第9話 札付きの執事

 料理人のセラルドは、厨房の設備に大喜びだった。調理の腕は確かで、少ない食材ながら満足度の高い食事を次々に用意してくれている。時の止められる保存庫があるので、造り置きをしてくれていた。

 

 セラルドに部屋を与える際、厨房近くに使用人のための部屋が大量にあることにリデルとレヴィンは気づいた。ずっと気づかずにいたのだが。

 狭めの部屋だが設備は意外によく、ちゃんと一部屋ずつに寝台もある。

 

「あわわ、ゎ、わたし雇われですし、こっちに移ったほうが良いですよねぇ?」

 

 リデルは慌ててレヴィンに訊いた。レヴィンと一緒の部屋は超豪華で寝心地の良い寝台ではあるが、余りに不相応だ。

 

「え? ダメだぞ! それは、絶対にダメだ!」

 

 何故だか、レヴィンは妙に焦って力説する。

 

「はぁ。でも、そのほうが、レヴィンさま、良く眠れるのでは?」

 

 リデルは首を傾げながら訊く。私生活の過干渉状態な気がしていた。

 

「何を言っている? お前は、オレのお抱え魔女だろう? オレの命令が即座にきけないような場所に、寝泊まりする気か?」

「あ、あぁ、それは、まずいですねぇ」

 

 離れていると、リデルの方から連絡を取ることは可能でも、レヴィンからの呼び出しに何か工夫をしないといけない。方法はあるとは思うが。

 

「いいから。お前は今までどおり、オレと同じ部屋に住め」

 

 レヴィンの命じる口調はリデルには心地好い。何しろ、魔法の成功率があがる。

 

「畏まりました!」

 

 それに、レヴィンがそのほうが便利だというなら離れている理由がない。

 リデルは何故か、だいぶホッとしていた。

 

 

 

 城の留守番は使い魔の猫であるシグに頼み、セラルドは料理に夢中なのでそのままにした。

 昨日、中途になった骨董市での値打ち物探しに、リデルはレヴィンと共に改めて来ている。

 手軽に持ち運べそうな宝飾品は、またも造れなかった。

 

 大きな骨董市のあるハインドの街は、レヴィンの領地であるテシエンの隣街。リデルとレヴィンが出逢った街だ。貴族の領地が幾つか合わさってできている都に近いような大きな街だ。とても繁栄している。

 この街の繁栄が素晴らしいので、テシエンの街など寂れて朽ちても噂にもなっていなかった。

 

(レヴィンさま、この店、丸い石ころのような灰色の塊、魔石です!)

 

 持ってみないことには何の魔石なのかまでは分からない。だが、確実だ。かなり強力な光を放って見えた。

 

「この石ころをくれ。銅貨二枚だす」

 

 レヴィンは滅茶苦茶な値切りようだが、敷物の上に大量の品を並べた店主は大喜びだ。

 

「こんな石に、銅貨二枚も? では、オマケをつけましょう!」

 

 店主に触れないようにレヴィンは、敷物の上に銅貨二枚を置く。

 魔石と気づかず、灰色の塊と、他のガラクタめいた品を一緒に紙に包んだ品は、リデルが慌てて受け取った。

 

「ありがとな!」

 

 レヴィンは店主に満面の笑みで礼を告げると、リデルと一緒に歩きだす。

 

「売るのと、お前が使うのと、どっちが金になると思う?」

「まだ、直接触れていないので詳細は不明ですが、物造りができそうな気配ですね!」

「じゃあ、売らずに、それを試してみよう。上手く行かなかったら売ろうぜ」

「はい! 魔石ですから、持ち込む店によっては高額商品ですよぉぉ」

 

 城に帰ってからのお楽しみではあるが、魔石なんて久しぶりだ。リデルはわくわくと弾む心だ。

 と、また、道端に倒れている者に、ふたりは行き当たった。

 

「行き倒れか? 何やら多いな……」

 

 レヴィンがボソリ。

 

「あっ! この方も、札付きです!」

 

 行き倒れは、よく見れば見慣れたような札付きだ。

 わたしも、ああなる所だったぁ~、と、再びゾッとしながら、レヴィンの反応を待つ。

 少し年配、というか、獣人混じりなのか羊のような耳だ。随分と年上に見えるのは、見事な顎髭のせいかもしれない。身形みなりはそれほど悪くはなかった。

 

「よし! 連れ帰ろうぜ」

「畏まりましたぁ!」

 

 レヴィンは、この札付きも助けてくれるらしい。嬉しい気持ちでリデルは、レヴィンと行き倒れを連れて城へと転移で戻った。

 

 

 

「あ……助けてくださいましたので?」

 

 リデルが魔法を掛けまくり、意識が戻ると、行き倒れていた彼は、慌てて上体を起こし訊いてきた。

 

「どうして札付きになった?」

 

 問いには答えず、レヴィンは訊き返す。セラルドのときと同じだ。

 

「はい。ネルタック様のお屋敷に勤めることになったのですが、不本意ながら高額な壺を割ってしまいまして……」

 

 面目ない、といった表情の落ち込み顔で、がっくりと肩を落としている。

 

 ええええええ!

 またもや、わたしと一緒?

 リデルは吃驚びっくりしたが、二度目なので、少し心に余裕がある。

 

「やっぱりそうなんだな」

 

 レヴィンは最早もはや確信していたようだ。顎髭の彼は、セラルドと同じように不思議そうな表情でレヴィンを見上げた。

 

「お前、何ができる?」

 

 やはり何の説明もしないままに、レヴィンは訊く。

 

わたくし、執事でございます! 見たところ、お城のようでございますが……」

 

 わあああ! またもや、なんて好都合?

 ネルタック男爵も詐欺などせずに、普通に雇えば有益だったのでは? と、リデルは声には出さず喜んでいる。レヴィンの城に、やはり必要な人材だ。

 求人やら、移住者の手配やら住人の記帳、秋の税収など、レヴィンやリデルではそこまで手が回らない。

 

「オレは、テシエン領主のレヴィン。こっちはお抱え魔女のリデル。お前、タダ働きする気はないか?」

 

 レヴィンは、セラルドのときと同じように名乗り、言葉を紡いだ。

 

「は?」

 

 ぱちくりと瞬きし、執事だという城で働きたそうな彼は、驚きの表情だ。レヴィンの言葉の意図を、それでも思案している様子だった。レヴィンは笑う。

 

「その代わり、欲しいものは現物支給してやる。そんな詐欺紛いの借金は、合法的に踏み倒そうぜ?」

 

 まあ、その言葉が一番効くだろう。レヴィンは頼もしそうな領主らしき気配を充分に漂わせている。

 ポン、と、手を打つような仕草をし、執事は明るい表情になった。

 

「私はベビット・シャクターと申します。執事としての腕前を、ぜひ、実感していただきたく」

 

 ベビットは立ち上がり、丁寧な仕草で執事らしい礼をする。小さめな鼻眼鏡を身につけると、なんとなく執事らしさが増した。薄茶の長めの髪は、首の後ろで束ね、顎髭も薄茶。背は高く、山羊っぽい耳と、金の眼。

 

「ああ、頼むよ。やって貰いたいことが山ほどある」

 

 レヴィンは、ベビットに何から何まで丸投げできそうなことを感じとったのか、とても上機嫌な様子だった。

 

 

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