第29話 ふしだらな礼拝堂

 失敗魔法による魔道具のなり損ないでも、改良の魔法でステキに甦る品は取り分けた。魔法の杖たる箒に保存している。匡正の魔石が進化したら、即座に改良で使えるようになるはずだ。

 平穏な数日。

 ヒヤヒヤしながら、リデルは魔道具造りに没頭した。

 

 後どのくらいで進化するか分かるといいのにぃぃ……っ

 

 魔石は、そればかりは教えてくれない。

 たぶん進化するたびに、次への進化のためには前回よりも多大な失敗が必要になる。気が遠くなるような失敗の数をこなすことが、現状唯一の突破口だと思われた。

 

 

 

 不意に、何もかもが暗転した。リデルは直前に、司祭ザクタートの放ったらしき忌まわしき力の波動を感じている。司祭の神聖と悪魔の邪悪が混ぜ合わさった悖徳はいとくの技。

 

 レヴィンさま? どこ? ご無事ですかぁ?

 

 リデルは、真っ暗な感覚のなかで、レヴィンの心の場所を探るようにしながら声を届けようとした。

 だが、魔法が発動しない。

 

 ふわぁぁ、と、淡い光が注がれるようにリデルの視界が開けて行く。

 目の前に、司祭ザクタートと、その足元に縛られ転がされたレヴィンが居る。

 

「レヴィンさま!」

 

 思わずリデルは叫び、駆け寄ろうとし、檻のような場所に入れられていると気づいた。檻というよりは、大きな鳥籠に似ている。魔法の力は崩れ、リデルは常の魔女装束ではなくなっていた。

 

 司祭の趣味なのぉ?

 

 かなり扇状的で露出的な衣装だ。覆うべきは隠されてはいるが意外に豊かな胸は半分くらいまで見えている。身体の線が、すっかり分かるような、ピッタリとした布地は申し訳程度の量だ。

 帽子も箒も眼鏡も存在しているのだが、形は成さずに衣装に溶けている。

 

「リデル……ああ、美しいな」

 

 ぐったりとしたレヴィンは、リデルの姿を眩しそうに見詰めて息も絶え絶えに呟いた。

 ふたりまとめて拉致されたらしい。

 

「ここは、ふしだらな礼拝堂」

 

 司祭ザクタートはわらった。そして。足元に転がる縛り上げたレヴィンの身体を爪先で軽く蹴る。

 途端とたんに、レヴィンは絶叫めいた悲鳴をあげた。軽い接触でも、強烈な雷魔法がレヴィンの身体を襲うはずだ。

 もう、何度も、そんな風に、悲鳴を上げ続けたのだろう。レヴィンの声は掠れていた。

 

「やめてくださぃぃ! レヴィンさまを、自由にしてっ!」

 

 リデルが鳥籠のなかから叫んでも、ザクタートは見向きもしない。足元のレヴィンを愛しそうに眺め、嬉しそうに蹴って絶叫させた。

 

「レヴィン君、君を手に入れられないのは惜しいのですが。『蹉跌の知識』のほうが重要なのですよ」

 

 ザクタートはレヴィンの近くにしゃがみ込み、縄目ごと胸へと撫で触れ、悲鳴を上げさせている。

 

「お前、領主にこんなことして、ただで済むと思うなよ?」

 

 レヴィンは負け惜しみじみて言い捨てる。悲鳴のあいだに、途切れ途切れに悪態をついている。

 

「いえいえ。最大級のおもてなしで、領主を迎えておりますゆえ。何の問題があると?」

 

 ふしだらな礼拝堂は、治外法権になっている、と、リデルは気づいていた。レヴィンの領主権限は、ここのなかでは一時的に無効になっている。たぶん、レヴィン自身には良くわからないだろう。

 司祭にとっては、レヴィンを抱くのも拷問で嬲るのも同義のようだ。発情したような表情を微かに浮かべ、あちこちを撫でては絶叫させている。

 

「リデルに命じて、私に『知識』を譲渡させなさい」

 

 ずっと、レヴィンにそれを承諾させるために痛めつけていたのだろう。

 

「それは不可能です!」

 

 リデルは訴える。

 

「では、『蹉跌の知識』を使えるように、リデルを所持する許可を私に与えなさい」

 

 私の虜囚、私の道具。司祭は、にたりと嗤いながら、手に入ったつもりでいるらしい。

 レヴィンは首を縦には振らない。

 

 このままではレヴィンは殺されてしまう。ザクタートは、殺すことを躊躇ためらいはしないだろう。

 レヴィンが死ねば、主従はなくなる。自由になったリデルを下僕として契約させるつもりだ。

 

 レヴィンの苦痛の声と悲鳴。しかし、リデルは、眼を逸らさない。何か、方法があるはず!

 眼を背けず、意識を保ち、思考を廻らせ続ける。

 

 魔法を、魔法を、魔法を!

 

 模索して、見つかるような、見つからないような。

 

「レヴィンさまぁぁぁぁ!」

 

 こんな、緊急事にまでポンコツなまま。泣きながら、でも諦めない。終身雇用してくれたレヴィンの最大の危機だというのに。

 司祭ザクタートは撫でる手の動きをとめ、鞭を取り出す。鋭い音が響き渡り、都度にレヴィンの悲鳴があがる。だが、雷であげる絶叫に比べれば遙かに弱い悲鳴。

 

 衣装がちぎれ、剥き出しになった膚には鞭痕が刻まれて行く。

 一頻ひとしきり鞭を使った後で、司祭ザクタートは今度はその鞭痕を撫で始めた。

 

 魔法を、魔法を!

 鳥籠のなかで暴れながら、リデルは魔法を発動しない魔法を掛けつづける。これも、失敗として数に加えられるのか、そんなことは考えもせずに、ひたすら魔法を探る。

 司祭ザクタートは、ここぞとばかりに、あらゆる手立ての拷問をレヴィンへと与え続けていた。

 

 

 

 決して折れようとしないレヴィンは、激しい拷問の末に死んだ。

 

「……事切れましたか。嬲り殺しにしたいほど、愛していましたよ」

 

 司祭は陶然と呟いた。とても本望でした、と。快感に酔い痴れるような表情。

 これで、リデルは雇用主を失った。司祭ザクタートは、リデルの所有者になるつもりだろう。終身雇用の状態にすれば意のままだ。その縛りをザクタートが知っているかどうかは謎だが。

 

 一拍が、永遠と混同するような嘆きが爆発する――。

 

 リデルは、思考も感情も何もかも、ぶっ飛んで狂乱していた。絶叫し、鳥籠のなかで凶暴な動きで体当たりし、跳ね回る。司祭の力に完全に封じられていたはずの魔法が、ぜる。

 レヴィンが死に、一旦、契約が保留となり、リデルの魔法は更にポンコツになっていた。

 しかし、進化へは近づく。闇雲に絶叫しながら、恐慌して掛け続ける魔法。

 

 錯乱し暴れながらのリデルの魔法は、不意に解放された。

 狂戦士的な魔女としての暴発。

 暴力的になり、自覚も知性も放棄したような混沌のなかで、なぜか司祭を凌駕した。

 

 檻は破壊され、リデルは駆け寄り、レヴィンにしがみつく。

 意識はないが、雷に身体がビクついた。呪いの魔法は、死してなおレヴィンを雷で苦しめる。

 レヴィンは、死んでいる……。

 

(進化しました)

 

 そんな魔石の声も、リデルの意識に届いてはいない。

 狂乱したまま、リデルはレヴィンを抱きしめて転移した。全部ぶっちぎって城に戻る。手に入れていた絵から得た卵が、なんらか発動したらしく。消滅した。

 

「レヴィンさま、レヴィンさま、死なないで……!」

 

 だが、もう死んでいることは、リデルには分かっていた。

 揺さぶる度に雷の衝撃に震える身体。

 だが、ぐったりと。呼吸も。胸の鼓動もない。

 

 

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