第24話 絵画の部屋での探し物

 転移で飛び込んだのは絵画の部屋。ここは魔法が強く働くから、幽霊もどきは入って来られない。だからといって、閉じこもり続けるわけにもいかないだろう。

 とにかくレヴィンに的確に命じてもらえないと、リデルの魔法はうまく機能しない。

 

 リデルは、レヴィンを連れて絵画に飛び込んだ。森が描かれている。「森の中の鏡」という名の絵だ。不思議な木々や花々、そして妖精たちの饗宴。そんな森のなかに神秘の鏡が存在するという。

 

「ここは、絵の中なのか?」

 

 不意に幻想世界の景色になって驚き、レヴィンは逆に少し落ち着いたようだ。花が咲き乱れ、良い香りが漂う。妖精の綺麗なトンボのような羽が木漏れ日にキラキラ光っている。

 

「そうですぅぅ! 今、レヴィンさまが必要なもの、探せるはずですよぉ」

 

 多分、わたしに必要なものも、と、言葉を足す。

 

「へぇ、それは便利だ。幽霊恐怖を克服できるかな?」

 

 レヴィンは期待に満ちた表情だ。

 

「克服できないまでも、冷静な対処を思いついていただければぁ」

 

 幽霊恐怖の原因が分かる可能性もある。原因が分かれば克服できる可能性もあがる。

 

「ああ。そうだな。落ち着いて、お前に魔法を使ってもらえば良い」

 

 レヴィンは幽霊恐怖のあまり判断力が鈍っていることを、ちゃんと自覚していたようだ。

 リデルはそっと辺りを見回す。景色は、見ていた絵とはだいぶ違っている。中に入って空間はグッと拡がった。

 

「ところで、どうやって探すんだ? 何を探すかもわかねぇのに?」

「平気ですぅ。楽しく散歩すればいいんですよぉ」

 

 幽霊騒ぎの最中ながら、悠長なことをリデルは告げる。絵の中では刻の流れが違う。長いようで短い。のんびり過ごして戻っても、たいして刻は経っていないのだ。

 

「まあ、お前と散歩は嬉しいぞ」

 

 リデルは、レヴィンと手を繋いで歩き出した。

 

「わっ、あれ? 呪いは来ないのか?」

 

 リデルと繋いだ手を持ち上げてマジマジと見詰め、レヴィンは不思議そうな表情だ。

 

「夢と同じですぅ。たぶん、レヴィンさま、夢のなかでは呪いが効いてないはずですよぉ」

「ぅぅ、だからって、夢の中でお前を抱いてもなぁ……」

 

 レヴィンはボソボソ言ってる。森の木々は幻惑するような感覚だ。木漏れ日と相俟あいまって方向感覚を乱す。リデルは、レヴィンと繋ぐ手に少し力を込めて意識を保った。

 絵の中は、強烈な魔法の力が働いている。魔法の力に負けずに、辿り着かねば。目的地は分からないのだが、辿り着く必要があるのだ。

 

「レヴィンさまの呪いを解く手がかりも、多分、絵のなかですぅ。どの絵か分かりませんが」

 

 歩みを止めず、森の周囲に手がかりを探しながらリデルは囁くように告げた。

 レヴィンの呪いを解く手がかりを探して城を見回っているうちに、それはなんとなく確信している。

 

「そうなのか?」

 

 驚愕きょうがくしたようなレヴィンの顔。レヴィンは呪いを解けといいつつ、半ばは諦めていたのかもしれない。

 

「多分。ですぅ」

 

 だが、リデルの確信は深まるばかりだ。

 今は楽しく散歩するのみ。そうすれば絵が反応してくれる。レヴィンと手を繋いで歩いているのだから、楽しくないはずがないのだ。

 レヴィンも愉しんでくれているといい。

 リデルは祈るように心で呟いた。

 

 

 

 音楽? 歌? どこからか聴こえてくる。安らぎを感じる調べ。

 

「不思議な音が聞こえているぞ?」

 

 景色を興味深げに眺めながら、比較的楽しそうな表情をしていたレヴィンも気づいたようだ。

 

「目的地が近いのかもしれませんねぇ」

 

 キラリ、と光るのは妖精の羽ではない。もっと大きい。

 

「おっ、すごいぞ! 巨大な鏡だ!」

 

 音楽は、巨大な鏡から聞こえてきているようだ。幻想的な音。今まで聴いたことのない不思議な旋律。近づくにつれ、鏡は大きく巨大な岩が削られた場所に嵌められているとわかる。建物のように大きく、しかし映る景色は森とは違って視えている。

 

「不思議な鏡ですねぇ。きっと鏡の中に、レヴィンさまの必要なものがありますですよぉ」

 

 リデルは囁く。

 

「そんなこと、良く知ってるな」

 

 実のところ、各絵の名前を記した札に、簡単な説明書きがあるのを読んだだけだ。

 

「どうすれば手に入るかまでは分からないですがぁ」

「じゃあ、鏡に飛び込んでみるか」

 

 レヴィンはリデルの手を引いて巨大な鏡の前に立つ。しかし、鏡の中に手を突っ込もうとしても入れるわけではなさそうだった。

 

「ああっ、鏡のレヴィンさまが小さくおなりで……っ」

 

 手を繋いだレヴィンは元のままだが、鏡の中のレヴィンはどんどん小さく歳が戻って行く。

 リデルの姿は映っていない。

 レヴィンの過去が、映し出されているようだ。

 

「ザクタート?」

 

 レヴィンは小さく呟く。

 少年の姿のレヴィンは、少し年長のザクタートらしき濃茶の髪の少年と、気味の悪い屋敷に向かっているようだ。

 

 ああ、レヴィンさま、小さなお姿もなんて可愛らしい!

 リデルは映しだされる状況よりも、レヴィン少年の可愛さに夢中になってしまっている。

 その間にも、ザクタートに手を引っ張られながら、レヴィンは屋敷に連れ込まれた。

 

『幽霊なんていないと、君は言ってただろう?』

 

 ザクタート少年は、何か企む表情だ。

 

『いないよ? みたことないし!』

 

 無邪気にレヴィンは応える。ふたり仲は良さそうに見えるが、奇妙な雰囲気だ。

 

『それが、いるんですよ。この幽霊屋敷には』

 

 その屋敷には幽霊が出る伝説があったらしい。ある夜、レヴィンはザクタートに連れられ、幽霊屋敷へと入った。だが入ったのはレヴィンだけだった。ザクタートはレヴィンを屋敷に押し込むと扉を閉めていた。

 

『おい! ザク、何のつもりだ?』

 

 レヴィンは叫び、扉を開けようとするが鍵が掛けられている。即座にレヴィンは幽霊に囲まれた。

 

(この幽霊、幻覚ですよぉ)

 

 リデルは黙っていたが、隣のレヴィンは驚いた表情のまま鏡の中の光景を凝視している。

 

「こんなこと……ホントに在ったのか?」

 

 レヴィンのひとちる声。憶えていないらしい。

 

 幻覚なのに幽霊だと少年のレヴィンは信じこみ、たくさんの恐怖幻覚を視せられている。あまりの恐怖に襲われ、少年は逃げることもできず、悲鳴を上げ、その場にうずくまる。幻覚は容赦なく眼を閉じても止まらない。

 意識を失ったレヴィンは翌日、自分の部屋で目覚めたが何も憶えていなかった。ザクタートに連れられて屋敷に行ったことも憶えていなかったし。家人はレヴィンが出かけていたことを知らなかったようだ。

 リデルが読み取った情報と同等の情報は、レヴィンも鏡から受けたと思う。

 

「随分と、長期計画ですぅ」

「どういうことだ?」

 

 リデルの呟きにレヴィンは驚きの声で訊く。

 

「全部、少年の司祭さんが視せた幻覚ですよぉ。レヴィンさまを幽霊恐怖に陥れるために……」

「なぜ? ってか、こんな子供の頃から、オレは狙われてたのか?」

「そのようですぅ。ホントに良くご無事で……」

「で? オレの欲しいものって手に入るのか?」

「今の記憶と、レヴィンさまの手に握られている魔道具でしょうねぇぇ」

 

 レヴィンは慌てて手のなかの品を確認している。

 

「お前は?」

 

 リデルも何か手に入れたはずだと、信じているようだ。

 はぅぅ。レヴィンさまの子供姿が視られたこと……だなんて言えないですぅ……。手も繋げましたし……。

 そんな風に心のなかで呟いた瞬間に、リデルの手にも何か触れた。

 

「あ! 今、なんか来ました!」

 

 絵画のなかでは効能を確かめられないが、きっと何かの役に立つだろう。

 ふたりは、手を繋いだまま来た道を引き返し始めた。

 

 

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