第3話 レヴィンの心の騒ぎよう(レヴィン視点)

 最初から一目惚れだった。ダサい魔女姿に眼鏡。裏腹に可愛い声。

 レヴィンは、リデルに声を掛けられ振り向いた瞬間を、何度も何度も思い出す。

 

 逃すまいと、ガッチリ手を掴んで部屋に連れ込んだ。

 契約したい。どんな条件でも、ポンコツでも。

 幸い、リデルも急いでいるようだった。契約がダメだったら押し倒してしまえ!

 

「お前が規定を満たす魔女なら、自動的にオレは領主。お前は領主お抱えの魔女、ってことになる」

 

 言いながら勝算は感じなかった。

 レヴィンは、ずっと、よこしまな思いに支配されている。契約できれば最高だ。だが、ダメだったら?

 

 押し倒して、自分のものにして、一緒に逃亡生活に巻き込もう。

 

 だが、契約は果たされた。

 意外だ。

 急ぐ必要はなくなったが。ソワソワは消えない。

 そして、ケバい化粧顔も妖艶で好みだった。だが、好み過ぎてヤバい。「さすがに化粧が濃すぎるぞ」と、言ってみたものの、そのままでも良いと、心から思った。

 

 すっぴんになったら、もっとヤバかった。だめだ、これは理性が保てない――。

 元の衣装に戻させ、眼鏡も掛けさせた。でも、魅力は全然隠せてない。

 

 あああ、本当にまずい……!

 

 心の騒ぎようが酷く、会話をしていても上の空になりそうだった。

 札付きだと騒いだが、自分が口にしている内容とは裏腹に、レヴィンにとっては全く些細な話だ。

 借金踏み倒しの提案に感心してもらえたときは、心のなかが嵐のように喜びいさんでいた。

 

「食い物や、必要なものは全部オレが買ってやる。だから、なんでもちゃんと言うんだぞ? 足りないものがあって魔法が発動しませんでした、なんていうのは冗談じゃないからな?」

 

 そう。そんな風に告げながら、なにもかも、ほしいものは全て買ってやりたい。一緒に買い物しながら、ほしいものを次々に可愛い声でねだってほしい。頭のなかで妄想が続いた。

 ああ、でも、可愛い服はダメだ。そんなものを着られてしまったら――!

 

 呪いが発動したのは、妄想が爆発する寸前だ。

 そのときには、助かった、かも? と、呪いに感謝すらしたものだ。呪いで触れない、という言葉に安堵した。

 ああ、触れないのか。なら、押し倒さずに済む。

 

 こんな、無垢そうな娘を、オレの色に染めちゃダメだ。

 だから殊更ことさらそっけなく対応し続けた。しかし、リデルは気にもせず素直な気持ちをぶつけてくる。

 参ったな。可愛すぎるぞ。

 

 そっけない態度で誤魔化すたび、しょげる姿が愛しすぎる。猛烈に申し訳なく、笑顔に戻したい。

 思いをいつまでも、押し隠すことなんて到底不可能だろう。

 

(策士の名にかけて、頑張れ、レヴィン)

 

 自称策士のレヴィンは、自らの心へと励ますように言いきかせていた。

 

 

 

 リデルの有能とポンコツの混ざった予測のつかなさも、愛しい。魔法となると不意にシャキッとするのも、ヘンなところで動じない意外性も、レヴィンにとっては惹かれる要素だった。

 あ、あ、でも、押し倒せない。何か手はないのか?

 

「空腹で死にそうだっていうのに、そんなもんでいいのか? これも食べろ」

 

 食事するリデルの一口ごとの幸せそうな表情も、じっくり見ていた。色々心配になり世話焼きになりそうだ。

 

 

 

 リデルの魔法の力には、さほど期待していない、というか、実のところどうでも良かった。

 だが、ふたりでの転移も、楽々とやってのける。思いがけず有能なところと、焦りまくっているときの差異にも惹かれる。

 不意に有能に切り替わるような一瞬も、極上に可愛いのだ。

 要するに、何をしていても理想的な可愛さだった。

 

 城や領地の惨状は、まぁ、ゆっくり解消しよう。

 

 絶望的な思いはあるが、借金取りから逃げる生活からは解放された。

 リデルは、気を取り直したように城のなかの探検を始めている。

 

「レヴィンさま! 良い部屋も残ってますよぉ!」

 

 中身を持ち出すことのできない部屋も幾つかあったらしい。リデルは、部屋の扉を開けるたびに、喜んだり、撃沈したり、可愛すぎる。

 

「本当は、お前のそんな借金、とっとと返して札を外してやりたいんだが、オレの思惑もちょっと外れたからな。なんなんだよ。この広い領地で蓄えのなさは酷いもんだ!」

 

 レヴィンは愚痴半分に呟いた。確かに良い部屋はある。だが、それは魔法系の部屋であり財産的なものは絶望的なまでに完全に持ち出されてしまっていた。

 領主になったら、不当な借金は清算できると思っていた。

 

「あわわっ、なんて有り難いお言葉! 札の徴収回避をしてくださっただけで充分感謝ですのに!」

 

 リデルは感動した声で応える。

 オレも、札付きにさせられたリデルのことを、どうこう言えねぇな……策士の恥だぞ、全く。

 レヴィンは、娼館に売られそうになるような借金を背負った理由を知られたくないな、と、こそっと思う。

 

「引き継ぐ前に、豪遊したんだろうなぁ。呪いも押しつけて、引退して悠々自適かぁ」

「宿屋には戻らなくて良さそうですが、どこを見ても、寝台はここの部屋にしかないですね」

 

 やがてリデルは、城の上階にある比較的豪華なしつらえの部屋を見回して呟いた。

 寝室には、辛うじて寝台がふたつ。

 リデルは、何か盛んに魔法を使っている。

 

「何してるんだ?」

「いえ、片方の寝台を別の部屋に移動させようかと……。まったく魔法での移動が効きませんですぅ」

 

 なんだってぇぇぇぇ!

 

「あー、別に、一緒でいいだろ? どうせ、オレは、お前にさわれないんだし」

 

 心では驚愕きょうがくしながら、おくびにも出さずレヴィンはサラッと応えた。実のところレヴィンは驚愕しているリデルより、よほど戦々恐々だった。

 

「あ、あああ、そうでした!」

 

 リデルはハッとした表情で応えると、呪いを解かねば、と小さく呟いている。

 

「しかし、何もかも持ち出すうえで、呪いを仕掛けて、この仕打ちか?」

 

 レヴィンは呆れている。

 財産らしきもない。

 

「何か、当面、凌げるように稼ぐ手立てが必要ですね」

 

 寝台を移動させる魔法を止め、リデルは呟いた。稼ぐ手立てなど思いつけるのか謎ながら、リデルは必死で何か考えてくれているようだ。

 

「まあ、寝る場所は確保できた。もう少し、城のなかを確認してみるか」

 

 レヴィンは、寝室でじっとしていられず、リデルへと提案していた。

 

 

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