第26話 春秋屈指の名相・子産 

三百年余に及ぶ春秋時代には当然様々な人物が登場しますが、もし私が「この時代で一番の傑物は?」と問われれば、多くの魅力的な人物達の中から、鄭国の執政・子産を挙げる事でしょう。

孔子や管仲や伍子胥など、有能でこの方以上に知名度のある方は多いですし、名前を

知っている方でも「春秋左氏伝」を読んだ事が無ければ、ともすれば「中国史上始めて成文法を定めた人物」くらいの印象の方も少なく無いかと思います。

しかし全くの主観で言えば、この方の「底しれなさ」ぶりは、「左氏伝」中の強者達の中でも群を抜いたものに感じられますので…


内政面では、戦争と内紛でガタガタの国を立て直すため、一時的な民衆の不満を物ともせずに各種改革を断行し、最終的には「暮らしの改善」といった実益をもたらしてその心を掴むという見事な手腕を発揮。

また外交戦においては、他国の情報を常に収集・分析し、それを元に硬軟取り混ぜた巧妙極まる交渉(時と場合によっては実力行使も)を繰り広げ、強かに国益を勝ち取っていくという獅子奮迅の活躍振り。

この様に実績を簡潔に記しただけでも辣腕ぶりは感じられると思いますが、やはりこの方の真価は、個々のエピソードにこそより強く顕れていると思います。


それは例えば、「龍」や「怪異」といったものに対し畏れず振舞う一方で、問われれば晋侯に祟っている神について滔々と弁ずる事も出来る、圧倒的な知識と知性であり。

有力な貴族がもめ事を起こした際、処罰を強行すれば動乱が避けられぬと見れば、公正な裁きを一時的にはねじ曲げることをも辞さぬ融通無碍さであり(なお、国内の根回しと準備を整えた後は、あらためて断罪)。

可能だと判断すれば、国益を守る為に超大国という虎の尾でも、相手が激発しないギリギリの線を平然と踏みつける達人技の見切りであり。

また「郷校の効用論」「火と水の政治論」をはじめ、随所に見られる人間に対する理解と洞察力であり…

その博識と弁舌、冷静さと判断力は、まさに「春秋無双」と言って良いくらいの印象があります。



なお、これらの評価は全て「春秋左氏伝」に拠っているので、その編者による脚色等が入っている可能性も、別段否定は致しません。

それでも、内憂外患の見本市の如き状態だった鄭を立て直し、その命脈を百年以上伸ばしたという「紛れも無い事実」を考慮するならば、少なくとも「春秋期を代表する傑物」といった評価は動くまい、とは思います。

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