第3話

 翠川が箸でつまんだ、たこさんウインナーを食べさせようと、俺の口元に持ってきている。


 お昼休み真っ只中で、今お弁当を食べているわけだが、この状況は通りすがりの人に見られたらとても不名誉すぎるわけで。


「ほら、食べて。あ~んして」


 横に座った翠川が、俺の目を見ようと前かがみになり、上目遣いで見ていた。


 いたたまれないのでなるべく顔を見ないように壁側を向く。


 階段最上段、屋上手前で二人で食事してるとはいえ、ここまで頼んでないのだが。


 様子を伺うように、少し声のトーンを落として、言った。


「あたしのお弁当……おいしくない?」


 そう、この今膝にあるお弁当は翠川が、持ってきたお弁当なのだ。


 悪いからと断ったのだが、翠川が押し切った。


 ……だが今まで食べて来たお弁当の中ではダントツで。


「いや、めちゃめちゃおいしい」


 本当においしい。


 半分に切られた、小さいハンバーグを箸で摘まんで口に運ぶ。


 冷えててもしっかり肉の味がするし、塩とデミグラスソースとのバランスも絶妙だ。


 白いご飯も、甘みがあってコシもある。


 とんでもなくおいしい。こんなお弁当食べたのは初めてだった。


 翠川はいつもこんなお弁当を食べてるのか。幸せ者だな。


 と、思いながら食べていると、俺の肩に翠川の肩を触れ合わせて言う。


 瞬間、ふわっと、甘い香りが漂った。


「じゃあ、このたこさんウインナーもあげる」


 もう一度、箸でつまんで口元まで持ってきた。


 でも、ずっと振り切っているのもさすがに申し訳ないと感じて、もぐもぐと含んでいたものを胃に落としてから口を少し開ける。


 口元に触れそうなくらいにあった、たこさんウインナーを頬張る。


「やっと食べてくれた。どう?」


 ニコっと笑みを浮かべて、俺を見ていた。


「……とってもおいしい」


「やった! うれしい。作ってきた甲斐があったな」


 そう言って、翠川は自分のお弁当をるんるんしながら食べていた。


 気が付くと、俺は食べ終わっていたので、ありがたく思いながら元に戻す。


 こんな日常が、ずっと続いてほしいなと思いつつ手を合わせて、いつも決まったセリフを言う。


「ごちそうさまでした」


「はやっ。もう、食べ終わったんだ」


 これをやるのはすでに三回目で、三日目。


 俺の日常が、変わったのはせいぜいこのお昼休みくらいだろう。


「ごちそうさまっ。今日も透くんと一緒に食べれて楽しかった。また明日も持ってくるね」


「お、おう……よろしく……」


 こうなる前は、翠川のグループがあったはずだけど、そのグループは大丈夫なのだろうか。


 ふと、思い返す。


 気になって仕方がなかったので、翠川に聞いてみることにした。


「な、なあ、翠川。翠川のグループは大丈夫なのか?」


 んーっと言いながら人差し指を口元において少し考えていた。


「あーあれね。もう抜けて来た」


 衝撃的な一言だった。


「抜けて来た?」


「そうそう。別にもう彼氏できたから、そっちを優先したい―って言って、そのまま」


 ふーん、そうだったのかって思った。


 意外と淡泊なんだな。


「なにか、言われなかったのか?」


 アハハっと笑って言った。


「んー? 特に言われなかったよ。ってか透くんがそこまで気にするような事じゃないから、大丈夫だって」


「それならいいんだけど」


 正直、とても心配だった。


 翠川の居場所が、ここだけなんだじゃないかとか、いろいろ思考は駆け巡ったけど本人は「そこまで気にすることじゃない」って言っていたし、杞憂きゆうだったのかも。


「じゃあ、あたし行くね。帰りは部活終わったら昇降口で待ってるから、一緒に帰ろ?」


「ああ。わかった」


 そう言って、翠川は階段をトントントンと楽器のように鳴らして、降りていった。


 俺の日常が、少しずつ変化していく、こんな感覚を今日初めて味わったのだった。

 

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