第21話 お洒落とレヴィンの苦悩

 おつとめができるのかも?

 リデルは、その思いで心が満ちている。

 

 レヴィンさまに触れなくても、伽のおつとめがこなせる?

 魔法で堕落の司祭ザクタートを狂気の森へと放り出した後も、頭のなかでグルグルと言葉が回って止まらない。

 

「お前、妙なことを考えるのは止めろ!」

 

 レヴィンは困惑を含む表情だ。

 

「なぜですかぁ? 終身雇用の条件なのですぅ」

 

 知らずに契約したけど、と、リデルはぼそぼそ言葉を足す。

 

「オレは、お前が抱きたいんだ! それ以外の方法は、全部却下! まず呪いを解け!」

 

 さらっと、何か重要な言葉を聞いた気がしたが、「全部却下!」と、「呪いを解け!」の命令が強く頭の中をこだまする。

 

「ゎゎゎゎ、ゎかりましたぁぁぁ!」

 

 リデルは反射的に応えたが、全然分かっていなかった。

 

「それより、衣装の復活してみてくれ。それと、城内の街から回収した衣装も確認しようぜ」

 

 話題を切り換えて告げると、レヴィンはワクワクした嬉しそうな表情になっている。

 

「畏まりましたぁぁ!」

 

 釈然とはしないものの、レヴィンのそんな表情を見てしまえば、妄想も吹っ飛ぶ。

 レヴィンは衣装類が好きだ。似合う衣装も良く分かっている。いや、何を身につけても抜群に似合う。

 

 一緒に、広大な衣装部屋へと入った。

 そこは、購入してきたボロ着や、復活したものの使用人に貸し出すことはしない衣装などでごった返している。

 だが、素晴らしい衣装は人形型に着せたり、服掛けで専用の衣装棚に吊していた。

 

「すげぇ、ボロ着が手に入ったな!」

 

 甦ったときとな差異が凄いので、レヴィンはすっかりボロ着の購入が癖になっている。リデルの魔法で形を取り戻し、思いがけない衣装になるのが極上に楽しいらしい。

 

「ああ! レヴィンさまに似合いそうな衣装がたくさん!」

 

 新しく敷地内にできた街の邸や店舗にたくさんあった衣装類は、確認もしないまま一旦この部屋に飛ばしたので、ずらっと並ぶ見事な衣装の列にリデルは感嘆の声だ。

 

「それを言うなら、お前にも似合いそうな服ばかりだな……! とりあえず、貸し出し用の衣装と、オレ等の衣装を分けねぇとな。その前に、ボロも復活と行こうか」

 

 わたしに似合う?

 言葉に不思議な感じがしたが、瞬きするに留めた。

 レヴィンは確認も復活も、どっちも愉しみらしく逡巡しゅんじゅんもしている様子だ。

 

「部分でも、元の全体が甦ることがありますからねぇ! 楽しみですぅ」

 

 レヴィンが着道楽なお陰か、リデルの魔法での衣装の復活は眼をみはるものがある。

 早速さっそく、命じられて復活の魔法をかけると、ボロの切れ端から素晴らしいドレスと呼ばれる衣装が甦った。

 

「あぅぅ、素晴らし過ぎるドレスですぅ!」

 

 目映まばゆく見えるほどに美しく優雅なドレス。宝石飾りや金糸銀糸の刺繍もふんだんで。リデルにとっては、遠目で見たことがあるかないかの超高級な品だ。

 

「それは、貸し出しにせず、お前の衣装棚に掛けておけ」

 

 レヴィンは、ぅぅっ、と小さく呻きながらリデルに命じる。

 

「はぅ? それは、また、どうして?」

 

 こんな凄い衣装は高額で売ることができるだろうに。

 

「そんな素晴らしい衣装、お前以外に着せたくないぞ。呪いが解けるまで、保存しておけ」

「ゎっ、ゎかりましたぁぁ」

 

 ドレスを手にし、魔法で衣装棚へと移そうとしていると、「待て」、と、レヴィンの小さな声が聞こえた。続く言葉は聞き取れていない。

 は? と、瞬きしつつ首を傾げ、レヴィンの顔を見る。

 

「……片づける前に、一度、着てみてくれ……」

 

 苦渋に満ちた顔でレヴィンは呟いた。

 

「はぁ、大丈夫なんでしょうかぁ?」

 

 リデルが魔女服以外を着ると、猛烈に元に戻せと言うのに。

 

「さぁ? わからんなぁ……。だが、無性に見たい!」

 

 余りにも切羽詰まったような表情で、しかも真剣に頼まれている。もちろん、こんな夢みたいなドレスを着てみたくない女の子はいないだろう。

 

「で、でゎ、試着しますよぉ?」

 

 着替えなら、魔法で一瞬だ。着替え途中の脱いだ状態などなく衣装が入れ替わる。金の巻き毛はドレスに合わせて自動的に半結いだ。

 レヴィンは息を飲み、瞠目したまま、しばらくボーッとリデルのドレス姿を見ていた。それから、ハッとした表情となり、慌てて視線を泳がせ、かなり挙動不審な身動みじろぎだ。

 

「だ、ダメだ! やっぱりダメだ! 絶対にダメ! 早く元へ戻せ!」

 

 呼吸を乱し苦しそうにしながらレヴィンに懇願された。

 

「はい! 申し訳ありません! レヴィンさま!」

 

 なんだか分からないが、ドレスに着替えたせいでレヴィンは苦悶している。慌てて元の魔女の衣装に戻した。

 

「いや、申し訳なく思うことはないんだ。リデルが滅茶苦茶かわいすぎて、オレが持たないだけ……」

 

 どさくさに紛れるようにレヴィンは早口で喋った。

 

「は? え、ぇと、それは、どういう?」

 

 ドギマギと何やら良くわからないままに、リデルはドキドキして鼓動が早まっている。

 かわいい? ドレス姿、レヴィンさまから見てかわいい!

 狂喜乱舞する思いだが、声はぎこちなく訊いていた。

 

「お前が、そんな、かわいい衣装を着たら、押し倒したくなるからに決まってるだろう? 呪いが来ても、やっちまいそうになるんだ……」

 

 はぁはぁと苦しそうに呼吸を乱しながらレヴィンは白状するように呟く。

 あ! あああっ! わたしが可愛い服を着るのが嫌いなわけじゃないのね!

 天にも昇る気持ちなのだが、呪いが掛かったままでも……というのは拙い。早く、呪いを解かねば!

 

「……ぁ、ぁ、それは嬉しすぎますが、た、たしかにダメですね……」

 

 ダメ、と同意しながらも、レヴィンが、リデルのオシャレを嫌っている訳ではないと分かって、超嬉しい。

 

「あ、あああ、お前を着飾らせて、手を繋いで歩きたい……」

「わたしもですぅ」

「あ、あ、でも、やっぱりダメだ! そんなに可愛いと、他の男が寄ってくるだろう?」

 

 がっくりと肩を落としながら、レヴィンはリデルの可愛い服装を禁じた。

 

 

 

 リデルにとって、ひとつ気掛かりは、敵認定である狂気の森の司祭がレヴィンの元相棒だということだ。とすれば、レヴィンの弱点も知っている。狂気の森から、城へと幽霊的なものを仕掛けてくる可能性は高い。

 リデルや警邏けいらしているシグの感覚に引っかかれば、レヴィンの眼に触れる前に対処は可能だ。

 

「シグ、幽霊的なものは絶対に見逃しちゃだめですよぉ」

 

 羽のある猫を腕に抱っこしながら、耳元でコッソリ告げる。

 それと、わたしが近くにいないときは、レヴィンさまを守って、と、言葉を足した。

 了解のしるしに、シグはリデルの胸に頭を擦り付けるようにして喉を鳴らす。

 

「幽霊を弾く魔法も、城壁に廻らせたほうが良いんだけどぉ……」

 

 レヴィンさまからの命令をもらうの、むずかしぃなぁ……。

 リデルは、シグへと小さく呟いた。

 

 

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