第2話

 翠川みどりかわの事は正直そこまで知らない。


 もちろん、勉強の事とかで相談することはあるけどそれくらいだ。


 委員会も違うし、部活も違う。


 そんな翠川の横に座って数分。


 時間が止まったように、周りの空気は静寂としていた。


 正面の少し朽ちた壁を見つめて、もうしばらく待つことにした。


 ……退屈だなあ、と思っていると、息を吸う音が聞こえる。


「……あのね。仮の関係でもいいから付き合ってほしいの」


 ……は?


 今なんて……?


 思考が停止した。いやマジで。


 本当に時間が止まったのかと思った。


「なにを言っt――」


「わけを話すよ」


 言葉をかぶせ翠川は言う。


 そして一度息を吸って吐き、呼吸を整えた。


「……恋愛アレルギーって知ってる?」


 問いただすように言った。


 ああ……あれか。


 一時期SNSで学生の間で話題になった、あのアレルギー。


 初恋をした相手に拒絶されると発症する、って現段階では言われてて、発症している間は、恋愛が出来なくなる体質に変化する……らしい。


「あたし、いつからか覚えてないんだけど、恋愛に冷めたわけではなくて、恋愛感情がまるっきりないというか、よくわからないんだけど拒否反応起こすの」

 

 翠川は続いた。


「自慢ではないのだけど、よく告白されてるの知ってるよね? それで好意を持たれてるんだって、わかってからその人を避けてしまう。それは自分の意志とは関係なく」


「それは大変だなぁ」


 正直な感想だった。


「ちょっと! 他人事ひとごとだと思ってるでしょ」


「悪い悪い。で、どうするんだ?」


「避けるのは仕方がない事だと思うの。それは誰にでもあること。だけれど、ことが問題なのよ」


 ああ。


 翠川は続けて言った。


「立場上、誰でも接していかなければならないのに、避けて話せなくなってしまう。これは致命傷なの。わかる?」


 この症状は恋愛アレルギーだ。……多分。


 少し前、ネットで検索してみたことがあるが、それらしい記事が比較的多かった。


「……事情は分かった」


 ズイっと少し前のめりになった翠川が問いかける。


「ってことは仮恋人になってくれるの?」


 困っているようだし、 仕方がないと思いつつ、飲み込むことにした。

 

 俺としては、細々とやって変な噂は出さないようにしたい。


 理由は……後々が面倒だからだ。


 ただそれだけで、深い理由などはない。


「……俺は構わないが、一つだけ条件がある」


「なに?」


「この関係は一切バラしてはダメだ」


 翠川は首を傾げ、ボブカットされた黒髪がひらひらと揺れる。


「どうして? 別に、わざわざ〝仮〟なんて言葉は使わないよ」


 歌うように、言う。


 まあ別に言っても、生活に支障が出るとは限らないから賭けではあるけど。


 とはいえ、支障が出る確率の方が高そうな気がする。


 特に、男子からの反感を買いそうだった。


「逆に、どうして言わなくちゃならんの? そこまでの関係じゃないのに」


「周りをけん制するのだよ。あたしは毎日のように好きでもない男子に付きまとわれて、最近嫌気をさしてるの、わからない……よね……?」


 正直、そこまで見てなかったし、わからない。


 ……でも支障が出てるなら防ぐ意味でもありなのか。


 ん~っと、悩んだ末、決めた。


「翠川の支障が出ているなら仕方ない。……じゃあ、〝恋人がいる〟程度にしておいて、名前はさすがに出さないでくれ」


 翠川は頷き、言う。


「りょーかい。交渉成立ね」

 

 グイっと腕が掴まれ「じゃ、そういうことで」と翠川は俺の腕を抱えた。


「おっおい、何してんだ」


「え? 見てわからないの? 腕を抱えてる」


 翠川の頬を腕に抱きよせ、すりすりしていた。とってもくすぐったいし、恥ずかしいんだが。


 しかも、この爽やかな柑橘系の香りは……制汗剤?


「仮でも恋人同士なんだし、このくらい当然でしょ? とおるくん?」


 距離感がおかしい……。


 翠川ってこんなやつだったのか!?


 ペースを翠川に持ってかれそうで、恋人ごっこなんて案に乗らなければよかったと思った。

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