5日目
昨日のことを井川と鴨田に話した。井川は不安な表情で私の話を聞いていた。鴨田も真剣に話を聞いていた。
「じゃあ黛って奴何か知ってるってことですか?」
上司の細田に警戒しながら私たちは仕事をしているフリをしながら、話し合っていた。
「あぁ。内海が言っていた[平和商会]この名前が出た途端、異常な程汗をかいていたからな」
「内海さんは何で平和商会の事を知っていたんでしょうか?検索しても全くヒットしませんよ」井川はカタカタとキーボードを叩いている。
「俺も気になって昨日調べてみたよ。そんな会社の事は一切書かれていなかったよ。それに…」
「姉さんですよね……」
内海がまだ出社をしていなかったのだ。彼女は遅刻や欠勤をした事がなく、始業の30分前には必ず出社している程真面目だ。昨日の遅刻も気になったが、今日に至っては連絡もなく、午後15時を回っていた。
「来ないんですかね。内海さんなんで教えてくれないんでしょう……」
「情報を整理しません?」鴨田が提案してきた。
「この掲示板は誰も使われていないのは井川が調べてわかってるすよね?」
「あぁ。井川君が調べてくれているよね。アクセス数も1日多くて10PVだね。」
「はい。動画配信に殆どユーザー取られていますね」
「でも、過去に亡くなった人の名前が、掲示板の深いところに、暗号として書かれてた」
井川が謎の暗号ソースを解読してやっとわかったのだ。恐らく並大抵の悪戯ではないのは確かだ。
「しかもみんなお偉いさんの名前ばかりで…殺害方法と日付が書かれてましたよね」
殺害方法という言葉がとても現実的ではないと思った。
政治家の名前が多く、殺害方法と日付、恐らく殺害予定日だと思う。そんな恐ろしいリストが掲示板に暗号化されて書き込まれているのだ。どう考えても普通ではない。
「実際にネットで上がっているニュースを調べると、殺害方法と死因が全く異なっているけど、恐らくこの殺害方法で殺されているんだと思うんすよね」
急に鴨田が頼もしく感じるが、この先どうしろというのだ。
「もう一度黛さんに連絡してみませんか?」
井川が不安そうに私を見た。
「黛さん、何も話さなかったんですよね?もう一度話を聞いてみた方がいいと思うんですよね。」
「そうだな。」私は黛伸太郎もだが、細田の事も気がかりになっていた。この掲示板の事を信じてくれるとは思ってもいなかった。
「俺が細田に聞いてくるから、井川君は黛にもう一度アポ取ってくれるかな?」
黛伸太郎の動揺が気がかりだった。彼は何かを知っている。もう一度話を聞く事ができれば何かを知っているかもしれない。
「じゃ電話してみますので、坂枝さんお願いします」
「リーダー、健闘を祈ります」鴨田は両手を合わせて祈るように私を見上げた。
細田の方に目をやると、暇そうにタブレットを片手に何かを見ていた。
「お話しいいですか」細田のデスクの前に私は立った。
「おう、どうだ。掲示板消せたか?内海ちゃん、また来ないけど女の子の日か?」黄色い歯を見せながら細田はニヤニヤと笑っていた。
「それはわかりませんが、教えてください。あの掲示板は本当はどんな目的で作られたんですか?」
細田はタブレットを机に置いて私を見上げた。
「どんなって、掲示板だよ。それしかないだろ」
「この、掲示板の制作会社にお話を伺いしましたが、どういう事ですか?掲示板に政治家の名前が書いてあったり殺害方法とかあったのですが。」
「知らねえよ。悪戯で書かれたんだろ。お前昨日の打ち合わせどこ行ってたんだよ」
「何も知らないんですか?」
細田は私の顔を見ながら話していたが、一瞬目の前のモニターを目にした。すると表情が一瞬曇った。
「どうしたんですか?」
「もういいわ。お前達に任せてたら話が進まない。別の奴らに任せる」
「え、どういうことですか?」
「坂枝チームが仕事遅えから任せられねえんだよ。わかったら掲示板削除の要件書おれに渡せよ。」
「待ってください。納得ができないです」
「納得なんていいから今すぐ渡せ。わかったな」
気圧されてしまって結局掲示板に関係する資料は全て細田に渡した。
何故か掲示板削除に関するソースコードの消去を命じられた。井川が作成したソースは5分で消えてしまった。
「この案件どうなるんですかね」
井川が力なく聞いてきた。
「わからない。ちなみに黛の件はどうだった?」案件は終わったのに何故こんな事を聞くのか自分でもわからなかった。
「それが……。システムワークスに問い合わせたんです。今日付けで黛は退職されたと言われました。」
頭の中が真っ白になった。昨日話していた黛伸太郎が今日でいきなり会社を辞めるなんて事があるのだろうか。
「そんな事あるのかよ。なんで昨日聞きに行ったら今日辞めるんだよ」鴨田は興奮気味に井川に確認した。
「そんなのわからないよ。」そう。井川に聞いたところでわかるわけがなかった。
「一旦、今日夜に話さないか?ここだとあまり、な」細田がこちらを睨みつけているのがわかった。「喋ってないで仕事しろよ」と言わんとした顔だった。
仕事終わりに、鴨田と井川を連れて近場の居酒屋で飲むことにした。老夫婦が切り盛りしている小さな居酒屋で、客がいつもいっぱいで人気はあった。年季の入った店内は油やたばこの臭いが染み付いているようで、独特な匂いがしていた。人気メニューは唐揚げめある。
私達はお座敷に案内されて、まずビールを注文した。お通しに枝豆が3人分配膳された。
いつもなら深酒をして、細田の悪口や内海の恋愛トークを聞くのが恒例だったが、今回は違った。お酒の量も異なり少ない。それに内海が居ない事でとても静かだった。
「内海さんいないと静かですね」まず井川が口を開いた。
「姉さん結局来なかったすね」枝豆を掴みながら鴨田が私を見た。
「黛の件といい、やっぱりおかしいと思うんだ」私は真剣な眼差しで2人を見合った。
「俺が今日の昼に細田と話してただろ?」
「掲示板の事を報告してた時っすよね」
「削除するかどうかの話だとあいつは思っていたんだ。でも殺人依頼の事を告げたら急に態度が変わった」
「何かあったんですかね?」
「恐らく……」2の視線を私は感じた。
「何か連絡があったんじゃないかなって思ってる。それも俺が細田と話していた時に」
これはあくまで私の推理だった。恐らく細田は何気なく私をからかってやろうとしたに違いない。しかし、あのタブレットを見ていた時に急に態度が変わっていたのを私は思い出した。
「リーダー。これ俺の推理なんですけどね」鴨田が枝豆の皮を弾いている。
「恐らく、細田はあの時、別の誰かに何か言われたんじゃないんですかね?俺も見てたんすよ。リーダーが細田と話してる時を」
相変わらず鋭い男だよ鴨田。
「あいつ呑気に話してたんすよ。いつも通り細かい事言って嫌味とか言うじゃないですか。そんな感じだろうなと思ったら、タブレットの画面見ていきなり態度変わってましたよね。なんだろう……マジになったっていうか……」
「あーそれ俺も思った。わかるわかる」井川の声が大きくなるのがわかった。僕も見てましたよと私に伝えてきた。
「それは俺も思ったよ。いきなり案件は終わりだ。なんて言われると何かあると思うよな。それに黛伸太郎も怪しいと思うんだ。昨日の今日で突然会社を辞めるってそんなのないと思うんだ」
「俺思うんすけど、モンド本社が絡んでるんだろうなって思うんですよね。黛も何かに利用されて、用がなくなって殺されるターゲットになった」鴨田の顔が赤くなっていた。しかしこれは酔って赤いのか緊張から赤くなっているのかがわからなかった。
「なんてね!でも恐らくモンドが絡んでる気がしますね」おかわりーと鴨田が空になったグラスを老夫婦の奥さんに、渡していた。鴨田は酒が弱かったのだ。
「ほらこれですよ」井川が私に訴えかける。
「鴨田が真面目な話するから信じたじゃないか!でもそんな話ある訳ない。なんでモンドがそんな恐ろしい事してるんだよ」
「だって、日本のユーザー殆どが使ってる【リンク】の親元だぜ?デカイ会社ほど悪いことしてるさ」鴨田のペースが早くなっていった。かなり酔いがまわっているらしい。
「明日もう一度細田に聞いてみるよ。それに内海が来たら聞いてみようと思う。案件の終了も伝えないといけないし。」
「ですね……。ありがとうございます。坂枝さんはどう思いますか?」
井川はいつも案件に追われているのか、困り顔になっているが、今回は今にも泣きそうな顔が特徴になっていた。
「わからないけど……。鴨田の勘って当たる事が多いだろ?鴨田の言うことは少し信じてるよ」そう言うと、鴨田は私に抱きついてきた。顔は真っ赤でかなり酔っ払っている。
やれやれと私は井川の顔を見たが、井川は笑うどころか悲しげな顔をしていた。
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