第9話 司馬遷と裴松之に見る、史料への態度

先に司馬遷への恨み言を述べてみましたが、そんな事を考えた折によくふと思い浮かべる学者に、「三国志」に注を付けた裴松之という方がいます。

…別に司馬遷に肩を並べる方だ、などとは露ほども思っておりませんし、好き嫌いで言えば嫌いよりでもあるのですが、史料に対する態度が実に対照的に思えるもので。


裴松之という方については、簡単な経歴と、「三国志」の注記の記述から推察出来る事ぐらいしか存じ上げないのですが… それらを見る限り、几帳面でガチガチの儒者気質なアクの強そうな方、という印象です。


主君を変えて重用されたりといった儒者基準で好ましくないと見なした人物には、注記でいちいちその行動にケチを付けたり大げさに非難したり、時には列伝の配列にまで「相応しくない」と文句を付けたりする上、各所でふんだんに引用する史料にしても、内容をでたらめと断じたり、筆が進んでか著者の人格攻撃にまで及ぶことすらあったりもします。


ただその気質によるのか、「でたらめな作り事で、つじつまが合わぬこと甚だしい」「学問に熟達した人なら問題としない書物である」などと評した史料でさえも、全て注記できちんと引用した上で罵詈雑言を浴びせている点には… こちらにも解釈や考察の材料をきちんと提示してくれているという点で、心からの感謝を捧げたくなる方でもあります。



項羽を名分より実質を重んじて「本紀」に入れたり、例え孔子の言と世に伝えられている事であろうと、自分が違うと思えば異を唱える等々。

そんな司馬遷の自由でありながら芯の通った歴史観は十分敬意に値するのですが… 裴松之の様に、とは言わずとも、もう少し幅広く史料や事績を採録してくれていたらなあ、という思いも、決して私の中で消える事は無いでしょう…

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