第20話 狂気の森、堕落の司祭

 失敗魔法でできた品の改良は、どれも大成功。魔道具屋と、塩の販売店の準備は着々と進んでいる。レヴィンは城の敷地に甦った店舗物件からよさそうなものを選び、軽い改装をさせていた。ファヌが片づけ、必要があればリデルがレヴィンの命令に従って魔法を掛ける形で良い感じだ。

 

 雇い人の札付きも増え、領民も増え続けている。

 

 リデルはレヴィンと共に、甦った城の敷地内の街の家屋などを点検して歩いていた。大量の物件を確認し終えるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 

「森以外は順調だな」

 

 レヴィンは、森に関してずっと思案気にしていた。

 森には、呪いに侵された地域がある。領主不在のときに自然発生的な呪いが吹き荒れたようだ。

 その呪いを吸って成長した霊草たち。危険な薬や魔道具が造れる。

 邪悪な魔女や、闇の存在、通常では地上にでて来られない邪悪たちが群がることだろう。

 利権、それも、呪いの利権を求める邪悪たちだ。

 

「霊草は厄介ですぅ。隣街ですが、現実に被害がでていますしぃ」

 

 リデルはレヴィンへと困ったように呟く。森の調査は後回しになっていた。だが、霊薬が隣街で闇販売され娼館などで使用されているのは大問題だ。

 

 と、不意に、城門の辺りに不穏な気配が滞るのをリデルは感じとる。

 

(狂気の森に棲む司祭が来ましたよぅ……)

 

 声に出すのもはばかられるので、リデルはレヴィンの心に直接話掛けた。

 

「そいつは丁度良い」

 

 森のなかを訪ねるのは危険だと、レヴィンは思っていたようだ。確かに城ではレヴィンの領主権限も使いやすいし安全だろう。

 リデルはレヴィンと共に、城門へと向けて歩いた。城門近くの物件を確認していたから、すぐに城門だ。

 

 

 

「ああ、君がテシエン領主だったのですか。これはこれは美味しい話ですね」

 

 狂気の森の司祭は、レヴィンを見るなりわらった。

 

「ザクタート? お前が、森に棲み着いてる司祭だったのか?」

 

 レヴィンは思い切り嫌そうな表情で吐き捨てるように訊いた。知り合いらしい。司祭風の衣装だが、不相応に華美で神聖さはカケラも感じられなかった。短い濃茶の髪、緑の眼。背が高く、体格が良い。もの凄い威圧感だ。

 

「お知り合いだったのですかぁ?」

 

 リデルはふたりの間の緊迫感に耐え兼ねたように、まぬけな響きの声で訊いた。

 狂気の森に棲み着く者たち。目下の所、敵認定だ。その親玉が、レヴィンの昔の知り合いらしい。

 

「なるほど。それで娼館行きは逃れられたわけですか。娼館に堕ちるのを愉しみに待っていたのに残念に思っておりました」

 

 司祭にとってレヴィンが領主になったのは、予想外だったらしい。

 どうして、レヴィンが娼館に行くのを愉しみにしていたのぉ?

 リデルには分からないことだらけだ。

 

「一応、ここの元領主とは遠い親戚らしいからな」

 

 知らなかったが、と、レヴィンはボソボソ呟いている。レヴィンは元より、ちゃんとテシエン領主としての継承権を持っていたということだ。契約書を仲介している魔法師が、レヴィンを突き止めたのだろう。

 

「これは傑作ですね。では、また相棒に戻り、私を賓客として城に招きなさい」

 

 相棒? レヴィンの相棒さんだったの? リデルは、ちょっと、もう、口出しするのも悪いような気がして黙って話を聞くことにした。

 

「冗談じゃない。誰がお前など招くものか」

「ふふ。ですが、君は、テシエン領主なのでしょう? 呪いを引き継いで快楽に飢えているのではないですか?」

 

 レヴィンの……、というか、テシエン領主が引き継ぐ呪いについて、このザクタートという司祭は知っているようだ。

 

「呪いなど掛かっていても、オレに不自由はない。何しに来たんだ? いや、そんなことはどうでもいい。オレの領地から出て行け」

 

 語気荒くレヴィンは言うが、全く動じないザクタートの威圧感に押され気味な気配だ。

 こんな方と、相棒だったので?

 リデルは不思議な気分だ。

 

「勿論、テシエン領主が新しくなったというので来たのですよ? 呪いで苦労しているでしょうから」

 

 ザクタートは、奇妙な気配をさせている。舌なめずりするような。レヴィンに対する、ねっとりとした視線は……。

 

「お前のことだ。呪いを解いてくれるわけじゃねぇだろう?」

 

 すがめた視線でレヴィンは、企みを見抜こうとしているような響きで訊く。

 

「君を支配するのは、私だ」

 

 司祭の、いや堕落した闇堕ち司祭の放つけがれた力がじわじわと漂い始める。

 

「だめですぅ。レヴィンさまは、渡しませんよぉ」

 

 迫力のない声でリデルは言い募る。

 

「快楽でとりこにして我が意のままに!」

 

 声を立てて嗤いながら、ザクタートは言い放った。

 

 は? レヴィンさまを、快楽で意のままままままに?

 思考が乱れる。

 でも、レヴィンさまには、呪いで触れるわけにはいかないのですよ?

 と、リデルは、ちょっと安堵する。誰にせよ色仕掛けは効かないはず。

 

「笑止! 触れずとも快楽で翻弄する方法など、いくらでもある!」

 

 リデルの心を読んだらしく、ザクタートの言葉と視線はリデルへと向けられていた。

 断言する司祭らしきザクタートに、リデルは瞠目どうもくする。

 

 そうなの?

 

 目鱗だ。

 

 え? では、おつとめを果たせるのでは?

 伽のおつとめ……触れられないから、できないとばかり思いこんでいましたぁ……!

 

「お前、バカなことを考えるのはやめろ!」

 

 レヴィンが、冷や汗な表情でリデルへと言い放つ。

 あれ? なぜバレてる?

 心がダダ漏れになっているのか、レヴィンにも、ザクタートにも、すっかり心を読まれているようだ。

 

「はぇぇ? おつとめを……」

 

 契約書にあったらしき、つとめるべき仕事を、リデルは今のところ果たすことができずにいる。

 

「お前にできるわけないだろう? 堕落な手段だ」

 

 レヴィンは、何か心当たりがあるようで、嫌そうな表情を浮かべている。

 邪悪な魔物が取り憑いているがごとく。の司祭ザクタートが微嗤わらう。

 

「あ、あゎゎ、でもぉ、呪いのかかったレヴィンさま相手に、伽のおつとめ、できるのですよね?」

 

 そういう意味だと、リデルは理解していた。リデルは、ザクタートに確認するような響きで訊いている。

 

「ダメだ! リデル、そいつの言うことを、間に受けるんじゃない! お前に、その方法は無理だ! 耳を貸すな!」

 

 レヴィンは、ものすごく焦っている。それに、具体的な方法も分かっているようだ。

 

「それに、オレにはそんな趣味はないからな? そんな方法の伽なら、いかにリデルが相手でも、いや、リデルだからこそ、お断りだ!」

 

 オレがやるならまだしも……などと、ぼそぼそ。

 

「レヴィン君が、その方法でしてあげれば良いじゃないですか? 君だって、それなり満足できますよ?」

「ダメだ、ダメだ、ダメだ! ああ、もう、お前、とにかく出て行け! リデル、こいつを森の中へ放り出せ」

「畏まりましたぁぁ!」

 

 どさくさに紛れ、レヴィンの領主権限での命令がリデルの魔法に火を付けた。とても太刀打ちできない相手のような気がしていたが、箒を振り回すと、レヴィンの命を受けたリデルの魔法がザクタートを包み込む。レヴィンの希望どおり、ザクタートを狂気の森へと放り出すことができていた。

 

 

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