恋愛アレルギー

量子エンザ

第一章 この距離は本当に、仮の恋人?

翠川は距離が近い

第1話

 階段から見た意外な人物に、俺は言葉も出ない。


 その女子は、こんなに弱い子だったなんて、知らなかった。


 俺――倉木くらきとおるがいる場所は、四階の廊下、階段前。


 帰ろうと教室を出ると、階段から嗚咽交じりの声が聞こえた。


 気になって階段前に近寄ると、聞き覚えがある声音が階段を響かせていた。


「……翠川みどりかわ?」


 でもなぜ……? 翠川が泣いている?


 クラス中から慕われていた翠川は、学級委員でもあって、リーダーシップを発揮している。


 しかもいつも明るくて、元気でかわいいくて、勉強もできる。


 まあ、学級委員に選ばれているくらいだし、結構な実力者で。


 それはもう凄くて、委員会や担当教科を決めるときは、とてもスムーズに進んだ。


 特に委員会決めの時は翠川様様で。

 

 保健委員や放送委員が結構人気で争奪線になっていたのだが、翠川は「橘さんの強みは?」だとか「佐藤くんの意気込みは?」とかインタビューのように聞いていて、ムードメーカーでもあって非常に楽しく決まった。


 凄い人が現れたもんだと感嘆とした。


 翠川のおかげで競争率が高く、敗れそうだった放送委員を俺は手にすることが出来た。


 それ以来少しばかり恩があるのもあって、いつかどういう形であれ恩を返したいと思っているのだけど。


 しかし誰だよ泣かしたやつは。


 湧き上がる感情を階段に押し付けるように足を掛け、進む。


 まるで、翠川の領域に土足で踏み込むような感じがして、少し気が重い。


 足音が階段中に響いて、もう後戻りができないなって思った。


 階段の折り返し地点手前に差し掛かったところで、このような声音が聞こえる。


「……どうして……どうしてあたしは……」


 翠川は、涙のように滴る雫のような声音で呟いていた。


 なにやら事態は深刻そうだと思ったのだが、ここまで来てしまった以上帰るのはなんか違う。


 だんだんと重くなる足を持ち上げ、踊り場に出る。


 そして、少し見上げるとそこには屋上手前、最上段に座っている翠川がいた。


 両手を顔に当て俯き、身体が小刻みに震えている。


 やっぱり泣いていた。


 第一声が非常に重いが、勇気をだし声をかける。


翠川みどりかわ


 顔を上げた翠川は、涙で赤くなった目で俺を見る。


「……くらき……くん? どうしてここに?」


 目尻は下がり、いつもの翠川ではなくなっていた。


 手は涙で濡れ、夕日ゆうひに照らされてキラキラと星のように輝いている。


「ちょっと教室に忘れ物があって、通りがかっただけ。翠川こそこんなところで何をしてるんだ?」


「別に、何もしてないよ。黄昏たそがれていただけ」


 翠川は笑顔を作り、ふるふると頭を振った。


 そしてなんでもないのだと俺に言う。


「……本当に大した事じゃないよ」


 その笑顔は、なんだか放っておけない気がした。


 このままにはしておけないと身体が、サインを発してるように感じて、翠川の領域に踏み込むように階段を進む。


 迷惑がられてもいい。


 一か八か、天秤に掛け俺は翠川と距離を詰めることにした。


 翠川の手前に立って言う。


「でも、その顔は、何かあった時の顔だろ」


 学級委員が故の嫉妬によるいじめ? はたまた友達と喧嘩? 色々思考を巡らせてみたけど、実態はどうやら違ったようで。


 頭を悩ました。


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