第1話
「────さぁ! 出番ですよ助手君!」
放課後、滅多に誰も来ない校舎裏で、バットを振り続けて早二週間。
バッティングセンターで三振の山を築いたあの頃と比べれば、少しはマシになってきただろうか。
「────聞いてるんですか? ほら、出番ですよ!」
運動音痴な俺でも、こうして練習を続けていればいつかはそれなりの結果を残せるかもしれない。
ただでさえ、俺にはセンスがないんだ。だからこそ、人一倍の努力をしないと周りには追い付けない。
「────ねえ! ねえってば!」
だからこうして誰にも見つからない、静かな場所で黙々と素振りを……。
「────仕事ですよ助手君! バット振り回して暴れてる場合じゃありません!」
「暴れてねぇよ⁉ 練習してんだよ⁉」
無視しようと思っていたのに、ついつい反応してしまった。俺の集中力も大したことはないな。
「やっと振り向いてくれましたね、助手君」
そこに立っていたのは、黒髪長髪の女子高生。リボンの色が緑なので、俺と同じ一年生のようだ。
見覚えはある。しかし名前はわからない。まだ入学してから一ヶ月も経っていないので、同級生の顔や名前は把握しきれていないのだ。
しかし、一人で黙々と素振りをしている男子生徒に、躊躇いもなく声をかけてくるこの図々しさ……もとい、気の強さは大したものだ。俺が知らないだけで、きっと彼女は大物なのだろう。
初対面の相手を唐突に助手呼ばわりしてくる鬱陶しさ……もとい、フレンドリーなところや、練習の邪魔をしておきながらしてやったりと得意げな顔で俺を見つめているところも、そんな評価に拍車をかけている。
「私の名前は
「……
「枯芝さん。いいお名前ですね。ご両親に感謝なさってください」
「……いや、枯芝は苗字なんだから親も同じだぞ」
「あら、言われてみればそうですね。では、感謝する必要はありません。それより私の話を聞いてほしいんです」
猫嶋はそう言って、俺との距離をグイグイ詰めてくる。もはやバットの間合いにまで入り込まれてしまったので、強引に素振りを再開することはできそうにない。
「私は探偵なんです!」
「は、はぁ……探偵?」
「はい、探偵です! そして、あなたを助手にすることにしました!」
「助手? 俺が? どうして?」
「そこにいたからです! お暇そうでしたし、構いませんよね?」
そうだ、思い出した。極めて一般的な公立高校であるうちに、なぜか存在する奇妙な部活動の噂。
それが確か探偵部。そこには変わり者の女子生徒が二名ほど所属しているという話だったが、ひょっとして彼女がそうなのか。
「どこをどう見て暇だと判断したんだ。こっちは忙しいんだよ」
「なるほどなるほど、では依頼内容を説明しますね」
「おい、話を聞いてくれ。忙しいって言ってるだろ」
「どうしても人手が必要なんです! お願いします!」
「他の誰かに頼めばいいだろ! 俺以外にも生徒はいっぱいいるんだから!」
「何を言っているんですか。今は放課後、部活動の時間です。部活動に所属している生徒は皆さん忙しくしています。部活動に所属していない生徒は、既に帰ってしまっています。だから助手にするには、部活動に所属していないのに、なぜか放課後になっても学校に留まっている人を選ぶしかないんです!」
……なるほど、確かにそれは正論だった。彼女の口から始めて筋の通った論理が聞けたな。
そして、俺が野球部に所属しているわけではないことも見抜かれているらしい。
野球部員たちがグラウンドで隊列を組み、声を張り上げながらジョギングしている中、一人だけこんなジメジメしたところに居れば当然か。
「お願いします! どうか、この通りです!」
猫嶋は両手を顔の前で合わせ、そのまま頭を下げる。
どうにも関わり辛い変人ではあるが、困っているのは本当のようだし、話ぐらいは聞いてやってもいいか。
それに、この強引さを見るに選択肢なんてなさそうだ。彼女を振り切って素振りの再開を試みるくらいなら、彼女の頼みを聞いてから素振りを再開した方が効率的だろう。
「……わかったよ。で、依頼ってなんだ? 殺人か? 誘拐か?」
「え? いやいや、そんな大事件は警察の仕事でしょう。私は探偵なんですから、依頼はもちろん、猫探しです」
「……思いのほか常識的だな」
そりゃ、探偵の仕事と言えばそうなってくるだろうけど……もっとブッ飛んだことを言われると思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。
「学校近くに住んでいるお婆さんが、猫を探しているんです」
猫嶋は真剣極まる表情で、理性的に語り出した。
「ですが、その人は目が悪く、足腰も良くないようで、ほとんど家から出られないような状態なんです」
「それで、活力溢れる女子高生である、お前に依頼がきたというわけか」
「その通りです! 私は何としても、この依頼をエイリよりも先に完遂しなければならないのです! どうか、あなたの力を貸してください!」
「……そっちの事情はよくわからんが、確かに猫探しなら人手が多いに越したことはないな。仕方ない。手伝ってやろう」
「ありがとうございます!これで、枯芝さんは今日から私の助手ですね!」
「今日限りだ!」
探偵部とかいうふざけた組織は、どうやらちゃんと私立探偵として機能しているらしいな。
ワガママやごっこ遊びに付き合わされるならともかく、誰かの困りごとを解決するための助力をしてくれと言うのなら、こっちもやぶさかではない。
猫探し……簡単ではないだろうが、この辺りで猫がよく集まっている場所ならいくつか心当たりがある。
そう遠くへは行っていないだろうし、上手くいけば今日中に見つけ出して、すぐ素振りを再開できるはずだ。
「で、その猫の特徴は?」
「特徴ですか?」
「ああ、色とか、首輪とか、何かあるだろ?」
「わかりません」
「………………何?」
気のせいかな。今こいつ、とんでもないことを言ったような気がするぞ。
「ですから、わからないんです。猫の特徴は、何ひとつわかりません」
途方もない不安に襲われた俺にトドメを刺すかのように、猫嶋は改めて言った。
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