第25話 入れない絵画

「しまった! せっかくお前に触れられるんだから、抱いときゃよかった」

 

 絵からでて開口一番、レヴィンは言い放った。

 

「あぅぅっ。残念ながら、絵のなかではできませんよぉぉ」 

 

 夢の中では可能だが、リデルは夢の共有魔法は持っていない。

 

「オレの魔道具……何ができるんだ?」

 

 レヴィンは絵の中で手にいれた魔道具を手のひらに乗せ、マジマジと眺めている。

 本当に絵の中で品が手にはいると分かって驚いているようだ。

 

「煙水晶の操霊……とでも言うようですぅ。今は置物みたいな形ですがぁ、杖の形や、指輪に変えられますぅ」

 

 煙水晶の飾りつきの抽象的な形の置物だが、綺麗な杖や指輪に変わりそうだ。煙水晶には悪霊を払う力もあるし、恐怖心を和らげてくれるだろう。

 

「操霊?」

 

 淡い茶色の綺麗な宝石が嵌まる魔道具を眺め、少し嫌そうに呟く。

 

「霊が操れますから追い払えますし、レヴィンさまの意志に従わせられますですよぉ。それに、それを身につければ、幽霊恐怖が少し楽になるはずですぅぅ」

 

 リデルは必死で主張する。レヴィンは絶対、その魔道具を身につけたほうが良い。

 

「そうか。なら、指輪にするか」

 

 レヴィンが呟くと、綺麗な金の装飾指輪になった。中心に煙水晶が嵌まり周囲は小さなキラキラの宝石で囲まれている。レヴィンは左手の中指に嵌めた。

 

「あああ、とてもお似合いですぅ~!」

 

 身につけてくれてホッとしながらリデルは綺麗な指にれた。

 

「ちょっと確認してもいいですかぁ?」

 

 この部屋は魔法が強いので、ちょっとした魔法が使えそうだ。

 

「なんだ?」

 

 レヴィンは怪訝けげんそうに首を傾げる。

 

「これは、平気ですぅ?」

 

 夢魔の姿を、目の前の空間に再現して見せた。

 

「問題ないな」

 

 夢魔を特に怖がりはしていない。だが、司祭が仕掛けてきているのは夢魔を幽霊に見せかけたような代物なのだ。だが、夢魔自体は平気のようだ。

 

「じゃあ、これは?」

 

 こんどは普通の幽霊を、目の前の空間に再現して見せた。何種類か。

 

「っ、幽霊っぽいが、大丈夫みたいだぞ?」

 

 レヴィンは一瞬、ひるみそうになったが、マジマジと見ている。平気そうだ。指輪をつけたから、というのではないと思う。

 

「レヴィンさまぁ、通常これが、いわゆる幽霊ですよぉ」

 

 レヴィンは幽霊が怖いと言っていた。本人的には、どんな幽霊でも怖い対象だと思い込んでいたようだが、普通の幽霊を怖がっていたわけではなかったようだ。

 

「え? じゃあ、オレが怖がってる奴はなんなんだ?」

 

 レヴィンは琥珀の眼で瞠目どうもくし、納得できなそうに訊いてくる。

 

「司祭さん、特製のレヴィンさま用の脅しですねぇ。あの鏡で見た幽霊と、今けしかけられている幽霊は、同じものですよぉ。司祭さんは、少年の頃からあつかえていたんですねぇ」

 

 レヴィンの少年時代の映像を視ることができたので、リデルには状況把握が可能になっていた。

 

「ええええっ!」

「お小さい頃から、レヴィンさまを手に入れるために、手段を選ばなかったようですねぇ」

「それでやたらと、いつも側にいたのか……」

 

 レヴィンが元相棒というほどには司祭と付き合いが深かったようだが、不思議に無事で過ごせていたようだ。

 

「恐怖心は強烈に幼心に刻まれてますぅ。その恐怖心は事実を知ったくらいでは消えませんが、ただ、司祭さんの特殊幽霊だけですよぉ、怖いのは!」

 

 レヴィンは司祭から、どうやって逃れ続けたのだろう? 司祭は、ずっとレヴィンを我が物に、の姿勢で接していたのに違いない。だが、無防備のレヴィンは毒牙には掛からなかった。

 司祭から逃れる手段を磨くうち、レヴィンには策略的なものが身についたのかもしれないが、それだけでもなさそうだ。

 

「あいつが、近くにいなければ問題ないってことか!」

 

 呪いだけで十分問題大ありだとリデルは思うのだが、レヴィンにとっては、呪いのほうがまだマシそうだ。

 

「はい! ですから、追い出しましょうぅ!」

 

 リデルは気合いを込めて主張した。

 

 

 

 まだ絵画の部屋からは出ないまま。幽霊はレヴィンを脅すのに特化しているから他の者たちへの影響は少ないだろう。

 

「ところで、お前は何が手に入ったんだ?」

 

 レヴィンの言葉に、リデルはハッとする。

 

「そうでしたぁ。わたしにも、何か来たのでしたねぇぇぇ」

 

 リデルはレヴィンのことで頭がいっぱいで、自分の身に起きたことには気づいていなかった。

 だが、手に入れたものを目の前で見ても、リデルにはそれが何であるのか鑑定できない。

 

「ん? 花? 花が来たのか?」

 

 レヴィンは不思議そうに訊いた。綺麗な一輪の花。何の花なのか見たこともないが綺麗な花で、生花ではない。魔気で造られている魔法の花だ。

 

「わたしに一番必要なものだとしたらぁぁ、レヴィンさまの呪いを解く方法のはずなんですがぁ……これ、鑑定できませんんっ!」

 

 リデルはそれこそ泣きそうな顔と声でレヴィンに告げた。

 

「そうか。お前に今鑑定できないなら、単に今必要じゃないだけだぜ? 必要なときが来りゃあ分かるだろう。気にせず大事にしまっておけ」

 

 レヴィンの言葉に、すん、と泣きそうだったのを止めた。

 

「はい! レヴィンさま! 必ず、これ、役にたつのですぅ。絶対に!」

 

 リデルは、そう断言して魔法の杖たる箒のなかへと、大切に保管した。

 呪いを解くためにも、現状のレヴィンの危機をなんとかしなくては!

 

「ああ。愉しみにしてるぜ?」

 

 レヴィンの笑みに、リデルはホワっとして気持ちが落ち着いた。

 

「この部屋の絵の中に、入れない絵が一枚だけあるんですよぉ。たぶん、レヴィンさまの呪いを解く方法は、その絵の中だと思うんです」

「どの絵だ?」

「これ。不思議な透明な瓶が描かれた絵画ですぅ」

 

 金細工と宝石で飾られた装飾瓶のなかに、風景が拡がり大きな宝石がある。背景は濃い緑に塗られ、少し金属めいた装飾が入っている。

 他の絵との差が何なのか、全く分からない。

 

「『宝石瓶』……そのまんまの名前の絵だな。『入れば宝石やさまざまな秘密が手に入る』」

 

 レヴィンは、絵に添えられた名札から絵の名前と、説明書きを読んでいる。絵に入ってどのようにすれば良いのかは書かれていない。

 

「どうして入れないんでしょうねぇ?」

「他の絵に全部入らないとダメとか?」

「あ~、それは有り得ますぅぅぅ」

「じゃあ、司祭を追っ払ったら一緒に入ろうぜ」

 

 楽しそうにレヴィンは誘ってくれた。

 

「はい! レヴィンさま! 嬉しいですぅ~。じゃあ。さっさと片づける方法考えましょうぅ」

「先手必勝なんだが。何か魔法での手はあるか?」

「森から追い出す方法ですよねぇ? ………………」

 

 リデルは、自分のなかにある魔法を探りながら首を傾げた。

 

「レヴィンさまの策略を命令してくだされば、なにか魔法が見つかるかも……?」

 

 リデルの言葉にレヴィンはしそうに笑った。

 

「そうだな。じゃあ、司祭ザクタートを追い出す魔道具を造れ!」

「畏まりましたぁぁぁ!」

 

 反射的にリデルは応えたが、そんな魔道具を造れる勝算は全くなかった。 

 

 

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