第11話 魔法の森と侵入者
使い魔の黒猫シグは、リデルの寝台の足元側と、レヴィンの寝台の足元側とを交互に行き来していた。だが夜中にレヴィンに捕まったのか、抱き込まれたようだ。
レヴィンの腕に絡みつかれ、グエっと伸びたように寝ていた。
シグがお役に立てているようでなによりだ。
「札付きをを探せ!」
執事のベビットを交えた打ち合わせで、レヴィンは
「畏まりました!」
リデルは異議などありはしない。自分と同じ境遇のものを、レヴィンが助けてくれるらしきに嬉しくなっていた。
「は? 雇うのでしょうか? そんな資金はございませんが……」
少し焦った様子でベビットは訊く。まあ確かに給金を払うような状況ではない。だが、調理人はいるし、相当数を雇い入れても当面、日々の食事はなんとかなるはずだ。
衣服関係も、レヴィンと一緒に出かけた骨董市で二束三文のボロ着を購入し、リデルの復元で素晴らしく新品同様にできたものが一部屋にあふれている。
衣食住は、なんとかなるのだ。転売で、日々、現金収入も得ている。
「詐欺まがいのネルタック男爵と調停屋、札付きから徴収できなくなったら痛手だろう?」
にまりとレヴィンは不敵に笑ってベビットを見る。
「あ!
城の現状を詳細に確認している有能な執事は、すぐにレヴィンの考えを理解したようだ。何しろ城や領地を稼働させるのに人材は必要だ。
「そうそう。普通に雇って給金払う余裕は確かにないからな。ただ働きしてくれる札付きを捜すに限る」
少なくとも秋までは、そんな感じで切り抜けたい。執事のベビットも、レヴィンの城での使用人は調停屋の札付きを雇う形にすることに大賛成になっていた。
ネルタックたちが札付きたちからの徴収金をアテにしているなら、一矢報いることにもなる。
「移住者はどんどん増えています」
執事ベビットは、あちこちの街へと告知を出し続け、移住者の手配も着々と進めていた。
領地の地図も作成している。
告知にも、地図作成にも執事の専用魔法を駆使していて頼もしい。
「あのぅ、ここに家屋の表記、必要でしょうか?」
リデルは少し控えめに提案してみた。出来の良い地図で道や各農地の区分はわかるが、リデルが甦られせた家屋の表記はない。
「可能であるなら是非!」
執事のベビットの言葉に、リデルは恐る恐るレヴィンを見る。
「ああ。丁寧に書き込んでやれ」
レヴィンは笑みを浮かべて乗り気で命じてくれたので、魔法の成功は確定だ!
「畏まりましたぁぁ!」
リデルは喜び勇んで、魔法をひらめかせる。甦らせた家屋や元店舗だった建物など、全てをベビットの造った領地地図に表記を付け加えた。
「この地図、便利そうだな」
レヴィンは興味津々な表情だ。
「あのぅ? ここの森もレヴィンさまの領地なので?」
リデルは驚ろきながらも控えめに訊いた。リデルはテシエン領地として街部分しか認識できていなかったからだ。
地図によればテシエンの街外れに、巨大な森がある。その半分はレヴィンの領地らしい。残り半分は、ソジュマ小国領の外。誰の所有でもない森ということになる。レヴィンの領地であるテシエンの街は小国の端、最も護りの薄い土地だ。
「そのようです」
地図を造った執事のベビットが応えた。リデルは魔女の眼を発動させながら、領地だという森のほうへと視線を向けて行く。
「なんだか、ヘンな気配がありますよぉ?」
森へと集中して行ったとき、嫌な感覚にぶち当たってリデルは呟いた。
「幽霊じゃないだろうな?」
レヴィンは眉根を寄せ、嫌そうな表情で訊く。
「幽霊も、いるかもしれません……、ですが、もっと厄介な気配ですよぉ?」
レヴィンは、幽霊以上に厄介な存在などあるのか? という表情だ。
「森の側以外は、全てソジュマ小国の街や都に接していますから、テシエンの街が攻められる可能性があるとしたら、森側からですね」
執事のベビットは、少し難儀そうな表情だ。
「森のなかに国境がありますぅ。異変っぽいのは、テシエン領内ですよぉ」
「異変? 領地内容なら壁に映せるよな?」
領地の状況は、初日に魔法で壁に映して視せた。
「ああ、そうでしたぁ! こんな感じですぅ」
レヴィンの命令的な言葉のお陰で、半ば自動で壁に森のなかの異変が映しだされた。
森のなかには、廃墟のような場所がある。元は城のような建物だったようだが完全に崩れ、植物に侵蝕されていた。それ自体は問題ないのだが、その更に奥、隠されたような畑で奇妙な植物が栽培されている。
畑の奥には、小さな神殿めいた建物が木々に隠されるように存在していた。
「森のなかに住人がいたのですね?」
テシエン領内なら徴税の対象だと、執事のベビットは小さな鼻眼鏡の奥で金の眼を光らせる。
「はぁ。住人と呼べるかは、少々謎ですよぉ。育ててるのは霊草で、護りを固めている騎士団らしきは人間ではなさそうですぅ」
リデルは、分かる限りのことを伝えた。まあ、皆も壁の映像で見えてはいるはずだ。
「幽霊には見えないな……。霊草って何だ?」
レヴィンは少しホッとした後で、訊いてきた。
「霊草には色々と種類がありますが、これは……狂気の
悪い魔女たちが、大鍋でぐつぐつと造りだす悪巧みの塊のような薬ができる。自然発生的な呪いの起こった地に、好んで生える霊草なのだが、森には呪い発生の痕跡はないから人為的なものだろう。
「そんな物、何に使うんだ?」
レヴィンは首を傾げる。
「街の乗っ取りでしょうかね?」
リデルは他の用途が思いつかず呟いた。
皆を狂気に陥れれば……。いや、領主を狙っている?
とはいえ領主であるレヴィンを狂気に陥れても、ご丁寧に呪いで縛られた強力な契約書による領主権限は剥奪できない。
「こんな貧乏領地に目をつけたって何もいいことないぞ? それに、オレが領主になる前から、そこに住んでいたってことだよな?」
確かにそうですねぇ、と、リデルは同意して呟き、前言撤回だ。
「霊薬自体を造るのが目的でしょうね。霊薬を造るための霊草は育つ場所が限られますから」
話を聞いていた執事のベビットが思案の末に呟いた。
「まあ、不法侵入だよな? これは。それに、オレは霊草栽培は禁止にしたい」
領主であるレヴィンがそう決定すれば、自動的に森で霊草を育てている者たちは違法行為者となる。
「話し合いに応じるとは思えませんが……」
有能な執事であるベビットでも、説得できる自信はないようだ。
「話し合いなんか要らない。追い出そう」
「追い出すぅぅぅ? 武装してますよ、たぶん」
「それなら、余計に住まわせておくわけにいかねぇぞ」
レヴィンは勝算があるのかどうなのか謎ながら、譲る気はないようだった。
「ただ、まぁ、急ぎではないか。何か方策を考えてみてくれ」
ずっと思案顔だったが、レヴィンは一応そんな風に言葉を続ける。
「畏まりましたぁぁ!」
それがレヴィンの指示なら、何か有効な魔法が見つかるかもしれない。リデルは全く勝算はないものの元気に応えた。
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