第2話
「わからないって……どういうことだよ」
早速雲行きが怪しくなってきたが、一度引き受けると言ってしまった以上そう簡単には引き返せない。
とりあえず、もう少し詳しく話を聞いてみよう。色々と勘違いというか、認識の齟齬というか、解釈のズレというか、見解の相違があるかもしれないし。
「正直に言えば、お婆さんの依頼内容は要領を得なくて……猫の外見については全くわからないんです。ただ、猫を探していると繰り返すばかりで」
「……なあ、あんまり言いたくないんだけど、それってボケてるんじゃないのか?」
存在しない猫を探すということになれば、人手が何人いようが無理な話だ。下手をすれば半永久的に、解決不能な依頼をこなさなくてはならなくなる。
「いえ、一緒に住んでいるご家族の方にも確認しましたが、猫を探しているのは本当のようなんです。少なくとも、妄言ということはないんじゃないかと」
「だったら、その家族に猫の外見を聞けば……」
「確認しましたが、知らないとのことです。何でも、少し前にこの街に引っ越してきたばかりで、お婆さんが猫を飼っていたことすら知らないと」
「猫がいなくなった後で、この街に来たってことか」
……なんか、面倒臭くなってきたなぁ。思ったよりも手間取りそうだ。もう今すぐにでも逃げ出したい。
「なので! 私たちで探しましょう!」
それでもなぜか猫嶋は前向きに、この依頼に向き合っている。
「お前なぁ……一体どうするつもりなんだ。正解のわからないものなんか探しようがないだろ」
「それでも探すんです!」
「だから、どうやって?」
「街中の猫に聞いて回ればいいんです!」
「……聞く?」
「はい! あなたは、お婆さんが飼っている猫ですか? って、全ての猫に質問するんです! そうすればわかります!」
「わかるわけないだろ。何言ってんだ」
動物と会話できるとでも言うつもりかよ。そんなファンタジー染みたことが現実にあるわけがない。
「あー……わかった。じゃあこうしよう。俺はこの学校から北を探す。お前は南を探してくれ」
もうここまでくると付き合いきれん。二手に分かれることを提案し、猫探しに行くフリをして、ここで素振りを続けることにしよう。
「なるほど、それはいいアイデアですね。けど、枯芝さんはどうするんですか? 私のやり方には反対なんですよね? なら、どうやって猫を探すんです?」
「……それは」
「やれやれ、困った助手ですね。自分には猫を探し出す手段がないことを忘れていたんですか? 仕方ないですね。ここは二人で一緒に行動することにしましょう」
猫嶋は俺の手を掴み、グイグイと引っ張る。このまま俺を引きずり回して猫を探し出すつもりらしい。
勘弁してくれよ。そんなの、いつまで経っても終わらないぞ。そもそもなんでこいつは、猫と会話できる前提なんだよ。
「あ、さっそく見つけました!」
校舎裏に迷い込んだ一匹の黒猫を指差し、ウキウキで駆け寄っていく。何だか知らんが楽しそうだ。
「にゃーん、にゃにゃにゃ? にゃーん」
姿勢を低くし、猫を視線を合わせた猫嶋は、猫の表情を伺いながら猫の鳴き声を真似している。
「にゃにゃーにゃにゃにゃにゃ」
地面に這いつくばりながらにゃんにゃん言っている姿はなんというか、一緒にいてもの凄く恥ずかしい。
それどころか、鳴き真似をするたびに腰を振り、スカートが揺れるので、どことなく犯罪的である。
「おい、そんなことしてても意味が……」
「────無意味なことはやめなよ。へっぽこ探偵君」
俺の声に被さり、冷たい声が猫嶋を制止する。
いつの間にか、猫嶋の前に一人の女子生徒が立っていた。
高校生にしてはあまりにも奇抜な白髪に、狩人のように鋭く尖った目つき。小柄ではあるが、何か底知れぬものを秘めていそうな、凛とした少女だ。
彼女の顔には見覚えがある。流石にあの髪色は目立つからな。しかし名前までは知らない。
「エイリ……どうしてここに? 猫を探しに行ったんじゃなかったんですか?」
エイリ──そういえば、さっき聞いた名前だな。となると、彼女がもう一人の探偵部員なのかな。
「ちっちっち、相変わらず頭が固いね。探偵としては落第だよ。……って、そっちの君は誰かな? ひょっとして、江之子のお仲間?」
「いいや、たまたまそこで会って声をかけられただけだ」
「私の助手の枯芝透さんです!」
俺の立場は頑なに助手なんだな……そういうのに憧れでもあるんだろうか。
探偵と言えばシャーロックホームズ、ホームズと言えば助手のワトソン。探偵部なんてものに所属するぐらいなら、その相棒関係に憧れを抱いていてもおかしくない。
……いや、ワトソンは別に助手ではなかったか? 俺はミステリーなど読まないのでよくわからないが。
「初めまして。私は
「断じて違う」
勢いに流されて猫探しを引き受けてしまったが、入部については話が別だ。いくら何でもそんなところまで付き合ってやる義理はない。
「あれ? そうなの? 別の部活に入ってるとか? その格好を見る限り、野球をやるみたいだけど」
「でも、野球部に入ってるわけではないんですよね!」
「……あ、ああ、野球部には数か月後に入ろうと思ってる」
距離感を考えず、やたらと顔を寄せてくる猫嶋を押し返しながら答える。
「数か月後? そりゃまたどうして? 最初から入ってた方がチームに馴染みやすいんじゃないの?」
「新入部員は最初の数か月間、一切ボールに触らせてもらえないらしいんだ。それが嫌だから、途中から入ることにした」
「おお、なるほど、それは……なんか卑怯だね」
「自覚はある」
他の一年生が球拾いやら、グラウンド整備やらをさせられている間、俺は黙々と自主練しているわけだからな。卑怯と言われても反論できない。
「なら、探偵部に入りましょう! 探偵部なら面倒なしがらみはありませんよ!」
「大アリだ! 今まさに面倒なことになってるだろうが!」
こんな無意味なことをさせられるぐらいなら、汗水垂らしながら先輩にペコペコする生活の方がマシだ。
「ま、部員の勧誘よりも今は優先することがある。江之子、私は既に依頼人の探し猫を特定したよ」
「────なっ⁉ 本当ですか⁉」
「もちろん本当だよ。私は絶対に嘘を吐かない」
星野尾は得意げにそう言って、猫嶋を小馬鹿にするようにため息を吐きながら首を左右に振った。
「じゃ、じゃあ見せてくださいよ! その猫はどこにいるって言うんですか!」
まんまと挑発に釣られ、余裕を無くしていく猫嶋。そんな彼女の慌てふためいた表情を見て、星野尾は満足げに口角を歪める。
「まだわからないのかい? 君は本当に頭の回転が鈍いねぇ」
「ど、どういうことですか⁉」
「ほら、目の前にいるじゃないか」
星野尾はその場で屈みこみ、足元に居た一匹の猫──さっきまで猫嶋が猫語で話しかけていた猫を抱きかかえる。
「この子だよ。この子こそまさしく、依頼人が探していた猫だ」
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