第2話 最後の晩餐

 焼き牡蠣、鶏の燻製、肉団子、牛肉の煮込み。レヴィンは、わりと高級そうな料亭へと入り次々に注文していた。この後の行動を考え酒は控えているようだ。リデルは控え目に、揚げた金芋を注文する。

 

 リデルは好物の揚げ金芋をほくほくと食べ、生きている実感をしみじみ感じた。

 

「空腹で死にそうだっていうのに、そんなもんでいいのか? これも食べろ」

 

 そんなリデルへと、レヴィンは焼き牡蠣や燻製肉を取り分け、次々差し出してくる。

 

「わわっ、あ、ありがとうございます! いただきます!」

 

 レヴィンは、熱々の肉の煮込みを何気に豪快に、ガツガツと食べている。リデルは、空腹期間が長すぎて、すっかり少食になってしまっていた。元の食欲に戻るには時間がかかりそうだ。だが、レヴィンの気持ちが嬉しく、しっかり食べた。

 

 あああ、美味おいしいっ! こんな美味びみな食べ物があったなんて!

 初めてたべる焼き牡蠣の味わいに、身体がとろけそう。

 

 リデルは、お礼に金芋を取り分けておずおずと差し出す。

 

「喰っていいのか? ん? あ、これは意外に美味いな!」

 

 遠慮なく直ぐに食べてくれるのが、何やら嬉しくてにっこりしてしまう。

 

「はい! 大好きなんです!」

「へぇ」

 

 なんだかレヴィンが不思議に嬉しそうな表情を浮かべたので、幸福感が増した。

 

 

 

「じゃあ、領地を見に行くか」

 

 料亭をでると、レヴィンは思案気に呟いた。

 

「そうですね。根城というか、お屋敷? お城? その辺りも確認しましょう」

「そうだな。なら、まず城か。まぁ、ダメなら宿にもどろうぜ」

「契約書によると領地は、テシエンの街。隣街ですね? では参ります」

 

 手を繋げると簡単なのだがレヴィンにはさわれないらしいので、魔法の杖である箒を振り、ふたりを魔法で包み込む。領主との終身雇用契約書のお陰で、領地と城の位置はリデルには明確に視えていた。それに終身雇用で自在になったらしき魔法は、意外に問題なく使えたようだ。少し不安はあったが、ちゃんと転移できていた。

 

「ああ、すごいじゃないか! ちゃんと、目的地、オレの城だ」

 

 リデルはどきどきしていたのだが、ふたりでの転移の魔法は成功だ。領主であるレヴィンの直接的な指示であれば、魔法は成功しやすい傾向なのかもしれない。

 とはいえ呪いを解くのは別の話。ひとつの方法なら、すでに知らされているため、直接的な指示なら、間違いなく簡単に使える。だが、レヴィンは逆に、その方法は拒んでいる。

 

「すごいです! とても、豪華な城ですよぉ!」

 

 外見はなかなか立派な城だった。思わず見惚れてしまう。

 契約書があるから、レヴィンの眼にはきちんと所有物として視えているはずだ。

 レヴィンは、城壁の門から入り、更に城の扉へと触れる。領主の契約書を所持しれば入れる。実際に扉は開き、リデルはレヴィンに続いて城内に足を踏み入れた。

 

 だが、扉を開けて入ったところで、ふたりは絶句して足を止めた。

 荒れた……とうか、洗いざらい品が持ち出されているようだ。

 

「ひゃああ、これは酷いです」

 

 城内は、まるで盗賊にでも荒らされたような状態だ。奥のほうまで、見えている限りゴミの山。

 あちこちの壁に、くり抜かれたような痕もある。

 レヴィンは無言で見回していた。

 

「これ、宝石が埋められていたみたいですね」

 

 眼鏡の位置を少し直しながら、壁の間近に顔を寄せ確認しながらリデルは呟いた。

 

「よく分かるな?」

 

 驚いたように琥珀の眼で瞠目どうもくし、レヴィンは少しだけ感心した風に呟く。

 

「はい! 一応、魔法の眼で、過去の光景を見ています」

 

 リデルは魔法が機能していることに感動しながらも、控えめに応える。

 

「くり抜いたのは、前の領主か?」

「そのようです。お抱え魔道師が契約書を用意してから一緒にトンズラですよぉ」

 

 断片的な記憶として視えているが、実情を知るには充分だった。

 税収も全て持ち逃げされている。

 たぶん、資金は契約のときに現れた袋入りの分だけだろう。レヴィンが幾ら使ったかは謎だが。

 

「オレが契約できなかったら、ここの領主はどうなったんだ?」

「あの契約書の場合、期間制限で果たせないと仲介の魔法師に戻ります。再度、契約者を探して領主を見つけるまで続けるだけです。魔法師が契約書を引き受けた段階で、元の領主たちは自由ですね」

 

 仲介の魔法師は前金を貰っているはずなので、のんびりとしたものだろう。レヴィンの元へと回ってくるまで、随分と年月が経っていた可能性もある。

 

「そんな複雑な契約書、お前、作れるんだ?」

 

 契約書の成り行きよりも、関心はリデルの魔法能力のほうらしい。未だ、全く信用してくれていない。転移も成功したし、過去の光景を視ることもできているのに。

 

「できますよぉ、見本があるわけですし」

 

 リデルは胸を張って主張する。ふうん、と、感心するでもなくレヴィンは幾度か頷いた。

 

「まぁ、なら、別の方法も可能だろう?」

 

 やはり、誰かを犠牲にして自分に掛けられた呪いを解くのだけは拒む気配だ。もちろん、リデルは別の方法を探す気満々だった。完全なる方法を見つけ出し、必ずやレヴィンを呪いから解放するのだと心に誓っている。

 

「前の領主の行き先は分かるか?」

 

 何を思ってか、レヴィンは訊いてきた。

 

「はい。契約書の気配から探せるはずです」

 

 レヴィンは頷いたが思案気で、突き止めろとは言わない。

 

「念のため、領地の状態が知りたい」

 

 前の領主のことより、現状把握が先と判断したのだろう。嫌な予感を感じているような表情でレヴィンは告げる。

 

「お安い御用です。直接見にいきますか? ここで確認しますか?」

「ここで確認なんてできるのか?」

「こんな感じです」

 

 リデルは適当な壁に、レヴィンの領地の景色を魔法で映した。まずは上空から全体を。

 領地は広く、農地も多いようだ。

 

「この辺り、詳細に見られるか?」

 

 何か気掛かりがあったのか、レヴィンが範囲を指定するような仕草をする。リデルの魔法は、終身雇用してくれたレヴィンの思考に良く従う。

 

「間近で見るとこんな感じ……うわっ、酷いですね」

 

 以前は豊かな実りを届けてくれていた気配があるが、今視る限り、長年放置された土地になっている。

 徐々に視点を変えながら、領地の状況を見て行く。春先だというのに、まともに農地として管理されているところがほとんどない。

 何しろ、農家の家屋は朽ちている。廃屋ばかりだ。

 

「かなり広いですし、農地用の土地が多いです。ただ、領地民が少ないですねぇ」

 

 少ないというか、人の姿がほとんど見当たらない?

 領地の惨状に、うっ、と呻き、レヴィンは絶句している。

 

「収穫はずっと先ですけど、魔法で土を改良します!」

 

 あああ、でも、今は春先だから収穫までは遠すぎるかも?

 しかし、荒れた土地だけれど、魔法で栄養タップリの土に変えることはできる。

 

「何言ってるんだ。農民もいないのに、土だけ良くしても収穫には至らないぞ?」

「はぅぅ、確かに! 人を招くには、家がありませんね。ですがが、廃屋はタップリあります! では、領民が増えやすいように、家を復活させましょう!」

 

 朽ちている廃屋ばかりだが、ある程度、魔法での復活が可能だろう。

 

「廃屋? 修繕したって住めるような代物じゃないだろう?」

 

 映像で視る限り、廃屋といっても既に家の形は成していない。朽ちている。完全に家の残骸だ。それでも、無から造り出すより、復活させるほうが魔法的には簡単だ。

 

「わたし、廃屋を家屋に復活できますよぉ? レヴィンさまが命じてくだされば。上手くいけば、かなりまともに復元可能です!」

 

 レヴィンは一瞬、疑わしい表情を浮かべたが、ダメ元と思ってくれたようで決意顔になる。

 

「分かった。じゃあ、領地の全部の廃屋を甦らせろ」

「ひゃあぁ、いきなり全部? 畏まりましたぁ! では、明日にでも」

 

 驚きながらも、リデルはなんだか出来そうな気がした。レヴィンの命じる声は、心に心地よく響いている。

 

「とにかく家を復活させて領地民を増やそうぜ。税収のためにも」

「ですね」

「税率は減らして産出量を上げるのが、領民のためにも統治する側にとっても最良のはずだ」

 

 レヴィンの言葉に、リデルは同意して頷く。

 収穫まで、なんとか凌ぐ方法も考えてみよう。リデルは心のなかで気合いを入れていた。

 

 

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