天文学部で出会った人
そこからのセリフは、私の記憶にはもうない。
あの少年にも出会うことがなかった。小学生の時の記憶なのだ、そんなものだろう。
あれから八年が経過し、私は高校一年生になった。
少年とあったその日から、私は星を好きになっていた。
あの少年のことは今でも忘れていない。初恋の人でもあり、私に星の素敵さを教えてくれた人でもあるのだから。
手に持っているのは『入部届』と書かれた一枚の紙。
もちろん私が入部しようと思っているのは、天体観測部だ。
私が進学したこの高校の天体観測部は、部員数がかなり少ないらしい。
幽霊部員が二人に、ちゃんと活動している人が一人。計三人。部活としては廃部になってもおかしくないのだが、高校建設当初からある部活を廃部にするのはダメだろと、顧問の先生が主張して今に至るらしい。
しかし、私にはそれはどうでも良かった。
ただ天文学部の望遠鏡を使えれば、それ以外は何でもいい。あわよくば、唯一活動をしている一人と、星について語り合えないかと思っている。
目の前にあるのは天体観測学部の部室。
三階の階段に近い場所に位置しており、階段を登って屋上に行けばすぐに天体観測ができる。
「失礼しまーす」
部室の扉をガラガラと開け、部屋へ入る。
「おや? 入部希望者かい?」
私に反応したのは、黒くつやのある髪を長く伸ばし、『星』という本を読んでいる、清楚という言葉が似合いそうな綺麗な女性だった。
「は、はい! これ、お願いします!」
そう言って私は入部届を女性に差し出す。
「星野舞……か、いい名前じゃないか。名前に星を持っていることに運命を感じる」
しみじみと、何かを思い出したかのような雰囲気だ。
「はい! 小さいころ好きだった初恋の男の子に、星のいいところを教えてもらったんです!」
すると、何かを考え始めて、何か納得したような顔を見せた。
「舞……でいいかな? 実は私にも星が入っていてね。名前は七瀬星奈、二年生だ。
ようこそ、天体観測部へ。君の入部を歓迎しようじゃないか」
「よろしくお願いします! 星奈さん!」
なぜか星奈さんは笑っている。
「星奈で大丈夫だよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ。タメ口でいい」
「……分かったよ。星奈」
あまり先輩相手にタメ口というのは気が進まないが、タメ口でいいといわれているのだから、その厚意に甘えないわけにはいかない。
「それじゃあ早速、天体観測部の紹介をしていこうか。舞は見学に来てないからわからないだろうけど、うちの部は私と幽霊部員二人で構成されている」
「そこらへんは事前に調べてあるから、大丈夫」
「最初からこの部活に入る気持ちだったんだな……」
星奈は呆れた顔をしている。
元から星が好きだから入るのだ。そう簡単に入りたい部活が変わるものではない。
「とにかく、今は私一人で活動してる感じだな。今日の夜、また星を見ようと思ってね。舞も一緒に見るかい?」
その提案は舞にとって大変喜ばしいものだった。
この学校は三階建てだ。地上からしたら、約十メートル近い高さになる。田舎の学校なので、学校よりも高い建物もない。だから星を見るには絶好の場所なのだ。
「うん! 星奈から星の話も聞きたいし!」
「そう言われると、私も気合いを入れなきゃいけないねえ」
意気込んでいる星奈。私が過度な期待をして星奈に無理をなせないか心配だが、あまり心配しなくても大丈夫だろう。
現在時刻は午後の四時。
空は青く、温かい太陽光が部室に差し込む。
暗くなるにはまだまだ時間が必要だ。
春の空が暗くなり始めるのは約六時半。完全に暗くなるには、七時を過ぎなければならないだろう。
「まだ時間があるな……少し雑談でもしようか」
星奈は先ほど読んでいた本を読むわけでもなく、私と話をしたいようだ。
「……」
なんの話をしたらいいのだろうか。天体観測部なら星関係だが、あいにく私は仲良くなったばかりの人と軽い雑談をするコミュ力を持っていない。
私が無言のままでいると、星奈が何か思いついた様子だった。
「それじゃあ……舞の初恋について聞こうか」
星奈はニヤニヤと笑いながら楽しげに、からかうかのように聞く。
しかし私もこれぐらいで照れるような性格をしていない。
唯一好きだった男の子なのだから、胸を張って好きだと言える自信がある。
「星を教えてもらってから、私はあの男の子のことが好きになったんだ。ただ一つ、遠い星を見つめているあの人が、素敵で、好きだった」
「うん……そうか……」
星奈が顔を真っ赤にして照れている。
そんな恥ずかしい内容だったかな?
私はただ昔の初恋について話しただけなんだけど……
星奈は恋愛に関して疎いのかな。星のことばっかり調べてそうだから、その可能性はある。
「舞の初恋の人は名前も知らないのかい?」
「うん。教えてもらったんだけど、昔のことだからか忘れちゃった。会ったのも一回だけだから、どこにいるのか分からない」
「そうか……それでも舞はその少年のことが好きなのか?」
どうなのだろう。
少年に会ったのも八年前のことだ。
その感情が、恋以外のものに変わっていたとしてもおかしくはない。
懐かしいと感じているだけなのか、思い出補正がかかって、少年がかっこいいものだと今の私が勝手に思っているだけなのか。どちらにしろ、昔の私が恋をしたのだ。
今の私は昔と同じ。なら、その思いだって同じのはず。
「好きだよ。私は、あの時にあった人のことが今でも好き」
「……それならよかった」
そう言った星奈は、微笑んでいた。
あの時に会った少年は、まだ星を好きでいてくれるのだろか。
そして、私のこともまだ忘れないでいるのか。
私のことを忘れてもいい。
ただ、もう一度、彼と星の話ができることを願って……
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