翠川は実験をしたい

第5話

 それから、少し経ったある日。


 今日は理科の授業で移動教室がある。顕微鏡を使う実験らしく、俺は少しワクワクしていた。


 実験は昔から好きで、特に機械を使うものは楽しく、のめり込んでやっていたのを思い出す。


 俺が特に好きな科目は、電気系だったりする。電熱線を使う実験だったり、燃料電池を作る実験だったり……。


 そして凪咲の席はというと、普通の教室でも隣なので、移動教室でも変わらない隣の席になる。


 必然的に、同じ班になるためやる作業は一緒だ。


 直射日光が容赦なく差し込む窓際の席は、もれなく暑い。しかも、ブレザーを着ているから、熱が容赦なく吸収する。


 どうしようもなく暑くなってしまったので、下敷きをうちわ代わりにパタパタしていると、凪咲は指さして言った。


「透それ、ブレザー脱げば」


 ああ、その手があったか。どうやら思考回路も直射日光でやられていたらしい。


 ボタンをはずし、ブレザーを脱ぐ。


 脱いだブレザーの置き場所に困ったので、辺りを見回して邪魔にならなそうな適当な場所に置いといた。


 そして、一緒の班になった小日向さんに、凪咲は声をかけて授業までの空き時間を埋めようとしていた。


「理科の実験、あたし苦手なんだよね」


「わかる。実験道具、壊しそうで怖いんだよねぇ~」


 小日向さんは、俺の斜め前の席に座っている。


 丸いフレームのメガネをかけていて、本がよく似合うふんわりとした、雰囲気の女の子だ。


 休み時間は、その外見通りよく読書をしている。……のをよく見る。


 どうやら、理数系が全体的に苦手らしく、よく「倉木くん、この問題教えて!」と言われ、休み時間に解き方を教えてあげていたりしてた。これは一年の時の話で、今年もまたそういう事になるかもしれない。


 二年に進級して、クラス替えもやった。そしてまた、今年も同じクラスで、知ってる人がいるだけでもありがたかった。


 一年間同じクラスで過ごしたので、ある程度キャラは掴んでる。……はず。


 仮定形なのは、あまり深くまで話していないからだ。


 でも、今年から委員会が一緒の放送委員になったし、少しは話題が出てきそうな予感がしてる。もしくは俺から話題は出すかもしれない。


 沈黙の空気は、俺も苦しかったりするし。たわいのない話の一つや二つはちょっとしてみたい……という好奇心の方が実は大きかったりするのかも?


 少し考え事をしていたら、急に話題を振られた。

 

「透は、理科、得意なんだよね?」


「ああ、まあ、人並みには」


 すると小日向さんが驚いた顔で言う。


「翠川さん、もう呼び捨てで呼んでるの!? こりゃ、熱々ですな~」


 小日向さんは、横目で凪咲を見ながら肘でクイクイともてあそぶ。


「ちょっ、ちょっとやめてよ」


 その肘を、凪咲は手で交わしながら交戦する。


 小日向さんがいるといつも和やかだ。喋り方が原因かわからないけど、空気がとても緩くなり、時間の進みが遅くなったように感じる。


「なんか、いいなあ。私もそろそろ彼氏ほしいかも」


 小日向さんが、俺と凪咲を見て呟いた。


 この発言は、初めて聞いた。


 というのも、今まで度々クラス内で話題に上がっていた、恋バナというものには興味関心がないのか、自分から遠ざけているイメージがあった。


 クラス内で恋バナ一色になる度、席から離れ、教室から出ていくほどだったのに。

 

「小日向さんも大丈夫だよっ。そのうちできるって! こんなに可愛いんだから」


 凪咲が、小日向さんの頭を撫でながら言う。


 肩まで伸びている髪は、指先の動きを追うように揺れる。


「う、うん。ありがとう。……頑張る」


 と、まるで人が変わったように言っていた。


 なにか心境の変化でもあったのか?


 小日向さんは、少しクラスでは目立たないが、愛嬌があって男子からは密かに狙っている人もいる、っていう噂を聞いたことがある。


 ……実は、知らないところでモテていたりするのだ。


 あまり自信なさげな感じが、良いのだろうか。


 ひやひやする時は、たまにあるのだけど最後はたいてい何とかなってる。要領掴んだら意外と早く終わるタイプなのかもしれない。


 ――ガラガラと扉が開く。


 靴を鳴らし、先生が教室に入ってきた。


「はーい。お待たせしましたぁ。皆さん席に着きましたか?」


 教卓に、バインダーや教科書を乗せて言う。


 この星乃宮ほしのみや小春こはる先生がこの理科担当の先生で、実は今年は当たり年だったりする。


 若干茶色寄りの髪をしながらも、首元辺りで均等にまとめられたおさげの髪は、とても印象深いものがある。それに加えていつも語尾が丸く、物腰柔らかな先生はとても人気で。


 よく生徒からの相談事を聞いているのだそう。なんだか常に寄り添っていてくれそうな感じがある。


 そんな先生は、なんとこのクラスの担任の先生なのだ。地味にテンションが上がる。


 今年の理科は、頑張ろうと思いながら先生の話を、聞くのであった。

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