7日目

会社に着くと、井川は既に業務を行っていた。掲示板削除の代わりの仕事だろうか、ものすごい速さでキーボードを叩いていた。

 「あ、おはようございます」

 「おはよう」

 「あれ、昨日帰らなかったんですか?」昨日と同じ格好の私を不思議に思ったのか目を丸くして言った。

 「井川君は、退社後に何かなかったの?」自席に着き、タイムカードシステムにログインをしながら言った。

 「いえ。何もないですが……。何かあったんですか?」

 「昨日誰かに付けられたよ。しかも追いかけられた」

 「本当ですか?」

 「うん。最寄りの駅からね。怖くなってネットカフェに逃げ込んでそこで泊まったよ」

 私は、昨日の出来事を詳細に話した。井川は自分の事のように怯えた顔で私の話を聞いてくれた。

 「でも、もう掲示板削除の案件って終わりましたよね。まだ何かあるんですかね」

 「わからないけど、この事に首を突っ込むな。って警告なんだと思うよ。警察に言うべきかな」

 「でも実際に坂枝さんが暴行を受けたわけではないですよね。もしかしたら偶々帰り道が一緒ってこともあるし」帰り道が一緒で他人の家の庭まで追いかけてくる偶々な出来事はそうないと思う。

 「……ん?鴨田ってどうしてるんだ?」カレンダーを確認して私はハッとした。

 「読書を楽しむとか昨日、メール来てましたよね。図書館に行くって事でしょうか」鴨田の事だ、今日、黛慎太郎の目撃情報のある図書館に向かうに違いない。

 「鴨田に連絡できる?」

 「さっきから電話してるんですけど、出ないんですよ」

 「病院には俺が聞いてみるよ」

 

 結果的に鴨田は既に退院していたらしく、会社から連絡があったら欠勤しますと伝えてくれとの伝言まで残していったらしい。間違いなく鴨田は単独で黛慎太郎に接触するとしか考えられなかった。

 「あいつのことだから、絶対に黛慎太郎を探しに行ってるよね」

 「ですね、怪我してるんじゃなかったんでしたっけ。」

 「痛々しい姿だったのは確かだよ。」降ろした荷物をまた持ち、会社を出る準備をした。

 「ちょっと俺、図書館に行ってくるよ。昨日のこともあるし何かあるかもしれない」

 「坂枝さんこそ大丈夫ですか?昨日付けられたんですよね」

 井川がチラチラと細田を見ていた。私も細田を見ると、彼の顔には怒りという文字がぴったり張り付いていそうな表情を浮かべていた。仕事をしろよ、と釘を刺しているようだ。

 「俺から話すから、井川君は業務お願いしていいかな」

 「僕はいいですけど、坂枝さんこそ大丈夫ですか」

 「なにかあったら労災下りるかな」


 私は、細田に事情を説明した。鴨田が本日から業務復帰できると病院から言われていたが、無断欠勤でサボっていると伝えた。細田は顔を真赤にして「引っ張ってこい。」と怒鳴った。それから私の監督能力が無いと、小言が続いたがなんとか聞き流し、会社を跡にして図書館に向かった。


 鴨田からのメールにあった図書館の住所をスマホに打ち込みタクシーで向かった。会社から図書館は直ぐ近くだった。車内の中でも私は鴨田に電話をし続けたが出る気配はなかった。

 図書館は3階建てで、おしゃれな作りになっていた。ここから探すのは骨が折れるな、と思った。平日ということもあり、人もまばらであったのが救いだ。


 30分ほど、施設内を探し回ったが鴨田はどこにもいなかった。私は自分が焦っていいることを実感する。もしかしたら、鴨田はまた、何者かに襲われているのかもしれないと考えてしまっていた。施設内を探し回っていたせいか、喉もカラカラだった。

 施設内に併設されている、カフェエリアに立ち寄ることにした。井川にもメールで鴨田から連絡はなかったのか確認をいれておいた。

 カフェはデパートのフードコートのような内装で、ただ無機質に丸形テーブルと2つの椅子が等間隔に並べられるという少し寂しい印象だった。木目調のおしゃれな作りがなんだか寂しく見えた。

 入口横のカウンターに立ち、ブラックコーヒーを注文した。

 「坂枝君、相変わらずブラックなんだね」

 私の真横には聞き覚えのある声が聞こえた。黒いパンツスーツに髪を一つにまとめている女性だった。内海だ。

 「なんでそんな驚くのさ。ほら、店員さん待ってるよ。」

 店員に会計を済ませて、私はカフェの真ん中にあるテーブルに腰掛けた、他に客はおらず、貸切状態だった。私は、周りを確認しながら、席に着く。遅れて内海も会計を済ませて私のテーブルに向かってきた。

「いいかしら?」

「どうぞ」私は警戒しながら内海を見上げた。「どうしたの?」と笑いながら内海も席に着く。

 「無断欠勤は良くないぞ」聞きたいことは山程あったが、逸る気持ちを抑えた。

 「いい彼氏が見つかってね。結婚するんだ」幸せそうな話題とは思えない表情で私に話している。

 「冗談ってわかるよね」内海はカフェオレを口に含んで、続けた。

 「あなた達、何かしようとしてるでしょ?」

 「何かって何さ」

 「白々しいなぁ」いつもなら、コーヒーカップを回したりして子供のような内海が、真顔で私に向き合っていた。いつもとは雰囲気が違うのは、黛慎太郎に会いに行ったあの時の内海と同じだった。

 「俺は本当に何も知らない」

今回はコーヒーカップを回さず、テーブルに置いたままだ。

 「鴨田使って何か企んでるよね?」

 内海は、スマホの画面を私に向けてきた。写真が写っており、腕にギブスを巻いた鴨田が男と話をしている写真だった。どうやらこの図書館らしく後ろ姿で撮られており、誰なのかわからなかった。

 「あいつが、無断欠勤をしていて迎えに来ただけだ。内海も無断欠勤だから細田の怒りは全部俺に向けられてるよ」

 「わざとらしいわね。あなた達が見つけなければ余計な仕事をしなくて済んだのにさ。」

 内海の顔は鬼気迫るものだった。いつもとは違いだんだんと早口になる。

 「どういうことだ?……掲示板の事か?知っているんだろ?教えてくれよ、黛慎太郎は何なんだ。あの時話していた、[平和商会]ってなんのことだ?」私も少し感情的になってしまう、鴨田が襲われた事と私が付けられた事も完全にリンクしていると思っていたからだ。

 「あなた達が知る必要なんてない」凍ったような表情で内海が続ける。

 「黛はどこにいるの?鴨田に会わせに行かせたんでしょ?」

 「本当に知らないんだ。会いに行くと言っていたのは本当だ。ただ、俺も井川くんも鴨田と連絡がつかない。」

 はぁ、とため息をつき内海は言った。

 「これ以上関わるとどうなっても知らないからね。一応警告は出したつもりだけど」

 「あのメールか。鴨田の件も、昨日の件も知っているのか?」

 「私がやった訳じゃないけど、そうね。」

 涼しい顔をして、内海はカフェラテを飲んだ。

 「黛をみつけたら直ぐに知らせてね。でないと、追いかけられるだけじゃ済まないと思うよ」そう言うと内海は席を立った。

 「おい、待てよ」カフェ内に聞こえる大きい声を出してしまった。店員達が怪訝な顔でこちらを見ていた。

 「こんなとこで大声ださないの。もういいわ、ありがとう。」

 内海は席を立って入り口の方へ向かっていった。緊張が解かれたのか、喉が乾いていたのを今思い出した。私はまだ飲んでいないブラックコーヒーを飲み干した。

 しばらく、放心状態だった私はスマホの振動で我に返った。


 [鴨田から連絡きました!会社に戻ってきてください!細田がキレてます!]


 いつもなら、さん付けじゃないか?と思ったが仕方なく重い腰を起こした。

 カフェを出ると、そのまま図書館の出入り口に向かった。

 その時に、スーツを着た男が数人、カフェの前にいたが、神経をすり減らしていたこともありそのまま通り過ぎて図書館を出た。


 「お前たちはやる気あるのかよ。」

 会社に戻ると、細田のデスクの前に私と、鴨田は横並びに立って話を聞いていた。

 「はい、すいません。僕が酔っ払ってこんな事になったのに、坂枝さんに迷惑をかけてしまったからです。」

 「もういいけどさ、お前らもう解体だよ」

 解体、というキーワードに私は反応して細田を見た。

 「それはどういうことですか?」

 「だから、そのままの意味だよ。お前らの業務はもう無いの。井川と内海は本社勤務で、お前ら2人はサポセンに異動だ」

 サポセンとは、サポートセンター、つまりお客様対応の窓口だ。社内では噂になっていたが、仕事が出来ないと認められたものは、リンクの不具合やクレーム対応をするサポートセンターに異動するということを聞いたことがあった。

 「はい、僕は大丈夫です」鴨田が素直に答えた。

 「え?」私は思わず、鴨田を見てしまった。自分でサービスを作りたいという目標があったにも関わらず、彼は素直に細田の言うことを鵜呑みにしたのだ。プログラミングを教えていたのは私で、鴨田の熱量はとても素晴らしかった。それを二つ返事で受け取ることが私には理解できなかった。

 通常であれば、文句を言ったり、睨みつける鴨田だったが釈然としない。

 「え?じゃねえよ。お前もだよ。本社からの通達だから何ともしてやれんな。まぁお前らなら大丈夫だろう」細田はニヤニヤしながら私達を見た。

 話が終わり、細田から開放された私と鴨田はデスクに戻った。話が聞こえていたのか、驚いた様子の井川だったが、私達にどう言葉を掛けていいのかわからなかったようで、そのまま私達は残った仕事を粛々と片付けた。

 [今日、飲みにいきませんか?]井川から社内のチャットツールにてメッセージが来た。

 [ちょっと俺もいいすか?集まりたいです]鴨田の文面も何となく元気がないのが伝わってきた。

 業務を終わった私達は、行きつけの居酒屋に向かった。会社を出る際には細田の嫌味が聞こえてきたが、構わずそのまま職場を出た。いつもなら鴨田が何かしらアクションするのだが、何も無いのが少し寂しい。

 会社からすぐ近くの年季の入った居酒屋で、私達は作戦会議行うことにした。


 「やけに今日は元気なかったな」

 四人がけの簡易的に作られた席にに私達は陣取った。なるべく人がいないとこにしたいという鴨田の意見を受け入れて、ほとんど人が通ることのない、倉庫の前のテーブルにした。

 枝豆を頬張りながら、井川は鴨田を見る。

 「そんなに襲われたのが応えたか?」

 いつもの鴨田なら井川の言った事なら応戦するのだが、今回は「そうだな」と口数が少なかった。

 「サポセン行ってもプログラムは出来るさ。俺が仕事の合間に教えてやるよ。鴨田はまだ若いんだ。今からでも間に合うよ」目の前のビールに口をつけようとした時に鴨田は真剣な目で話してきた。

 「俺、黛に会ったんですよ」さっきから鴨田は枝豆しか食べておらず、まだビールは飲んでいなかった。

 「俺、本当は黛にマジで文句言いにいこうと思っただけなんですよ。なんならリーダーに会えよって言ってやろうと思ったんですけど、違ったんです」

 「違うって何がだよ」井川も鴨田の雰囲気の違いを感じ取って、目の前のビールに口地をつけるのをやめた。

 「あの掲示板本当なんですよ。今まで死んだ奴らは本当に殺されています」

 一瞬の沈黙があった。

 以前ならこういった場合は私と井川でなじるのだが、今回はそんな気にもならなかった。

 鴨田の態度がいつもとは違っていたのだ、暴行を受けて怯えているのではなく、何か確信めいたものがある顔をしていた。

 「俺、黛に会ったんすよ」

 私と井川は真剣に鴨田の話を聞いていた。

 「俺、朝から図書館行ったんですよ。病院もすぐに抜け出して直ぐに向かいました。

あいつ本当にいたんですよ。呑気にカフェで本片手にコーヒー飲んでたんですよ」

 「待って。どうして鴨田は黛の情報がわかったの?俺にはリンクを使ってわかったー的なメール送ってきたよね?」井川が間に入った。

 「リンクの配信で聞き出した情報だよ」バツが悪そうに鴨田が応えた。それ以上の事を聞いても鴨田は言えないと言った。

 「でも、核心は付いてるぜ。信頼できる配信者からの情報だ」

 「いいよ、続けてくれ」私は話の続きが気になった。

 「カフェで本人に名前を確認にしたらさ、俺が来ることが当たり前の様な感じで待っていたんだよ。恐らくタレコミのあったの配信者と繋がってたんじゃないのかな、って思うよ」

 ひと目を気にして鴨田は続ける。

 「黛のオフィスに来てしいってことでそのままついて行ったんだよ。ここでは出来ない話があるって言ってた。」

 「坂枝さんから聞いてた話と違いますね。随分怯えていたんですよね?」

 「内海の平和商会ってキーワードを聞いた途端にね」

 「それは!」鴨田が慌てて割って入った。

 「それはあまり言わないほうがいいすよ」鴨田の顔は怯えた表情だった。「マジでやばいす」

 「確かにググっても全く出てこなかったなぁ」井川が私の目を見て言う。

 「お前調べたのか?」鴨田は井川うぃ睨みつけながら聞いた。

 「そんな怖い顔するなよ。気になるじゃん。何かまずかった?」井川が私の顔を見て不安げな顔をしだす。

 「はっきり言いますよ」

 一呼吸おいて鴨田が言った。


 「政府はリンクを使って、日本国民を管理しようとしています。不都合な人物は裏で排除していってます」

 

 鴨田は声のボリュームを落とし、周りを見回しながら言った。

 「また、冗談を……」

 「冗談じゃないです」私の声を遮り鴨田は真剣な顔で私を見た。

 「国民の個人情報をすべて管理して、位置情報から何から何までもです。政府の狙いは、日本に軍隊を復活させて、また戦争をさせようとしているんです」

 「待ってくれ。それを黛から聞き出したのか?」しかしこの状況でこんな嘘をつけるとは思わなかった。が、少し作り話にしては陳腐だなとも思った。

 「平和商会、あれは俵才蔵が作った組織です。表向きはインターネットのセキュリティシステム会社ですが、本当はリンクのシステムを破壊することが目的としています」

 「あの国会義員の俵才蔵だよな」井川が確認する。


 「黛のオフィスに行って資料をすべて見せてもらったんだ。俵才蔵は政府に殺されたんだよ、俺を襲った[神風]っていう組織に」

 「神風?」

 「工作員達を集めたグループって黛は言ってました。殺人でもなんでもやるグループらしいです」

 「なんで黛慎太郎はそんな事を知っているんだ?」そもそも黛慎太郎が何者なのか気になった。

 「黛は俵才蔵の秘書をしていました。黛は名前を何度も変えて活動しています」

 「まじかよ……」井川は唖然としていた。

 「黛は同士を募って組織で行動していたらしんですけど、皆殺されてしまったんです」

 「神風ってやつらに?」私を付けてきたのも神風だったのか?

 「はい。あの掲示板ですよ。俺たちが見つけた掲示板の暗号化したソースを使って、神風は連絡を取り合ってたんです」

 一瞬の沈黙。店内の入口のドアが開く音で一斉に入り口を見てしまうが、サラリーマン二人組がちょうど帰っていくところだった。

 「ちょっと作り話にしては、レベルが低いなぁ」

 話題を変えようと、私は井川と鴨田二人を見た。井川はそうですよねぇ。という困った顔をしていたが、鴨田は真剣な表情で私に訴えかけていた。

 「それってさ」沈黙を破るように井川が言った。

 「俺が見つけちゃったんだけど、見つけた人ってどうなっちゃうの……?」

 「何らかの方法で消されるって言ってた」

 すると、直後にスマホから着信音が鳴った。ここにいる皆、着信音を聞いてびくんと反応をした。私でもなければ井川でもなかった。

 「え、俺?なんで?」鴨田のスマホからの連絡だった。


 鴨田は必死な顔で電話越しの誰かの話を聞いていた。私もその様子を固唾を呑んで見守った。


 「今から黛がオフィスに来てほしいって言ってます」

 

 どうやら今日も自宅には帰れないみたいだ。

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