第26話 狙われるレヴィンとリデル

 安全とはいえ、いつまでも部屋に閉じこもっているわけにはいかない。

 

「とにかく、幽霊もどきを城から追い出そうぜ」

 

 レヴィンは、恐々ではあるが、絵画の部屋から出ようとしている。

 リデルは、追いかけるようにして扉を出た。

 そこには、レヴィンを追尾してきていた幽霊擬きたちが、うようよしている。レヴィンは、やはり蒼白な顔になっているが、幽霊ではないと知ったことで辛うじて悲鳴は上げていない。

 

「全部、追い出しますぅ!」

「直ぐに、やれ! 全部、追い出すんだ!」

「畏まりましたぁぁ!」

 

 取り敢えずのレヴィンからの命令に安堵しつつ、箒を振り回す。

 幽霊擬きを弾き飛ばすための魔法がほとばしり、ふわふわと浮いている大量の幽霊擬きを包み込んだ。次の一瞬には、目の前からは一掃されている。

 

「奴等が入れないように城壁に護りを張りめぐらせ!」

「畏まりましたぁぁ!」

 

 良い感じで魔法が効くところを見ると、レヴィンの手にいれた指輪が作用している。少なくとも、怯えは軽くなっている。もう一度。箒を振り回して魔法を城の敷地全体に振りまいた。一気に、城壁が強力な結界として作用し始めている。

 

「はぅ。これで、あの幽霊擬きは入れませんですぅぅ」

 

 ふうう、と、深く息をつき、リデルは安堵の響きで報告した。

 

 

 

 しかし、安堵したのも束の間で。狂気の森の司祭ザクタートは、直接城へと転移で現れた。

 

「領主レヴィンよ、我が、ふしだらな礼拝堂へと正式に招く。共に来るが良い」

 

 城のなかへと入り込み、ザクタートは廊下で彷徨うろつくレヴィンとリデルへと向けて言い放つ。

 ふしだらな礼拝堂? また、ヘンな礼拝堂名ですねぇぇぇ……。

 リデルは、少し呆れたように心のなかで呟いた。

 

「リデル、こいつも追い出せ!」

 

 嫌そうな表情をザクタートへと向けた後で、リデルへと向き直りレヴィンは命じた。

 

「畏まりましたぁぁ!」

 

 箒を振り回しかけたところで、司祭ザクタートは奇妙な表情を浮かべてリデルを凝視する。

 思案気な表情に、レヴィンがギクリとした表情だ。

 

「リデル? そういえば、そう呼んでいましたね、森でも……」

 

 名前を聞いて司祭は何かに思い当たったような表情だ。

 

「リデルに構うな。すぐに出て行け!」

 

 レヴィンの言葉に、リデルは気を取り直して箒を振るおうとした。

 

「『蹉跌の知識』を横取りしたのは貴女でしたか」

 

 めつける緑の視線。ぎくりとしたが、リデルは応えなかった。内緒にするように匡正きょうせいの魔石に言われている。

 司祭は思案顔だ。

 レヴィンは、不審な表情になっている。

 

「計画を変えねばなりませんね」

 

 司祭ザクタートは、そう言い残すと転移で消えた。

 

 

 

「ふう。取り敢えず出て行ったか。奴も入れないようにできるか?」

「残念ながら、悪魔の術を使われると、何を仕掛けても突破されてしまいますぅぅ」

 

 ちっ、と、レヴィンは舌打ちした。その後でリデルに向き直る。

 

「……ザクが、横取り、とか、なんとか言ってたが、何のことだ?」

 

 レヴィンは、どちらかといえば心配してくれている気配だ。

 

(魔石さん、もうバレてますから、少し話てもいいかな?)

 

 リデルは心のなかで、匡正の魔石へと声を掛けた。がっくりと肩を落としながら呟くように。

 

(構いません。『蹉跌の知識』と言われてしまいましたから。なぜバレたかは謎ですが。レヴィンさまには、告げて領主権限で護れる体勢を作ったほうが良いでしょう)

 

 魔石はいたわるような口調だ。

 なんて親身な魔石なんでしょうぅ……っ

 本来は有り得ない。リデルは、少し勇気を得た感じがした。

 

「『蹉跌の知識』なんて要らないです。でも、渡すことができるような代物ではないんですぅ。呪いの一部ですからぁぁ。終身雇用の縛りと組みなんです。『蹉跌の知識』を狙っていたのならぁ、司祭さんに、ポンコツを引き受けてほしかったですよぉぉ!」

 

 いや、本当は、呪いのせいでポンコツになったのかは分からない。だが、あの呪いを受ける前は、もう少しまともに魔法が自在に使えていた。師匠の元では、魔法が失敗するなど有り得なかった。

 

「呪い……。終身雇用が必要だってのは、呪いだったのか。オレに終身雇用されて、呪いは消えたんじゃねぇのか?」

 

「呪いは消えてないですぅぅ。ただ、レヴィンさまに終身雇用されている限りは、ちゃんと魔法が使えますぅ!」

 

 という割りには失敗しているのだが。だが、匡正の魔石を使いこなすには失敗魔法が必要だ。どこがどんな風に作用しているやら、リデルには全く理解できない。ただ、『蹉跌の知識』が組みになった呪いだから、これが解放されなければ呪いは解けない。

 

「まあ、オレが死ぬまで、お前は死ねねぇし。お前の寿命が尽きても、オレが生きている限りは死ねねぇ。領主権限は強い……。だから、魔法はずっと安心だ」

 

 だが、レヴィンが領主権限を失えば……。

 それは、考えまい。秋には実りの約束されたテシエンの街。ソジュマの精霊も護ってくれる。

 司祭ザクタートを領地から、ソジュマ領から追い出すのは、リデルとレヴィンの仕事だ。一旦、領地から追い出せれば、精霊の力が働き司祭は悪魔の力を使おうとも二度とミルワールの都に入れなくなる。

 

 魔石も、リデルがレヴィンの呪いを解くことができると言っていた。それが果たされる前に、引き裂かれる心配などないはずだ。

 

「司祭さんは、どこで、わたしの名を知ったのでしょう?」

「さあなぁ。どんな魔法が使えるのか、全くあかさねぇからな奴は。だが、まぁ、ホントに。お前の代わりに奴が呪いに掛かってりゃあ面白かったろうぜ」

 

 レヴィンは術を失敗し続けるザクタートを想像したか、ちょっと嘲笑めいた表情を浮かべた。

 

「あううっ、司祭さんは、『蹉跌の知識』の使い方を知ってるようでしたから、ダメですよぉ~。ポンコツを引き受けた上で最強になっちゃいますぅぅ」

「それはダメだな。お前が引き受けて良かったんだろう。それに、そのお陰で、お前はオレのお抱え魔女で、婚約者だからな!」

 

 レヴィンは心から嬉しそうに言い放った。

 

「あああっ、でも、『蹉跌の知識』が渡せるものでないと知ったら……どんな手にでるか怖いですぅぅ」

「お前を殺せば手に入るのか?」

「レヴィンさまが生きている限り、わたしぃ、殺されても死にませんよぉぉ」

 

 死んだら『蹉跌の知識』は消えます、と、言葉を足した。

 

「ああ、じゃあ、お前が殺される心配はないな。オレが殺されとしても」

「レヴィンさまの命は、何があっても護りますぅぅ」

 

 作戦会議にもならないような言葉の応酬で、だが、これを続けていれば何か良いヒラメキが来るような気もする。それは、レヴィンも感じていたようだ。

 雇いいれた使用人たちは、領主とお抱え魔女が騒いでいても、温かい目で見守ってくれている。

 

「お前の魔石が進化して、強力な撃退武器が完成するのを祈るぜ」

 

 レヴィンがボソリと呟き、リデルは大きく頷いた。

 

 

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