第7.5話 Side 翠川凪咲

 つい、行き過ぎそうになる。


 これは、本物の恋人の関係ではないのに。


 いつもの癖で、デレデレとしてしまう。


 透は、ぎこちない感じはあるけど、適切に距離を保ってくれているようで、とても理性が強いんだなって思った。


 そんなところも、ちょっと魅力的に感じてしまう。


 ああ、いけないいけない。あたしは、また、失敗はしたくない。


 ようやく巡り合えた、理想の人物なのだ。


 でも、この恋愛アレルギーっていう症状、本当に厄介。


 今の段階での治し方が、両想いになってそれに加え、キスしなければならないってなんか情報的にも、内容的にも薄っぺらいよな。


 てか、本当にこの方法で治るの? あまり信じきれないんだけど。


 よく、薬とか、独特の配合の漢方を飲んだら治るとか、そんなことを期待していたのだけど、まったく違う方向に行ってる気がする。


 第一、両想いになれって、こっちが本気で好きになってしまったら相手の事忘れちゃうでしょ? 無理ゲーじゃない?


 まあ、インターネットの情報だから、期待しすぎない方がいいのか。


「はあ……」


 あたしは、図書室でため息を漏らす。


 放課後の図書室は、西日が差し込みとても眩しい。


 教科書を広げて、勉強しようとしていたのだけど、ペンが進まなかった。


「どうしたんですか? 翠川さん」


 声をかけてくれたのは、図書委員であり、テストの順位が学年毎回トップの成海なるみ由夏ゆかさんだ。


 腰くらいまである長く艶々な黒髪、そして背筋がピンと伸び常に姿勢が良い彼女はどこから見ても育ちがいいお嬢様っていう雰囲気だ。


 雰囲気ってのは、実際はわからないからあくまで第一印象である。


 この高校に入学した時から、この印象は変わっておらず、いつも風になびかれるさらさらとした髪は、お手入れも念入りなんだろうなと思っている。


 まあ、あたしの髪も負けてないんだけどね。


「ああ、成海さん。別に大したことじゃないよ」


「そ、そうですか……。そう言われると、逆に気になりますね」


「あははっ。う~ん。成海さんの髪が、毎回さらさらでどんな手入れをしているのかなって」


 これは、とっさに思いついた事であって、本心ではない。


 成海さんが、「この髪ですか?」と言って毛先を少し触っていた。


「大した事は、してませんよ」


 ニコッと笑って言った。


 やばい。心が打たれそう。反則過ぎませんかね。


 この笑顔は、西日よりも眩しかった。


「触っても、いい?」


 これは、少し前からしたかったこと。


 度々、廊下ですれ違う翠川さんを見る度、ひらひらと舞う黒髪に少しづつ惹かれていたのだ。


 そしてその黒髪を、一度触ってみたかった。


 どのくらい、さらさらなんだろうか。


 どのくらい、きめ細かいんだろうか。


 ……どんな香りがするのか。


 ……あれ? あたしってもしかして変態?


 いやいや、このくらい普通だよね?


 と、考えていると、


「翠川さんなら、いいですよ。触ってみますか?」


 なんと許可が下りてしまった。


 え? いいの? 


「本当に、いいの?」


 成海さんは、「ええ」と言いながら顔をコクリと頷く。


 若干、震える手を髪に触れ、細い束をすくってみる。


 ……なんだこれは。


 まるでシルクのような肌触りで、少し抑えていないとスルッと落ちてしまうほどのしなやかさ。掴んでいる指を伸ばして、髪を少しずつ落としていくと、一本一本が流れるように弧を描く。


「うふふ。実はこの髪、触って良い人を限定してるんです」


 口に手をあて、驚いているあたしを見て言う。


「……だよねぇ。この髪、なんだか特別感を感じた」


「わかっていただけますか」


「そりゃ、もちろん。こんな髪触ったの初めてだし」


 まあ、この感じ、かなりお手入れしているだろうから、あまり触られてくないだろうし。わかる気がする。


 そして成海さんが、自分の髪をもって言う。


「……実は透くんだけ」


 小鳥のようにつぶやいた。


 よく聞こえず、思わず聞き返す。


「……えっと?」


「実は、この髪、透くんだけしか触るのは許可していません」


 ……ええっええ!? 透だけ? なぜ?


「透くんだけ……?」


「ええ。透くんは、幼馴染でもあり、昔から知っているので。触られても変な事はしないだろうなっていう安心感がありますし」


 おおおっ幼馴染!? これは初めて知った事実。こんなことってある?


 こんな可愛い子に囲まれてて透、恵まれすぎてない? 大丈夫?


 もしかして、成海さんを昔から見てるせいで、あたしがぐいぐい行ってもあんな理性保てるの?


 透の行動に、若干、納得がいきつつもモヤモヤとした感情がちょっと残る。

 

 そして成海さんはそれに、と言って続けた。


「この髪は、透くんの為に、お手入れしているにすぎませんっ。いつ、触ってもいいように……私は万全の体勢を尽くすのです」


 成海さんの声に熱が入り始めて来た。


 こんな所、初めて見た。ひょっとして一途なの? だとしたらちょっとかわいい……。


 だけど、少し落ち着いてほしい。ここ、図書室だよ。


「まあ、落ち着いて……。伝わったよ。透への想い。触らせてくれてありがとう」

 

「い、今、透くんを呼び捨てで……呼び捨てで呼びましたか?」


 あ、やべ。やっちまった。


「ん? うん。そうだけど」


「知らない間に、進展しているなんて……。けれど仕方ありませんね」


 お? おお。わかってくれたのかな? さすがは成海さんだ。


 それなら凄くありがたい展開で、助かる。


「お二人は、少し有名ですからね。お似合いだなんて、たまに言われてますから。けれど私は諦めてませんからね」


 ん? んん?


 なんだか、少し火花が散った気がするけど、気のせいであってほしいと、思ったあたしであった。

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