第35話 「時政排斥」の目的と効用
私が北条時政について長らく思っていた事の一つに、執権政治の流れの中で何故この人は過剰なまでに排斥され、存在を薄められているのか、というものがあります。
確かに義時・政子姉弟の簒奪行為を正当化する為にも、ある程度時政を貶める必要性はあったでしょう。
ですが聊か晩節を汚したとは言え、彼が権門としての北条氏の礎を築き初代執権となった事は疑うべくもない事実だというのに、彼を外して義時を祖の如く扱い祭祀を執り行うといった行為は、あまりにも度が過ぎていやしないか、と。
「承久の乱での功績の為」などともっともらしく言う話もありますが、別に義時が「二代目」ではその功が色褪せる訳でも無し。そこまでやる理由としては、些か弱すぎる気がしてなりません。
むしろ都合の悪い事は全て牧の方に押しつけ、「優れた父ではあったが牧の方に誑かされておかしな行動を取るようになった為、止むを得ず排斥した」といった話に仕立てた方が、正当化の面でも話の流れでも、強引に義時を始祖扱いするより遥かに自然で「美しい」のでは、と…
長らく頭の片隅にあったそんな疑問でしたが、ある時「名越家が時政の屋敷を伝領していた」という話を知り、漸く謎が解けた気がしました。
要は時政排斥というのは目的ではなく、手段だったのか、と。
言うまでも無く「始祖の屋敷を伝領している」という事実は、相手に自家の正統性を主張する上で大きな材料になり得ます。
執権政治初期に得宗家と名越家がしばしば衝突しておりましたが、「時政排斥」というのは、要は得宗家の対名越政策の一環だったのではないでしょうか。
「時政の屋敷が名越家に伝領された」という事実は変えようが無くとも、「始祖の屋敷の伝領」を「始祖の父の屋敷の伝領」に変えてしまえば、まるで正統性が違って来るのですから。
もし私の推論通り本当にそんな理由で時政があそこまで排斥されたのだとしたら、とんだとばっちりだと同情すべきか、因果応報と合掌すべきか、さてどちらでしょうかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます