、急に跡取りを弟の方に切り替えたと、私に言われたことがあったんです、まだその頃は私も若かったですので、先代のお気持ちがいつかは元に戻るのではないかと思っていたのですが、そのうちに、直哉さんは他の土地で養子に行かれるということを聞かされて、先代はショックというよりも、これを機会に、この工場を弟の悟に襲名させると言い出したんです。先代は言い出すと止まりませんから、別に反対する理由もなく、おごそかに襲名式が行われたんです。これは、うちうちではありましたが、工場にとっては一大イベント、これもK市独特とでもいうんでしょうかね」

 と語って聞かせた。

「似たようなお話は、被害者の奥さんからも聞かされております。そんなにK市というこの土地は会社経営に関しては他とは違うんですか? 私もおぼろげには聴いているつもりでしたが、本当に独特なんですね?」

「ええ、そうなんです。私もそのことに関しては、逆に他を知ってはいましたが、ここに長くいると、昔の感覚を忘れてしまったほどです。昔のように見えるところではあるんですが、私の感覚としては、いずれ、まわりの都市が、このK市をモデルにして、確立されるところが増えてくるんじゃないかと思っています」

「それはどういうことですか?」

「ブームや時代は繰り返すというではないですか。それは私もよく感じているですよ。十数年、あるいは数十年単位で、ブームは戻ってくるものだし、似たような時代が繰り返されることもある。時代は決して一本の線で前に進んでいるわけではないということなのかも知れないし、その一本の線にまた同じものが引っかかってくるのかも知れないと思うんですよ」

 と、片桐は聴かせた。

 この間に、浅川刑事の指示で、春日井工場長の捜索が指示されたのは言うまでもないことであった。

「なるほど、そんなK市を嫌になって被害者はここから離れたということでしたが、本当に彼はその後もこちらとかかわりはなかったんですか?」

 と浅川刑事がいうと、

「ええ、直哉さんの方からこちらへ連絡を入れることも、もちろん、帰ってこられることもほとんどありませんでした。ただ、春日井工場長、つまり今の工場長である悟さんは、お兄さんにちょくちょく連絡を取っていたようなんですけどね」

 と言っていた。

「ほう、それは少し意外な気がしますね」

「実は私も同じことを感じています。兄の直哉さんは、自分に自信を持てない方だったにも関わらず、弟は自信過剰なところがあるくらいでしたからね。だけど今から考えれば一つ思うことがあるんですが」

「どういうことでしょう?」

「兄の直哉さんは、自分の容姿にコンプレックスを持っていました。実際に女性からモテることはなく、その分、弟の方が均整の取れた顔だったので、その分、モテたようです。でも、そんな悟さんでしたが、ある日私に打ち明けてくれたことがあったんです。彼がいうには、自分がモテているのは、兄がモテないことでの反動からではないか。このまま有頂天になってモテていると思い込んでいる自分が怖くて仕方がないなどということを言っているんです。私は、それを聞いて、悟さんの闇のようなものを見ました。彼はどんなにモテようとも兄の存在がある限り、疑心暗鬼のままずっとこのままいくのではないかとですね。でも、工場長がそんなでは困ります。だから私の方でも工場長が遊び歩くことをある程度黙認しているわけなんです。でも、さすがに社員の目はごまかせませんよね。最近では社員から工場長への不信感が結構募ってきているようで、ジレンマに陥っているこの私は、最近、どうしていいのかを考えてばかりでした。そんな中で起こったのが今回の事件だったわけです」

 と片桐氏は答えた。

「そういうことだったんですね。なるほど、これで辻褄の合わなかった人間関係が少し繋がった気がします。だけど、これは殺人事件です。殺人には衝動的なものであろうと、計画的であろうと、必ず動機が存在します。その動機は計画的であればあるほど、人間関係の闇にその動機があると思うんですよ。この事件が計画的であることは、カギの一件や、鑑識の話にあった、ひょっとすると殺害現場は別ではなかったかということを考えると分かってくる気がするんですよ」

 と言っていた。

 この話を訊いて、浅川刑事は、あらためて、K市というところの特殊性。そして、この事件の裏にある何か男と女の関係なのか、それとも、兄弟の間にあるコンプレックスと、遠慮のようなものが交差しているのではないかという思い。それらを考えあわせると、何かが見えてくるような気がした。

 まずは、工場長の行方を追うことが先決であり、彼を見つけて、その証言がいかなるものであるか。そこにこの事件の核心が隠されているのではないかと思うのだった。

 時間的にそろそろ昼が過ぎようとした時、奥さんには、すでにお引き取り願っていたので、鑑識も終わっていたことから、殺害現場に立ち入らないということで、工場が最下位された。

 そんな時、娘が訪ねてきたのだが、それは浅川刑事にも意外な感じだった。

 確か娘は学校があるから、自分だけが来たと母親は言っていた。それをわざわざここに来たというのはどういうことだろう? 事情を家族にでも聞けば、すでにここには父親の遺体がないことも分かりそうなものだと思った。まさか、死体はないが、死体が見つかった場所を見ておきたいなどという思いがあるわけでもないと思った浅川刑事は、少しおかしな気分になっていた。

 娘は制服警官に何か訊ねていたようだが、頭をぺこりと下げると、浅川刑事の方に寄ってきた。

「あの、すみません。担当の刑事さんですか?」

 と訊かれて、

「はい、私は浅川というもので、K警察の刑事課のものです」

 と言って、警察手帳を提示した。

「浅川刑事は、お父さんが殺されているところを見られたんですか?」

 と訊くので、

「ええ、見ましたよ。でも、ご遺体は現場検証も終わったので、警察医の方で司法解剖に回されていますよ」

 というと、

「そうでしょうね。とにかく私ビックリしちゃって、最初、私が出かける時、ちょうど電話が入って、お母さんが少し驚いていたという感じだったんですが、それほど気にすることもなく、学校に行ったんです。すると、昼休みに先生から、父が殺害されてこの工場で見つかったと聞いて、私ビックリして、それでいてもたってもいられずにやってきたんです」

 と娘の遥香は、少しビクビクした様子で答えた。

「朝出かける時、母親の様子が変だったにも関わらず、そのまま出かけたんですか?」

 と言われた遥香は、

「ええ、たまに母はかかってきた電話で驚いたようなことがあるんですが、いつも何でもないと言って、話を逸らすんです。どうも何か怪しいと思っていたんですが、そんなことが何度かあると、次第にこちらも、またかと思うようになってしまって、慣れてきたんですね」

 と言って笑った。

「今でも、その母親の様子がどうして変だったのか、理由はわかりませんか?」

 と言われて、

「何となくですが分かる気がします。いつも驚いた時、まわりを見渡すんです。癖になっているんでしょうけど、明らかに私やお父さんを気にしているんですね。それで今ではきっと男からの電話なんだろうって思うようになりました。本当のところは分かりませんけどね」

 とまるで他人事という顔で言った。

「それは、お母さんが不倫をしているということでしょうか?」

 とわざと直球で聴くと、

「ええ、そういうことなんだと思います」

 と、今度は断定的に近い言い方をした。

 どうやら、この遥香という娘。一筋縄ではいかなそうな気がしてきた。逆に母親の方が、危なっかしくて、放ってはおけないタイプなのかも知れない、それが男心をくすぐるのだとすると、結構あざといことをしているのではないだろうか。

「遥香ちゃんは、それを誰か心当たりがあるのかい?」

 と言われて、

「よく分からないわ。ただ、お母さんならあり得ることだと思ってね」

 という遥香の表情には軽蔑と怒りが浮かんでいるように思えた。

 ただ、これだけ自信を持って言えるということは、何か確証のようなものがあるからなのか、それとも、自分にも浮気性のところがあり、母親の遺伝だと思っているのか、どちらにしても、母親を快く思っていないのは分かる気がする。そんな状態だから、朝出かける時、母親の電話を気にはしながら、放っておいて学校に行ったというのも分かる気がする。

 遥香という娘は、完全に母親に似たのだろう。

「美女と野獣」

 と言われるだけあって。両親がまったく違った容姿の雰囲気からすれば、明らかに母親似であることは分かっている。

 コケティッシュな表情は、明らかに男性ウケしていそうであり、母親もさぞやモテたであろうことを考えると、母親の性格をそのまま受け継いだと言ってもいい。そうなると、彼女も二代目の美女と野獣を受け継ぐことになるのかと思うと、何か複雑な気がする浅川刑事だった。

「ところでね。お父さんが殺されたことに何か心当たりあるかい?」

 と訊かれた遥香は、少し考えてから、

「お母さんが本当に浮気をしているのであれば、その浮気相手とのトラブルということも考えられるわね」

 と答えた。

 遥香のように見た目であるがしっかりした考えを持っているように見える彼女が、相木らかにすぐ答えられそうなことを少し考えたのは、ひょっとすると、わざとではないかとも思えた。なぜわざとそんな素振りを見せるのかなどは分からないが、

――まさか、こちらの考えをあくまでも母親の浮気相手へと誘導しているかのように見える――

 と浅川刑事は考えた。

 なぜそのような必要があるのか?

 考えられることとしては、

「遥香が相手を知っていて、その人を気に食わない人だと思っていて、その人が殺したのだということであれば、理屈に合うとでも思ったのか、あるいは、相手が誰か分からないけど、そんな人がいることは間違いないので、自分にできない捜査を警察にお願いしようと考えたのではないか?」

 と思ったのだ。

 どちらにしても、あの母親も何かを隠しているような雰囲気があったが、隠そうとするので、その分分かりやすい。だが、その娘は逆に刑事の推理を誘導でもしようかというようなあからさまな態度を取るのは、年齢に違いがあるからなのか、母と娘という立場の違いからくるものなのか、どちらにしても、二人は何かを隠していて、その似ている性格から、両極端な行動に出たのではないかと浅川刑事は考えたのだ。

 この二人の女性は、明らかに春日井兄弟、あるいは、片桐氏とは違っている。K市という特殊な市に育った三人は、本当に閉鎖的な感じに見えた。直哉の奥さんである治子は富豪のお嬢様だという話だが、

「世間知らずのお嬢さんが、K市から出てきたちょっと変わった直哉氏と知り合い、しかもその容姿に同情などをしてしまったことで、恋心を芽生えさせてしまったことが本当だとすると、この事件がそのあたりから引き継がれているのかも知れない」

 と浅川刑事は感じた。

「私にとって、あの人は初恋だった」

 と思っているかも知れないほど、世間知らずだとすれば、娘の遥香はどうなのだろう?

 彼女は決してお嬢様というわけではない。ただ、一つ母親と似たところがあるように感じられるのは、

「世間知らずなところがあるので、アブノーマルな世界に変に興味を持ってしまう」

 ということであった。

 事件が解決した時、誰かが、

「あの娘は。Mっ気があったからな」

 とボソッと言っていたような気がした。

 解決した時点ではピンとこないその言葉だったが、もし遥香との初対面の時にその言葉を聞いていれば、事件解決はあっという間のスピード解決だったかも知れないと感じるほどだった。

 それはさておき、遥香は父親がどのようにして死んでいたのかを、聞きたいようだった。

「お父さんは、ナイフで胸を刺されていて、そのまま絶命したようだね。死亡推定時刻だけど、たぶん、今朝の四時頃ではないかということでしたよ。お母さんは、お父さんを最後に見たのは夜の九時ことだと言っているけど、家では家庭内別居状態のようだね?」

 と訊かれると、遥香は明らかに憎悪の感情を剥き出しにし、舌打ちでもしたかのようだった。

「ええ、そうよ。あの二人、どうにかしてほしいわ。どっちもどっちってところね」

 と吐き捨てるように言った。

「遥香ちゃんは、お父さんとお母さん、どっちが好きなの?」

 と訊かれた遥香は、また少し考え込んでいるようだ。

 しかし、今回の長考は、先ほどのと違って、明らかに考えていた。答えに窮しているとでもいえばいいのか、だが、すぐに考えをまとめて、

「どっちが好きなのって質問には抵抗があるわ。その質問に対しては。どっちも嫌いとしか答えられないわ。どちらがどれくらい嫌いと訊かれた方が、答えやすいかも知れないわね」

 と言った。

「じゃあ、そのまま質問に変えようか?」

 と言われて、

「同じくらい嫌い。お父さんの方が嫌いだと思うと、お母さんも嫌いに思えて、お母さんの方が嫌いだと思うと、お父さんも嫌いに思えてくる。きっとどっちかを先に嫌いになったんだろうけど、そこから時系列では考えられないくらいに、二人が嫌い」

 という、変な理屈をこねて答えた。

 そこに何か遥香の秘密が隠されているような気がして、浅川刑事は遥香を見つめていたのだ。

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