第18話 領主権限での振込用紙
娼館から身請けしたファヌは直ぐに元気になり、翌日からはセッセと城の仕事をこなしはじめた。
「そんなに動いて大丈夫ですかぁ?」
リデルは、さすがに心配になって訊く。大量の魔法で一気に霊薬を抜いた。どのくらいの期間、薬を使われ続けていたのか分からないが、身体に負担は掛かったと思う。
「お陰様で、私元気いっぱいです! たくさん、働かせてください! お城のお仕事なんて夢のようです」
長めの黒髪を背後で軽く三つ編みにし、紺色の瞳はきらきらしている。
「良かったですぅ。何かヘンな感じしたら、教えてくださぃぃ」
「ありがとうございます! このお城、魔道具がたくさんあって面白いですね!」
「はぅ! 魔道具、わかるんですかぁぁ?」
リデルは
「はい! 私、鑑定士なんですよ! 目利きなんです!」
ファヌは冗談めかして笑みながら言う。だが、鑑定士なことはウソではないだろう。
「なんだってぇぇ!」
端で小耳に挟んだらしきレヴィンが慌てて寄ってくる。鑑定士なら、仕事は充分あったろうに、なぜまた、ネルタックに関わって徴収の札を付けられ、更に娼館に売られるなどという事態になったやら。まあ、見た目にとても美人で可愛く魅力的だから高く売れると踏んだのだろう。
「鑑定、どんな腕前?」
レヴィンは息せき切って訊く。
「はい! 魔道具類の鑑定が得意ですが、宝飾品やら、高価商品の鑑定もできますよ!」
「これは、どんな魔道具?」
ファヌの言葉を聞いて、レヴィンは適当なリデルの造った魔道具を差しだす。
「造形も素晴らしく美しい宝飾品に仕上がっていますね! この琥珀のような石が飾られた豪華首飾りには、魔法の攻撃を防御する力と、動物と意思疎通できる魔法が備わっています」
手にすると、ファヌはするすると鑑定し始めた。
「値段、付けるとしたら?」
レヴィンは更に訊く。
「金塊二個くらいは必要ですよね」
ファヌは、さらりと、とんでもない金額を口にした。
「凄いな! ハインドの街の骨董屋より的確な鑑定だぞ!」
「はぃぃ! 動物と意思疎通は、さすがに街の骨董屋さんでは見抜けていませんでしたですぅぅ!」
レヴィンとリデルは、口々に感心した声をあげた。
「よし! 骨董屋か魔道具屋か開いたときには、ファヌ、お前、そこの鑑定士をやってくれ!」
レヴィンの言葉を聞き、リデルは賛成すぎてこくこく頷いた。
「あ、お店、開くんですか?」
ファヌを気づかうジョウジャイが聞きながら近づいてくる。
「そう。骨董屋か、魔道具屋を、ぜひな」
レヴィンは笑みを向けて応えた。
「あの、俺、元商人なんですよ! お手伝いさせていただけないですかね?」
うわぁ、なんて都合の良い……!
売り物はたくさんあるのだ。なんだか、いつの間にか。
「塩とか、販売するの可能?」
「塩! 売るほどあるんですか! 凄いです! 勿論、なんでも売りますよ! あ、ただ、集金はできない……ですね」
ファヌも、その、集金はできない、との言葉に、ハッと表情を曇らせた。
札付きの場合、それがあるから店を開こうにも商売にならない。金を手にしたら、自動的に決められた割合が徴収されてしまうから、客の金も店の金も横領……なんていう事態になりかねない。
「あ、その辺り、ちょっとレヴィンさまと打ち合わせて対処しますです! それに、まだ、店舗もないですし!」
勝算があるわけではないが、リデルには、ちょっとした思いつきがあった。その方法が使えれば、レヴィンが協力してくれれば、札付きにも商売が可能になる。ただし、独立での商売は無理だ。城との連携が必須。
「何か、思う所があるんだな? よし、打ち合わせしようぜ。お前たち、ふたりとも、店の準備が整うまでは、今の仕事を続けててくれ」
「店舗なんですがぁ、どうやら古い時代、この城の敷地内は街のような造りだったようなんですよぉ」
リデルは、魔女の眼で視た光景を、レヴィンに伝えた。とにかく、城内の環境を整えるのが先だったので、城の敷地全体にまでは魔女の眼を働かせることができなかったのだが、リデルは城壁の修復のときに知った。
「え? それは、城のなかに街を復活させられる……ってことか?」
「できますねぇ。少しずつ、建物の瓦礫や痕跡が残ってますからぁ、テシエンの家と同じですぅ」
「よし! それは、後で全部、甦らせようぜ! それと、札付きでも金銭授受の方法があるってことか?」
レヴィンがワクワクした表情で訊いてくるし、街の復活も否定されなかったのが何やらリデルはすごく嬉しい。
「まずファヌさんが鑑定して品に値札を付けます。レヴィンさまには、領主権限での振込用紙を作成してもらいます。塩も販売するなら、二種類」
「領主権限での振込用紙?」
「はい! レヴィンさまなら、簡単に造れます! 魔道具でしたら、その用紙に、値札を置きますと、金額が記入されます。その金額を用紙に置いて正しい金額ならば商売成立! レヴィンさまの金庫に転移で入金されるのですよぉ。品を渡して完了です!」
レヴィンさまが、値引きとかの許容範囲を設定しながら振込用紙を造れば、その範囲内での取り引きができます。と、言葉を足した。
「塩は、何が違うんだ?」
「お届け先が必要ですよね? 一袋単位ではないでしょうからぁ。住所を書いてもらいます。取り引き方法は同じです。あ、魔道具も大きいものは、住所に届けるほうがいいですね!」
じゃあ、一種類で良いのかも? と、思案していると、レヴィンが首を振る。
「いや、二種類あったほうがいい。塩と魔道具じゃあ、値引率がオレのなかで違いすぎる。分けるほうがいい」
リデルは、レヴィンの言葉に感心したようにこくこく頷いた。
「じゃあ、二種類、どちらもお届けが必要なときは、届け先の住所記入で、記入がなければ、自分でお持ち帰り、ということで」
「凄いが、本当に、オレに造れるのか? どうやって?」
レヴィンは首を傾げたままだ。言葉より、実際に造ったほうが早い。
「内容に納得して下さったなら、二種類の振込用紙を作成しますぅ。レヴィンさまは、頭のなかで、まず魔道具類の割引率を考えていてください!」
「分かった!」
レヴィンはリデルの魔法を信頼してくれているようで即答だ。
「では、いきます!」
リデルの魔法がレヴィンを包み、その後で、目の前の卓へと書類が積み上がった。
「こんどは、塩の割引率を考えてくださいぃ……!」
「分かった」
「続けていきます!」
また、魔法がレヴィンを包む。別の紙が、積み上がった。
「完成ですぅ!」
リデルは、ふぅ、と息をつきつつ、レヴィンへと告げた。
「これで、オレが造ったといえるのか?」
レヴィンにしてみれば、リデルの魔法が発動しただけと感じられたろう。だが、リデルはちょっと魔法を貸しただけ。
「もちろんです! レヴィンさまの思考が反映されてますし、領主権限での振込用紙ですからぁ、わたしには作成できませんよぉ」
「そうか。じゃあ、ベビットに頼んで、実験してもらうか。そういや、金庫って、どれのことだ?」
レヴィンの言葉に、リデルは、ひゃっ、と、ヘンな声を上げてしまう。うっかり忘れていた。振込用紙と連動する金庫が必要だ。
「あああ、造らなくては……! レヴィンさま、好みの金庫、考えてください!」
「よし、いいぞ!」
「いきます!」
レヴィンの身体を一際大きな魔法の光が包み、すぐに目前に金庫が出来上がった。
「基本、レヴィンさまにしか、開けられません。管理が面倒ならベビットさんに鍵を預けてください」
横領などはできないように、領主権限がついてますよぉ、と、言葉を足した。
「よく、魔法が失敗しないな?」
感心した、というよりは、だいぶ
「はい! レヴィンさまの領主権限による魔法ですから、わたしの魔法じゃないんですよぉ」
レヴィンは良く分からなそうに頷いたが、結果には満足してくれているようだった。
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