第30話 レヴィンの死線

(リデル様、リデル様!)

 

 呼びかけてくる声。急かすように、緊迫した声。狂乱して泣き喚くリデルの心に、何度も接触してくる。

 レヴィンは、死んでしまった。

 

 寝室に転移し、レヴィンの身体は寝台の上。ボロボロになった身体と衣装。

 

 リデルは泣き叫んで、レヴィンを喪失した哀しみに混乱していた。終身雇用は、レヴィンが死ぬまでの契約だ。だから、レヴィンが死ねばリデルはポンコツに戻る。終身雇用されなければ、魔法のほとんどが使えない身に逆戻りだ。

 

(リデル様、リデル様!)

 

 誰かからの呼びかけは、遠く感じられた。

 いや、リデルだけでない。雇いいれた札付きの者たちも、領地の者たちも、レヴィンの領主としての加護がなければ、生活できないのだ。

 

 しかしリデルが慟哭どうこくしていたのは、ポンコツ魔女に戻ることよりも、レヴィンと一緒に過ごせない辛さのせいだ。

 辛いだなんて……言葉が足りない。レヴィンと婚約しているのに! 呪いを解いて結婚するはずなのに!

 全てが音を立てて崩壊してしまったように感じられた。

 

 秋には大収穫が約束されていたはずなのに……。

 

 大収穫が……。……………………。

 

 あ、あれ? レヴィンさまが死んでしまったら、秋の大収穫はないはず?

 

(リデル様、リデル様!)

 

 ずっと頭のなかに響き渡っていた声が、ようやくリデルの心に届いた。

 

(…………魔石さん?)

 

 泣きはらした心に、淡く光が灯った。

 

(リデル様、急いで!)

 

 匡正きょうせいの魔石の急かす声は大きくなる。

 

(あ、死者復活? レヴィンの魂、いるのね? ああ、すぐに、レヴィンを甦らせなくては!)

 

 魔石に促され、甦生の存在がぼんやりと感じられてきた。悲痛な衝撃のあまり甦生魔法の存在をすっかり忘れていた。

 

 そう! 甦生の魔法! 治癒も! 可能になっている!

 

(レヴィン様の魂は、リデル様の肩にしがみついています! 今のうちです)

 

 匡正の魔石は、ホッとした気配でリデルに告げた。魔石は、リデルの魔法を展開させる言葉を待っている。

 

(あ、ああ、魔石さんん、レヴィンを甦生してくださいぃ! 身体の治癒もしてぇ! 甦生の魔法を使ってぇぇぇ!)

 

 リデルの声は泣き声だったが、既に哀しみのためではない。レヴィンが甦生する。生き返る。いや、仮死状態だっただけだ!

 

(畏まりました! お安い御用です)

 

 なんて親切な魔石だろう!

 リデルの言葉に合わせ、匡正の魔石は、甦生魔法を発動した。独特な美しい魔法。舞い踊っていた光輝く花びらが集約してくるような命のきらめき。

 

 レヴィンの身体に付けられた数々の拷問の痕も、ズタボロになった衣装も、すっかり甦って行く。

 

「……ん……?」

 

 寝台の上で、朦朧もうろうとした様子ながらレヴィンは上体を起こす。

 

「レヴィンさま、レヴィンさまぁ! わたし、レヴィンさま無しじゃ、生きられません!」

 

 レヴィンに抱きつきたかったが、甦ったばかりの身体に雷魔法をお見舞いするわけにはいかず、リデルは寝台へと上体を突っ伏し、レヴィンを見上げた。

 

「お前、ダメだぞ、それは。オレが先に死んだら契約は無くなるが。お前は何処までもちゃんと生きるんだ。次の雇用主を捜せ」

 

 こんなときなのに、死から甦ったばかりというのに、わたしの心配?

 リデルは涙が止まらず、ぽたぽたと寝台を濡らした。

 

「嫌です! レヴィンさまがいいんです! 死んではダメですよぉぉぉ! レヴィンさまは、わたしが先に死んだらどうするんですぅ?」

 

 泣き声で、なじるように告げるが、心のなかは喜びで一杯だ。

 

「はっ? お前、領主権限知ってるだろう? お前は、オレが死ぬまで、寿命が来ても死ねねぇぞ?」

「はぅ、ああっ、そうでした! すっかり忘れて……。あ、じゃあ、わたし殺されても死にませんねぇぇ!」

「当然だろう? それに、リデルはオレが守る! ……生き返らせてくれて、ありがとうな」

 

 レヴィンは死んでいた自覚があるようだ。

 

「お身体、痛いところとか……ありませんですか?」

 

 少し控えめにリデルは訊く。思い出したくもないことを、思い出させたくはない。

 

「オレ、幽霊になってた……」

 

 だが、レヴィンは司祭ザクタートのことよりも、苦手なままの幽霊になってしまっていたことにザワついているようだ。

 

「違いますぅ、幽霊じゃないですぅ! 魂が剥き出しになっていただけですぅ。身体が消滅して、魂が転生できずにいれば、幽霊になるかもですが」

 

 リデルの言葉にレヴィンは何度も頷いた。以前よりは、幽霊に怯える傾向はないようだ。

 

「そういえば、よくザクの所から逃げ出せたな」

 

 さすがに幽霊のような状態になったことは憶えていても、リデルが何をしたのかは知らないようだ。

 いや、訊かれてもリデルにも良くわからない。完全に恐慌して、狂乱して、何をしたのかリデル自身も憶えていない。

 

「……レヴィンさまと入った絵のなかで手に入れた卵が、何かの魔法を発動したみたいです」

 

 リデルは首を傾げ、必死に思案した後で応える。本当のところは、謎だ。卵が何の力を発動したのかも。だが、それ以外の理由は、何も思いつかなかった。

 

「リデルの魔石が進化してくれていて良かったぜ。さっそく甦生の魔法が役に立ったな」

 

 レヴィンの笑み。

 

「良かったです。でも、もう、死なないで。甦らせることできますがぁ、死なないで……っ」

「ああ。オレも、死ぬのは当分お断りだ。不意を突かれたが、今度はこっちから奇襲かけるか」

 

 レヴィンは、本格的に司祭ザクタートに対処する必要性を感じたようだ。

 

「レヴィンさまが甦生したこと、まだ知らないと思います。ですが、わたしを捕らえに来ます」

 

 あれ? そういえば、レヴィンさまが死んだとき……魔石が進化したような?

 

(はい! 進化しましたよ! 改良の魔法が更新されました。いくつかの失敗魔道具は、改良が可能です)

(司祭を領地外のものと交換する魔道具は?)

 

 杖のなかに保管してある魔道具。切望している魔法。

 

(残念ながら、それは、まだ改良できません。それ以外の魔道具は改良可能のようです)

(もう一息ですねぇぇぇ)

 

 残念さはあるが、希望の光も見えてきている。

 

「レヴィンさま、礼拝堂にいたとき、魔石が進化したみたですぅ。魔道具の改良が進められそうですよぉ」

 

 一番、肝心な魔道具は、もう少し進化が必要らしいですぅ、と、言葉を足した。

 

「それは凄ぇぞ! 早速さっそく、全部、改良しようぜ!」

 

 レヴィンが意気揚々と応えるのを訊き、リデルはジワジワとまた涙をこぼす。涙と同時に嬉しさがあふれ幸福感に満たされるのを感じていた。

 

 

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