第8話 骨董市と料理人

 終身雇用になったので実力発揮できる。と思ったのだが、意外にそう簡単にはいかなかった。

 リデルが習得した魔法は、終身雇用されたことで確かに解禁になっている。だが、どういうわけか失敗は多い。ただ雇い主であるレヴィンに命じられた魔法は、しくじっていない。と思う。

 

 少しくらいは有能な部分も、あるのかも?

 しかし、魔法でどんどん品を造るが、ほとんどは失敗だ。ただ、極々たまに、高額で売れそうな物も気づけば造っていた。

 

「おっ、これは高く売れそうじゃないか!」

 

 美しい金細工風の装飾で、宝石めいたものが飾られた豪華な壺。見た目に華美で、しかし用途は普通の壺で、魔法的な効能はなさそうだ。要するに、ただの置物だ。

 

「あわわ、首飾りを造ろうとしたんですがぁ……」 

 

 魔法で更に宝飾品、今度は髪飾りを造ろうとしたら、ボンっと、変な音がした。

 骨董市に持って行くなら、小さめで価値のあるもののほうが良い気がするので宝飾品狙いで造っていた。

 

「今度はなんだ? リデル? 変な音がしたぞ?」

「壺ができました! 綺麗な壺! 中身を新鮮に保ちます!」

 

 美しい上で少し魔法効果のついた壺だ。

 宝飾品を造りたいのだけど、とは、黙っていた。

 

「本当は何するつもりだった?」

 

 レヴィンは楽しそうに訊いてくる。

 バレてる……。

 

「骨董市に持っていくなら小さい宝飾品が良いと思って……」

「もう、目的なんかかまわず、暇なときは魔法を使い続けろ」

 

 何かできるだろう、と、レヴィンは呟いた。

 

 

 

 結局、綺麗な装飾の壺ばかりができた。ちょっとした壺屋が開けそうだ。変わった材質の壺もあり、大きさもさまざま。色々な用途、中には魔法効果の強いものもある。

 

「今日の骨董市では、掘り出し物を探そうぜ」

 

 レヴィンは笑みを浮かべて告げた。持って行けるものは無し、という判断だろう。

 

「畏まりました! では、転移しましょう! あ、魔女服だと不審なのでちょっと衣装変えても良いですか?」

 

 リデルの言葉に、レヴィンは一瞬、息を飲んだ。

 

「できるだけ目立たない服装にしろよ?」

 

 恐る恐る、といった気配で告げられた。

 

「畏まりました! レヴィンさまは、どうします?」

 

 ポン、と、控え目な長衣的な衣装に整えつつ訊く。金の巻き毛髪は後ろで軽く三つ編みにしておいた。一応、眼鏡は掛けたまま。レヴィンは、じっとリデルを見て何故か耳朶を染めていたが、リデルの言葉に吃驚びっくりした表情だ。

 

「オレの服まで替えられるのか?」

 

 驚きの顔のままだが、ちょっと期待している表情に見えた。

 

「はい! 命じてくだされば、お安い御用です!」

 

 命じられたと解釈し、ポン、と整える。領主としては地味だが、高級そうなレヴィンに似合いそうな貴族風の衣装にしてみた。姿見の鏡も出し、姿を確認してもらう。

 

「……あ、魔法が失敗しなくて良かったな」

 

 どうやら、レヴィンは気にいってくれたようで、リデルはうきうき気分だ。

 

「では、骨董市に出かけましょう!」

 

 

 

 骨董市では、店主が価値に気づかず激安で売られている超高額商品をいくつか見つけた。その度に、レヴィンへと心で声を掛け購入して貰った。レヴィンは更に値切ってオマケまで付けさせて購入している。

 なかなかの手腕だ。

 

 順調に買い物を続けていると、リデルは道端で行き倒れている旅人らしきを見つけた。青年だと思う。

 

「人が倒れてます……。餓死寸前ですよ」

 

 レヴィンに拾ってもらえなければ、わたし、こうなっていた……。

 リデルは、人ごととは思えず、レヴィンへと視線で訴えかける。レヴィンは思案顔だ。リデルはレヴィンと倒れた者と交互に見ているうちに、見慣れた状態を眼にした。

 

「ああっ、この方、札付きです!」

 

 ひゃああ、調停屋の札が付いてる! やっぱり、高額徴収されているに違いない。

 

「なんだって?」

 

 レヴィンは、瞬時、何か考えているような表情をしたが、すぐにリデルに向き直る。

 

「すぐに、こいつと一緒に城に帰るぞ」

 

 レヴィンは急いでいる。確かに、少しでも早く手当をしたほうがいい。

 

「は、はい! 畏まりました!」

 

 リデルは、即座に三人で城へと転移した。

 レヴィンが、この行き倒れを助けてくれるつもりのようでホッとする。レヴィンに終身雇用してもらえなかったら、これは我が身に起こっていた。

 

「回復の魔法掛けます」

 

 城の広間の床の上に、連れてきた青年は仰向けに寝させた状態だ。魔気も枯渇、空腹で体力的にもまずい状態だった。

 

「通常に戻せるか?」

 

 レヴィンの言葉にリデルは頷いた。なんとか間に合いそうな気配だ。

 

「はい! ただ、体力はそこそこ戻せますが、後で食事を自力で食べて貰う必要があります!」

「分かった。とにかく出来るだけ回復させろ!」

「畏まりました!」

 

 レヴィンが命じてくれれば確実に助けられる。リデルは、何度か魔法をかけた。魔気を回復させ、体力をそこそこ戻す。だいたい戻したところで、気付けの魔法。

 

「……あ、俺、助かったんすね!」

 

 軽い調子で甦った青年は喋った。

 

「どうして札付きになった?」

 

 上手く起き上がれないようだが会話は問題なさそうらしきに、レヴィンは先ずそこを訊いている。

 

「あー、ネルタック様の屋敷で壺を割っちゃったんですよねぇ! 高価な壺!」

 

 青年は頭を掻くような仕草をしつつ、面目なさそうな気配だ。

 

「ええええええ!」

 

 わたしと一緒?

 リデルは吃驚びっくりしすぎ、それ以上、言葉がでない。

 

「やっぱりそうなんだな」

 

 レヴィンは、半ば分かっていたようだ。青年は、不思議そうな表情でレヴィンを見上げている。

 

「お前、何ができる?」

 

 自己紹介も状況説明もないままに、レヴィンは訊いている。

 

「あ、俺、調理人っすよ。料理ならお任せ、ってなもんです!」

 

 わあああ! なんて好都合?

 リデルは、声には出さないがほくほくとした気分だ。レヴィンの城に、いま、最も必要な人材ではないか?

 

「オレは、テシエン領主のレヴィン。こっちはお抱え魔女のリデル。お前、タダ働きする気はないか?」

 

 レヴィンは、ふたり分を名乗りながら、出し抜けに言った。

 

「は?」

 

 青年は、吃驚仰天の表情だ。何を馬鹿なことを、という冷ややかな視線を物ともせず、レヴィンは笑う。

 

「その代わり、欲しいものは現物支給してやる。そんな詐欺紛いの借金は、合法的に踏み倒そうぜ?」

 

 レヴィンは、何やら頼もしそうな気配を漂わせながら笑みを浮かべる。

 ぐるぐると何か思案していた行き倒れていた調理人だという青年は、やがて状況と提案内容の素晴らしさに気づいたようだ。

 

「俺は、セラルドっす。料理はお任せ! ってなもんで。なんでも喰いたいもの、言ってくれ!」

「食材ならそこそこあるが、まだちょっと少なめでな」

「節約料理っすね! 了解っす!」

 

 上体を起こしながら、セラルドは何気に楽しそうに応えた。

 

 

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