第10話 雷まみれの求婚
レヴィンを起こすとき、リデルは少し離れたところから声を掛けるようにしている。
最初に起こした日、寝ぼけてリデルに抱きついたレヴィンは強烈な雷魔法を浴びてしまった。
「レヴィンさま、朝ですよ!」
それでも、リデルも寝ぼけ気味なので、眠るときに楽な衣装に替えてそのままの姿だと気づかず声をかけている。
声に目覚め、ボーッとリデルの姿を眺め嬉しそうな表情をした後で、レヴィンはハッとしたように表情を変えた。
「直ぐに衣装をもとに戻せ! なんて格好してるんだ!」
怒鳴るまではいかないが、凄い勢いだ。
「あ、あれ? そんな酷い恰好でした?」
「いいから」
「はい、では、これで」
魔女装束に戻す。髪もまとめ帽子もかぶる。
「眼鏡も!」
びくぅ、と身体を跳ねさせ、少し、しゅんとしながらもリデルは慌てて厚底の丸眼鏡も戻した。
レヴィンはよほど、この姿が気に入っているのだろうか?
「必死で、我慢してるのに!」
レヴィンは思わず、といった響きで、呟きにしては大きめな声を放った。
「はぅ? 我慢?」
リデルはキョトンとし、瞬きし、小首を傾げてレヴィンを見た。
レヴィンは大きく溜息をつくと寝台から立ち上がり、ツカツカと歩み寄ってくる。凄い難しそうな表情。リデルの極近くまで歩みよってきた。
余程お怒りで? どうしよう?
理由もわからないので、謝罪のしようもなくリデルはただオロオロしていた。
「ああ、もう、ダメだ。我慢できない!」
レヴィンは言い放つと、いきなりリデルの両手を取る。雷魔法で、レヴィンの身体がびりびりと震えて跳ねるような動きになっている。が、衝撃に耐えているようだ。
「あわわわゎっ! レヴィンさま、ダメです! 危ないです! 手を離して!」
「いやだ!」
リデルは必死で振りほどこうとするが、もの凄い形相で苦悶しながらもレヴィンは手を離さない。
ひゃぁぁ、このままじゃ、レヴィンさまが!
「離してくださいぃぃ! レヴィンさま、きけんですぅぅ」
リデルは必死で魔法をひらめかせ、レヴィンの受けている雷魔法を自分のほうへと半分くらい受け持つ。
きゃぁぁぁぁ! これ……強烈っ!
リデルも、びりびりと雷に包まれる。だが、一度、もっと強烈なのを受けているので、なんとか耐えられた。
レヴィンさまが手を離すまで、少しでも多く引き受けよう……。
「頼む、リデル! オレと結婚してくれ!」
唐突な言葉に、一瞬、意味が分からなかったが、必死の形相なままのレヴィンは真剣なようだ。
雷撃が視覚化され、ふたりが稲妻に包まれているのが分かる。綺麗といえば綺麗だが、過激な気配と感覚だ。耐えていられるのが不思議なくらい。しかし、それ以上に、レヴィンの求婚が衝撃だった!
もちろん、レヴィンが大好きなリデルに異存などない。願ってもない歓喜すべき申し出だ。
嬉しい……! でも、レヴィンさま、わたしでいいのぉ?
理由が謎で、それだけ少し不安だが、雷撃が全てを掻き乱した。
「わゎゎゎっ! けっ、結婚してくださるんですかぁ? あああっ、終身雇用だけでも嬉しいのに!」
受け持った分の雷に身体を震わせながらも、リデルは手を握り返し告げている。雷のせいで判断力など吹っ飛んでいるし、本来なら
それでも、レヴィンの心の奥底からの声、リデルを愛している、と、声にはしないが心の囁きめくものの存在が感じとれた気がする……。そんな素振りは、通常全く感じられなかったから、リデルにとっては唐突な求婚だった。
「じゃあ、婚約成立だな!」
震えて冷や汗をかきながら、レヴィンは不敵な笑みで告げる。そして慌てたように手を離すと、ニコッと笑った。
レヴィンのことは、滅茶苦茶大好きだ。だが、雇われの身だから、恋とか愛とか、考えないようにしていた。ひたすらレヴィンの役に立ちたい。有能な魔女として仕えたい。と。
しかし、求婚され、強烈な至福が感じられていた。自覚する以上に、レヴィンのことが大好きだったらしい。
「ひゃあぁぁぁ! 嬉しすぎて、意識飛びそう!」
実際気絶してしまっていた。たぶん、さっきまでの雷の衝撃のせいだとは思う。
はっ、と、目覚めると、床に寝ていて毛布が掛けられていた。
「ごめんな、運んでやれなくて」
近くの床に座り込んでいるレヴィンは、申し訳なさそうに囁く。
「いやいやいや、毛布だけで充分ですう!」
「婚約、嬉しいよ。呪いが解けたら結婚式をあげようか」
「ゎゎ、レヴィンさま、ぁ、ぁぁ、幸せすぎですぅ」
「まぁ、頑張れ」
呪いが解けたらな、と、念押しされた。
期待は薄いと思われている。だが、婚約はできたからか、レヴィンは上機嫌だ。
訊きたいことは色々あったが、レヴィンが嬉しそうなのでリデルは笑みを返すに留めた。
昨日ただ働きで雇った執事のベビット・シャクターは、朝から張り切って仕事をしていたようだ。
軽い打ち合わせは済ませたので、何をすれば良いかは良く分かっているのだろう。
ベビットは、執事の仕事をこなすのに便利な専用魔法を習得済みだった。リデルには想像もできないような、領民や領地の管理、事務系の処理も完璧だ。
「レヴィン様、ご指示どおり求人は近隣の街に配備いたしました。職業斡旋所にも登録済みです。既に移住申込が殺到していますよ」
特に職業斡旋所からの知らせが多いらしい。午後には、移住希望者が実際に城を訪ねてくるようだ。
「まあ、こんな好条件な求人はそうそうないだろうぜ。適当に配置してやってくれ」
レヴィンはベビットの仕事状況に満足そうだ。
「あ、それなら、土地の改良も急いだほうがいいですね!」
移住者がすぐに農地を活用できるように、荒廃した土地を栄養タップリで即作業可能な状態にしておく必要があるだろう。
「土地の改良は、手間が掛かるのか?」
レヴィンは思案気に訊く。
「いいえ! レヴィンさまが命じてくだされば、領地全体の農地を一瞬ですよぉ」
家屋の復元よりも格段に楽だし、レヴィンが命じてくれれば魔法を発動させて即終わる。
「それは、素晴らしいですね! ぜひとも、移住希望者が来る前に願えれば!」
ベビットが鼻眼鏡の奥で金の眼をきらきらさせ、努めて冷静さを保ちながら声を掛けてきた。声には微かに歓喜めいた響きが含まれている。移住希望者への対応として望ましいのだろう。
「よし。分かった。今すぐ、全部の農地を、完璧に良い状態に整えろ!」
「畏まりましたぁ!」
レヴィンの命じる声に、リデルは歓喜の声で応え、即座に魔法を発動させた。煌めく魔法の波動が四方八方へと飛び、領地中の土が栄養タップリで良く作物が育つ状態に耕されて行く。
婚約のお陰か、リデルの魔法は更に順調だ。
「おおっ、なんと素晴らしい!」
ベビットは、執事の能力で領地の状態を確認することが可能なようだった。
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