あの日出会った人

 どのくらい経っただろうか。

 二人とも無言のまま、少しずつ時が過ぎ、窓の外は校舎を飲み込むほど暗い。


「さて、そろそろいい時間かな。屋上に行こうじゃないか」


 星奈はゆっくりと立ち上がり、天体観測の準備をしていく。

 その過程で、壁に付いていた鍵を星奈が取っていたのを見た。


「屋上の鍵って、普通職員室とかに置いてあるものじゃないの?」


「たしかに職員室に鍵はあるよ。でも天体観測部は屋上に行く許可が下りているから、スペアキーを部室に置くことが許されているんだ」


「結構鍵のセキュリティー緩いんだね……」


 漫画などで屋上に行くシーンなどがよくある。現代では屋上に入れない学校が多いが、この天体観測部なら比較的簡単に入れるってことか。


「鍵が与えられているから、戸締りはしっかりしないとこっぴどく怒られるからね」


 流石に開けっ放しは怒られるのか。

 そのうち屋上の鍵が開いてたら全て天体観測部の責任にしてきそう。


 屋上の前に着いた。

 外の気温が伝わっているのか、屋上に入るための金属の扉は触るのを躊躇するぐらい冷たい。

 ギイと音を立てて、重たい扉が動く。


「わあ、綺麗……」


 見上げた舞が言う。

 空は無数の星で埋め尽くされていた。

 田舎で快晴、さらに高所という条件下でのみ見られるその光景は、 見た人誰もが見惚れるほどに美しい。あの少年と出会った丘を彷彿とさせる。


「美しいだろう? 地上で見るよりもここで見たほうが綺麗に見える」


「……うん。こんなに綺麗だと、毎日でも眺めに来たくなっちゃうよ」


「流石に私も毎日来れるほど暇ではないが……舞と一緒ならいいかもな」


 そんなことを呟く星奈。

 その言葉には、なにか特別な意味が含まれているのかと思ってしまう。


 好意的な意味があるのか、友情的な意味があるのか。

 二人して何も喋らずに星を眺める。


 言葉も交わさない時間だったが、私はこの静かで……星奈と一緒に見られるこの時間が、私は好きだ。星奈も同じ気持ちなのだろうか。

 すると、突然星奈が口を開いた。


「なあ、舞」


「なに? 星奈」


 星を眺めたまま、星奈は続ける。


「私はここから見る星が好きだ。ここから見る夜景が好きだ。そして……今目の前にいる、舞が好きだ」


 唐突に告白され、私は動揺してしまった。

 初めて会ったはずなのに、何年も前から友達みたいに感じる星奈。

 ただの先輩後輩の仲であるはずなのに、それ以上の関係になろうとしている。


 私は……星奈が好きなのか?

 ドキドキする。加速する心拍数。


 私は、星奈が多少なりとも好きなのだろう。

 だけど……私は初恋の男の子を忘れることはできない。


 この想いに、噓はつきたくない。


「……ごめん。その気持ちは嬉しいけど、私はやっぱり昔会った男の子が好き。何年前だろうと、どんな姿になっていようと、私は……あの男の子がずっと好き」


 言葉にするのは苦しかった。

 星奈の想いは無下にしたくはない。

 星奈を悲しませるようなことはしたくない。

 ただそれでも、言わなければならなかった。


 不思議と、星奈は悲しんでいるようには見えない。

 それどころか、笑っている。

 告白を断ったはずなのに、なんで……?


「君は星が綺麗だと思うかい?」


 口を開いた星奈は、関係ないことを喋りだす。


「うん。綺麗じゃなきゃ星を好きになるきっかけになってないよ」


 私は気にすることなくそれに答えた。


「そうだな、星は綺麗だ。何もかも忘れられるぐらい、綺麗だ……」


 星奈は遠い星を見つめている。


「君の名前は?」


「星野舞だけど」


 何を当たり前のことを聞いているのだろうか。


「驚いたね……名前に星が入っているのか。もしかして、これは運命の出会いというやつなのかな?」


 私の顔をジッと見つめる。


「君も星を調べてみる気はないかい? 知ったら意外と面白いものだよ」


 その時に、私は昔の記憶を断片的に思い出す。

 不思議と、私の目は濡れていた。それは、ほかでもない涙。


「分かった……調べてみる……」


 情けない声だったろう。

 それぐらい、声がかすれていた。


「興味を持ってくれたようで嬉しいよ。また会うようなことがあったら、星の話でもしようか」


 目の前にいたはずの少女は、あの日見た少年に変わっていて。


「そういえば、私の名前を言っていなかったね。私の名前は……」


 はるか遠い星を見つめている少女。

 私の名前に星が入っているから、運命だと言ってくれた目の前にいる少女。

 

それは少年と一致して、私がまた会いたいと願った……


「七瀬星奈だ」


初恋の人だった。



 



 

 会えないと思っていた初恋の人に、また再会できた。

 それだけで、私の心は満たされた。


「なんで私と再会したとき、言ってくれなかったの?」


 やや怒りめの口調で言う。

 それを星奈は笑いながら、からかうように一言。


「先に言ってしまったらつまらないだろう?」


 意地悪だな。


「まあまあ、いいじゃないか。こうやってまた一緒にいるんだし」


 私は、星奈と背中合わせにして屋上に座っていた。


「……いつまでも、一緒にいてね?」


 そう言うと、星奈は少しだけ考えるそぶりを見せたが、私の顔を見て言った。


「もちろんだよ。もう会えないことはない。これからは……ずっと一緒なのだから」


 空には輝かしい無数の星が散らばっている。これまで見たよりも、一番綺麗な星空だ。

 この星空を見れなくなったとしても、私は悲しくはならないだろう。


 あの日見た少年……いや少女が、私の隣でこれからはずっと星空を見れるのだから。 

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君と見た星を、もう一度 朱理 @Yakisoba3

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