第10話

 あの情報が、デマだった。


 それは、俺にとっては、とても嬉しい事なのだが。


 なぜって? そりゃ、好きでもない相手とするのはおかしいし、相手にも気を遣う。凪咲が本気だったら……なんて事はたぶんないだろうし。


 いやいや、そんなこと考えてる俺はどうかしてる。


 だけど、その情報がデマで、もし本当に治ってるとすれば、この先、どうなるんだろ。


 凪咲がずっと演技してる……? でも、俺に近づくメリットなんてないはず。


 そもそも、恋愛アレルギー自体、真っ赤な嘘?


 うーん。もう少し知らべてみないと分からないな。


 先は、長くなりそう。


 そして……。


「由夏、そこにいつまでいるつもりだ?」


「居心地がいいからずっといるつもりよ」


 あの……いい加減、そこどいてもらえませんかね?


 少し重いんだけど……。



「……なんか重いって思ってたりしてない?」


「え? 君はエスパーか何かか?」


 由夏ゆかはこういうとこが鋭くて、ギクッとする。


 たまに本当に、言い当てるから、少し怖かったりする時もある。


 会話の途中で、凪咲が割り込んで、


「ちょっと、あたしの透なんだからそこを開けなさいよっ」


 と言いながら、凪咲なぎさは、由夏の腕を掴み、どかそうとしていた。


 あれれ? もしかして、これは、そのまま修羅場になってしまう感じ?


 なんだか、騒がしくなってきたな。


 そんなことよりも、足に激痛がまた走ってるんですが!


「いてぇっ! おっおい、凪咲。由夏を動かすと、足に激痛が走るんだけど」


「さっきから由夏由夏由夏由夏って、そんなに幼馴染の方がいいの!?」


 ええ? そんなことは一度も言ってないぞ。


「凪咲、ちょっと落ち着いてくれ……」


 頭が痛くなるし、捻挫ねんざしてるところが、また痛む。

 

 そして……。


「あらあら。翠川さん、そんなになって、かわいいお顔が台無しよ?」


 由夏が、凪咲に援護射撃を送っていた。


 すると、予想外の反応をして、驚く。


「えっ。かわいい? ……今、かわいいって言った?」


「そ、そうだけれど……」


 すると凪咲は、自分の頬に手を当てて、「かわいいって言われた」などとブツブツいいながらもじもじ動いていた。


 とりあえず、静かに……なったっぽい。


 考えてた展開と違う方向で、静かになったけど。


「で、由夏もそろそろどいてもらえないか?」


 足が……ってあれ? 痛みがほぼ消えてる。


 あれれ、と動かしていたら由夏が、


「ふふふっ、そんなに足を動かして、どうしたのかしら」


 と言って、俺の両足に体重を更に乗せた。


 痛みは結構引いてきていて、ツンと痛みが来るぐらいで収まった。


 そして、由夏は俺に、手を差し伸べる。


「もう、起きれるわよね?」


「ああ、多分、大丈夫だと思う」


 そして、由夏の手を握り、


「引っかかったね♡」


 と言ったのち、グッと身体を持ってかれた。


 ……あれ。


 ……顔に、柔らかい感触がある。


 目の前は真っ暗で、何されてるのか全くわからん。


 これは……柔軟剤の香り? それも、ピーチ系かな?


 甘い香りが、俺を包み込む。


 とろけてしまいそうなこの香りは、とても意識が遠のくのがわかった。


 少し、背中が絞められて、苦しくなってきた。



 はっと意識が戻った俺は、抱きしめられていることに気が付いた。


 いや、遅すぎかよ!


「ちょっ、ちょっと苦しい」


 背中をポンポンと優しく叩く。


 頭に、由夏の吐息のようなものが当たってて、これはちょっとやばいな。


「うふふ。わかったわ」


 視界に光が差し込み、ようやく解放された。


 こんなに由夏って大胆だったっけ? と思いながら凪咲は何をやっていたのかと気になり眺めたのだが。


 凪咲は、まだブツブツ呟いていた。いや、効きすぎだろ!


 由夏は、ベッドから降りて、近くのイスに座って少しクールダウンをしているようだった。


 いや、クールダウンっていうのもよくわからないけど。


 俺もベッドに座る感じで、ズズズとお尻を縁まで移動させて先生が来るのを待つ。


「凪咲、今何時だ?」


「はっ! うんーとね。一時五十五分だよ!」


 やけに元気な声で、帰ってきた。


 すごいなかわいい効果。


 と、思っていたら、引き戸がガラガラと鳴って、先生が入ってきた。


「あれれ……。お二人ともどうしたの? ケガ?」


 このおっとりとした、声。ああ、ここは天国か。


 若干茶髪ながらミディアムヘアで、毛先が内側にくるっとしている、瀬名せな日和ひより先生が戻ってきた。


「いいえ、私は、倉木くんのおせわ……じゃなくて様子を見に来ました」


「あたしも、そうですっ」


「ふふふっ、倉木さん、モテモテなのね」


 瀬名先生が、口元に手を当てて言った。


 先生までからかうのやめてもらえませんかね⁉


「ま、まあ、それは置いといて……。倉木さん、捻挫の方はどう? 良くなった?」


「あっはい。痛みもこの一時間でだいぶ良くなりました。ありがとうございます」


「それは、美女に囲まれたのもあるかもしれないね?」


 いやいや、それは関係ないと思いますけどね?


 俺は、からかいで遊ばれないように、そそくさと保健室を出る支度をする。


「次もありますし、俺はこれで、戻りますね」


 言って、ベッドから立ち上がった。


 すると、右側に由夏が俺の腕を抱いていた。


「一緒に行こ? 透くん?」


「あ、それはダメー!」


 言いながら、俺の左腕にも凪咲が抱きついてきた。


 あのー、人前でこれはちょっと……。


「おっおい、なにやってんだよ」


 すごく、恥ずかしい。なんとかしてくれ……。


 悪ノリが過ぎるぞ二人とも……。


「ふふふっ。仲がいいのね」


 とそれを見た瀬名先生がなんだか楽しそうな声音で言っていた。


 まあ、言ってる事は間違っていないと思います……。ハイ。


 昇降口前までは人気ひとけがないだけ、まだよかったかもしれん。


「あの……。暑いんですが」


「ダメだよ。透っ。まだ捻挫が完全に治ってないんだから、あたしが、治るまで付き添わなきゃ。だから暑くても我慢して」


「そうよ。暑くても我慢して。だけれど、翠川さん。透が捻挫しているのは、右足よ。だから、右側を持っていないと危ないわ。今、右側にいる私が付き添いをするべき」


「いやいや、支えてるだけで大丈夫なのっ!」


 謎理論すぎるが、まあ、好きにしてくれ……。


 なんか、これでよかったのか……?


 考えるのが億劫おっくうになってきた俺は、時間の流れに身をゆだねることにした。



___________________


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 とても励みになっております。

 ここで第一章完結となります。


 そして、ただいま、新作の原稿を作成中のため、ここから更新頻度が減ってしまうかもしれません。

 申し訳ございません。

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