第28話 甦生の魔法

 レヴィンが気になったいた『禁呪の聖域』という絵のなかは、美しい神殿のなかに神聖な泉に似た、噴水が存在していた。絵に入った瞬間から神殿は見えていたので楽に辿り付けた。

 

「聖なる術式……どこで手に入るのでしょうかぁ?」

 

 小さく呟いたリデルの声が、神殿中に響き渡る。

 ひゃああっ、と、リデルは息を飲むが、こだましていた声が跳ね、泉のなかへとポチャリと音をたてて落ちた。飛沫が跳ね上がり、リデルの手のひらを濡らすと鮮やかな模様の描かれた卵に変わる。

 

「声を出せばいいのか?」

 

 レヴィンが小さく訊いた声も、神殿の中に響き、同じように泉へと落ちて飛沫を散らす。レヴィンの手のひらには、鮮やかな青い絹の首巻きらしき。

 

 声をたてると、その度になにか来そうだと互いに感じたようで、ふたりは眼で合図しながら神殿を出た。

 

「絵から戻ってみないと効能は分かりませんが、なにか役にたつものですよぉ」

「まあ、そうだろうな」

 

 レヴィンは頷きながら、衣装の襟へと器用に飾っている。レヴィンが身につけている王子様風の衣装に、とても良く似合っていた。聖なる力で護られるだろうから、身につけられる物は良いと思う。

 

「この卵、孵るのでしょうかね?」

「キレイな柄が描かれているから、そのまま使うのかもしれないぜ?」

 

 会話をしているうちに絵の出口だった。

 

 

 

 レヴィンの首巻きは、リデルの鑑定で聖なる護りで悪魔の術が弾ける防具のようなものだとわかった。

 だが、リデルの卵は、またしても正体不明だ。

 レヴィンの勧めるとおり、必要となるときのために大事に保管した。

 

「レヴィンさまに、護りがあるのはホッとしますぅ」

 

 魔女には、聖なる力は善し悪しなので、と、小さく言葉を足す。魔女の魔法で、ザクタートの悪魔や司祭の術を超えねばならない。

 

 レヴィンは、幽霊やザクタートの邪魔のないうちに、と、放りっぱなしの城の用事をこなしに執事のところへと向かった。

 

 リデルは魔法の強く働く部屋へと入り、魔道具を造ることに集中する。

 防具や武器、というのではなく、司祭をレヴィンの領地から追い出すための魔法が込められた品を目指していた。

 しかし、相変わらず失敗の山。

 それでも、改良の魔法を使えば、司祭を追い出すことに特化した品になっているかもしれない。

 

(魔石が進化しました! 死者を甦らせる魔法を得ました。『甦生の魔法』です)

 

 リデルの頭のなかに、魔石の声が響いた。進化し、死者を甦らせることが可能になったらしい。

 

(それって禁忌なのでは?)

 

 焦ってリデルは訊き返す。

 

(いえいえ、ただの仮死状態の改善です! なので、魂が転生してしまった後では戻せませんし、死体の鮮度が落ちても駄目。要は、死んだ直後のみの魔法です。死体の損傷は同時に治します)

 

 失敗魔法の改良と同様の魔法らしい。死者を甦らせる、などという禁忌ではないようでホッとした。

 

(『蹉跌の知識』による進化も同時に起こりました。改良の魔法が更に精度を増します)

 

 司祭を追い出すための魔道具を作成し、失敗に継ぐ失敗をしていた。

 大抵は単純な交換系の魔道具の出来損ないになっているが、ひとつだけ、発動させることで領地の外の樹木と、司祭を交換する、という印象の魔道具の出来損ないがある。

 

(あ、では、これ、改良できたら、問題解決では?)

 

 リデルは、その特別な魔道具を手にしながら匡正きょうせいの魔石に訊いた。

 

(これはまだ、改良できません。ですが、常に所持していてください)

 

 助言をしてくれる魔石など、本来あり得ないから、とても嬉しい。

 きっと使い物になるのだ。

 もっと匡正の魔石が進化し、この出来損ない魔道具が改良されれば司祭を追い出せる!

 

 

 

 ほんの少しのがたち。とはいえ、全く、進化するまでの道のりは分からないのだが。リデルは遠慮がちに、レヴィンへと報告した。

 司祭を追い出す魔道具が、進化待ちだが完成する。

 

「へえ! 魔石の進化待ちなのか? それは期待できそうだぜ! よし! たくさん失敗魔法を繰り返せ!」

 

 レヴィンは歓喜めいた声で命じた。

 

「変な命令ですぅ」

 

 リデルは思わず笑みを浮かべる。なにより、レヴィンが理解者であることが嬉しい。

 要は、司祭を領地の外に出せば良い。それだけなのだから。

 司祭ザクタートが所用で領地を出てくれれば、一発解決なのだが。

 だが、領主権限の強さを知っているだろうから、目的を達するまでは、決して狂気の森を離れまい。

 

「後は、悪魔の術や、司祭の術を弾けると良いのか?」

 

 レヴィンは少し悪魔的魔法への防御がついたので、補強したいのだろう。確かに、レヴィンもリデルも、そうした品で魔法の防御を固めるのが良いに違いない。

 

「ああ、それは良さそうですぅ。たくさん失敗できますよぉ」

 

 失敗できる自信だけは、タップリある。そして、今は失敗魔法が必要だった。

 

「その上で改良できれば、恩の字だ」

 

 リデルが造ろうとした失敗魔道具は、いずれ魔石の進化で本来の魔道具として成立する。

 レヴィンの言葉に、リデルはコクコク頷いた。

 

「せっかく失敗するならぁ、改良の魔法で完成したときに良い効果がつくのが良いですねぇぇ」

 

 ちょっとウキウキと、失敗して良いとなると気楽に魔法が使える。それで成功したなら、それはそれ。

 霊草を駆除する、とか、呪いの残存を解消する、とか。できるだけ、本来リデルには使えないような魔法を思考しながら魔道具を造った。

 

 うまく思考が伝われば、失敗魔道具で途轍とてつもなく妙ちきりんな造形になっても改良されたときには立派な魔道具に変わる。それは、なかなか楽しみな事ではある。

 

「いいな。何部屋にもあふれてる失敗品が、いずれ全部立派な魔道具として改良されるのか!」

 

 失敗品の形はゴミにしか見えないような代物なのに、レヴィンは後々の形が想像できるのか品数が増えて行くのが楽しそうだ。

 

「レヴィンさまに喜んでもらえると、はかどりますぅぅ」

 

 箒を振り回すほどのこともないので、リデルの周囲にはどんどん失敗魔道具が増えて行く。部屋が一杯になったら、空き部屋に移る。

 

「やり過ぎないように、絵の中でも散歩するか?」

 

 それなり気に入ってくれたのか、レヴィンは気分転換に絵の中の散歩に誘ってくれるようになっていた。

 絵の中に入っている刻は、ほんのわずかなので気兼ねなく散歩が愉しめる。

 リデルもレヴィンも、絵の中に入って疲労することはなく。絵に描かれた森や花畑による癒やしの効果で元気になって絵から戻ってきたりしていた。

 

 一刻も早く、匡正の魔石を進化させる必要がある。レヴィンの天敵である司祭ザクタートに対抗できる、唯一のすべだろう。狂気の森を浄化する方法も、失敗魔道具の中から現れることを祈りつつ、リデルは失敗魔法を繰り返し続けていた。

 

 

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