第6話

 今日の内容は、玉ねぎの細胞の観察をするらしい。


 教室後方に並べてある顕微鏡けんびきょうを各班一台、先生の指示に従い運ぶ。


 毎回思うのだがこの顕微鏡は、思いのほか重たい。中学の時は、ここまで重たいものじゃなかったはずだけど、やはりいいものを使っているからだろうか。


 この班に男子は俺しかいないので、重いものは率先して運ぶことにする。ほかの班もほぼ男子が運んでいた。


 顕微鏡けんびきょうが入った頑丈なジュラルミンケースを、机にそっと置き、ふたを開けて本体を持ち上げて、ゆっくり机に置く。


 ライト用の電源もあるので、近くのコンセントに差した。


 そして、先生が「今回実験するものを、用意してあるから各自持って行ってね」と、黒板前の机にあるステンレスらしきトレーに入ったものを、小日向さんが受け取りに向かった。


「おお~」


 凪咲は小日向さんが、受け取ったトレーを見て言う。


「なんだかワクワクするね」


 小日向さんが少し笑って言った。俺もなんだかワクワクする。


「そうだな」


 と、適当に返しておいた。


 この感じは、何の実験であっても変わらない。未知のものに触れるような、筆記の勉強では得られない面白さがある。やはり動かすのがシャープペンだけではないから、なのだろうか。


 ステンレスのトレーに入った玉ねぎを見ると、果肉にあたる白い部分の一番外側の一枚だけが用意されていて、程よい大きさに切られている。


 ほかにはプレパラートや、シャーレ、カミソリなどが一緒に入っていた。


 これでほぼ一式そろったらしい。


 すると星乃宮ほしのみや先生が、作業手順を説明を始めた。


 配られたプリントと、書かれた黒板を見ながら作業を始めていく。


 まずは、シャーレに少し水を入れる。そして、凪咲なぎさがカミソリの刃を使って玉ねぎを、一センチ角の正方形に切れ込みを何か所か入れてその薄皮を、ピンセットで薄皮を取ってシャーレに入れていく。


 今度は、小日向さんがその薄皮を選別していく。程度が良さそうなものを、スライドガラスに優しく置いて、スポイトで一滴水を垂らしカバーガラスで抑える。そして完成したプレパラートを、顕微鏡にセットして置く。


「どんなのが見れるか、楽しみだね」


 凪咲が、俺の顔を見て言った。


「ああ。この瞬間が、一番楽しみだったりする」


 凪咲を見て、少しばかり照れたのは内緒だ。……バレてないよな?


 すぐに小日向さんも、「わかるっ!」と言っていて、ちょっとテンションが高めだった。


 なんだか居心地の良いな。リラックスできるというか、変に緊張しない。非常に和やかだった。


 顕微鏡のライトを入れて、観察するためにピントを調節する。プレパラートが乗った台の高さを調節したり、対物レンズの倍率を切り替えたり……。実はこういうのは得意な方だったりする。


「……もう調節出来たの!? 早っ。青葉はこういうの得意なんだ?」


「まあ、いじるのは結構好きだよ。謎を解いてる感じがして楽しいな」


「そうそう、一年の時でも、実験進めるの結構早かったよね。頼りになってて心強いよ」


 小日向さんが、思い出を語るように言った。彼女は一年の時でも、一緒の班で行動する時はたまにあって、こういう場面は知らないわけではない。


 開いてる席に置かれた顕微鏡けんびきょうを観察できる状態にしておいて、見ながら今度は、プリントにスケッチしていく。


 画を描くのは、得意ではないので毎回苦労する。見たイメージと実際描く画の差が大きくて、正直誰にも見せたくないほどだ。


 班の女子二人が、顕微鏡を行ったり来たりして、見たイメージを参考にスケッチしていた。


「凪咲、画上手くね?」


 素直に上手かった。特徴を忠実に捉えていて、観察していた細胞を自分の画で再現していく。


「えへへ。もしかして画の才能あるのかな?」


「おおおっ。もうそのまんまだね……」


「ありがとっ。そういう小日向さんも上手じゃん」


「ああ、本当に上手い」


「ええっ。そんなこと言われたの初めて。……ちょっと恥ずかしいな」


 頬を赤らめながら、小さな声で言った。


「透は、もう少し練習してみたら?」


 この画が面白かったのか、少し笑いながら言った。そんなことはわかってるよ。


「でも、愛嬌があるっていうか……面白い画だね……」


 おっおい。小日向さんは、フォローしているのかしてないのか、微妙なラインの反応はやめてくれ。


「ふふふっ。これから透画伯って呼んでもいい?」


 これでもかっていうほどネタにされ始めて、もう授業を終わってほしいと思い始めた。凪咲、容赦なさすぎ。


 半分、投げやりになって、こう言った。


「もう、好きにしてくれ」


 ああ、俺は絵心なんて昔からなかったよ。中学の美術とか、地獄すぎていまだに鮮明に記憶にあるんだよな。早く消し去りたいんだが。


 消したい記憶ほど、消えなかったりする。辛い。


「私は、この画好きだよ。ずっと見てるとなんだか可愛く思えて来た」


 小日向さんがボソッと呟いた。


 その言葉を、認識すると若干照れてしまい、とてもいたたまれなかった。


 そんな小日向さんに、最大限、感情を込めて言う。


「小日向さん……ありがとう」


 小日向さんは天使か。そう思い始めた俺であった。


 思いついたように凪咲が謝ってきた。お前、絶対遊んでるだろ。


「ごめん、ごめん透。からかってたわけじゃないから」


「ほんとか?」


 いやいや、十分からかってただろ。まあ、でもいいか。


「ホントホント! 許して」


 両手を合わせて、すりすりして俺を片目で見る。


 ……まあ、仕方ない。


「別にこれくらいは怒ってないから、いいよ」


「ありがと~。透はやっぱり優しいんだね」


 と言って、残った課題を進め始める。


「俺らも、残りの課題やっちゃおうか」


「うんっ。そうだね」


 小日向さんは、コクリと頷き、プリントに書き始めた。


 なんだかんだ言いつつも、去年よりは充実してるなと思いつつあった。

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