第12話

 ベッドから改めて部屋を見渡すと、至るところに海のモチーフが散りばめられている。天井に付けられた半円状のライトにはぐるりと一周ビーズが吊り下げられていて、海月のように見えた。先程稲荷寿司を置いていたテーブルのクロスは青のグラデーションで部屋と統一感があるし、床に敷かれたラグは錨が刺繍されている。極めつけはシーツだ。一見普通の白いレースでベッドの脚を隠すタイプのものだが、そのレースが海洋生物を施したデザインになっている。所々ラメ糸が使われているようで、角度を変えるとちらちらと光って見えた。

 

「この部屋、センス良いな」

「お、嬉しい言葉だね〜ありがと!」


 もっと見てくれと言いながら、美月は食事の後片付けのためにキッチンへ向かった。きちんと磨かれたシンクは新品同様で、彼女の几帳面さを表している。


「なんか、そっち系の仕事とかしないのか?コーディネーターとか」

「ん〜親はそういうお仕事してるんだけどね。私はいいかな」

「え、すげえ」

「お陰様でセンスはそれなりに良い方かな、なんてね」


 謙遜しているが、その必要はないほどお洒落な部屋だと思った。上京して半年間段ボールをそのままにしていた昴とは比べものにならない。こんな話をしたら笑うを通り越して引かれそうだ。


「服も、いいと思ってる」

「なんだいなんだい!今日は褒めるねえ」


 美月がおちゃらけた話し方をしているときは、大体照れている。褒められ慣れていそうなのに意外な反応だ。こういうところを大学でも見せればいいのにと偶に思うが、この姿を独り占めしたい気持ちとで葛藤している。 

 そして、この気持ちが身体の関係だけを持っている相手に対して抱く感情ではないことに昴は気づいていた。美月を、恋愛的な意味で、そういう目で見ている自分がいる。性欲を恋と勘違いしているのではないだろうか。気がつくと自問自答している。


「今日は褒めたい気分、ということで」


 適当な言葉で誤魔化す。それしか言葉が見つからなかったのだ。好かれたい結果、相手をべた褒めするという小学生レベルのことをしている。今の昴なら、小学生以下と貶されてもその通りだと頷いて是非恋愛を教えてくれと懇願するだろう。

 美月に気づかれぬよう、昴は緩くため息をついた。




「あ……お酒あった!」


 昴が考えごとをしていた間、美月はとっくに食事の片付けを終えていたらしい。手伝えばよかったと後になって気づき、反省する。

 何も知らぬ彼女はキッチンの戸棚を整理していたようで、そこから瓶入りの焼酎を見つけたらしい。パッケージにはライチの絵が描かれている。果物系の酒をよく飲む彼女なら確かに好きそうだ。


「お〜!飲んじゃうか!」

「飲む飲む!用意するから待っててね」

「……なんか手伝う?」


 先程手伝わなかった申し訳なさから念の為に聞いてみる。美月は少し考えるような顔をして、首を縦に振った。


「じゃあ、上の棚からグラス取ってもらえるかな?箱に入ってるんだけど」

「水色っぽいやつ?」

「うん」


 手を伸ばし、箱に入ったグラスをふたつ取り出すと、美月はおぉ〜と歓声をあげて小さく拍手をした。昴がいとも容易く箱を取れたことに感激しているようだ。彼女の身長では、この棚は踏み台がないと届かない位置にある。使用頻度の低いものを入れているとは思うが、取り出すときは大変だろうなと昴は思った。

 箱から出てきたグラスは、切子ガラスの凝ったデザインで、氷を入れると光が反射してイルミネーションのように輝いた。


「めちゃくちゃ綺麗だな」

「んね〜江戸切子らしいよ」

 

 美月が瓶の蓋を開けてグラスに注ぐと、ライチのさっぱりとした甘い香りが漂う。瓶は緑色だが中身は透明らしい。水と言い張れば水筒に入れても気づかれなさそうだ。しかし昴は酒豪ではないのでそんなことはしない。こういうことをするのは、昴の周りだと篠原ぐらいである。偶に酒を入れた状態で授業を受けている彼を思い出し、そして慌ててスマホを確認した。彼に今日から3日間泊めてくれと連絡したのをすっかり忘れていた。取り急ぎ、今日は大丈夫だと伝え謝罪のメッセージを送る。直ぐに既読がつき、飲み代2回分で許すと返信が来た。一体いくらになるのだか。


「誰とLINEしてるの〜?」


 昴の腕に美月が身体をぴったりと寄せた。連絡している間に焼酎の用意を整えてくれていたらしい。彼女は既にグラスの半分が空になっている。

 

「篠原と。エアコン直るまで泊まる予定だったけど、今日は大丈夫って送った」

「なーほどね。篠原くんと仲良いもんね」

「そうだな」

「……」

「……」

「あのっ」

「そういえばさ……」

 

 お互い数秒の沈黙が続いた後、同時に声が重なった。譲り譲られ合戦が始まり、譲られた昴が口を開く。大した話ではないのだが、譲られてしまったからしょうがない。


「松本さんって海、好きなの」


 部屋に入ってから気になっていたことだった。どこで見つけてくるのだろうか、好きではないと出会えなさそうな品々が並んでいる。


「結構好きだよ。水族館とかもよく行くし」

「何が好きなの、生き物」

「ん〜海月かなぁ。海月が有名な水族館があってね、そこに行ったとき魅力に気づいてから色々集めてるんだ」

「なるほど。綺麗だよな、海月」


 そう言いながら机の引き出しを開け、クリアファイルを取り出した。中には海月のシールやポストカードがまとめられている。中から1枚ポストカードを取り出すと、昴の胸にぐいと押し付けた。


「……あげる」

「え、いいのか?大事なんだろ」

「うん。お近付きの印、的な〜?」

「なんだそれ」


 受け取ったポストカードにはカラフルにライトアップされた海月が写っている。半透明な生き物だと、こういう写真も撮れるのか。遊び心があって良い。


「ありがとな。……大事にする」

「うん。へへへ……」

「お嬢さん、酔っ払ってますねえ……」

「ん〜?」


 美月はいつの間にか昴にもたれかかり、顔が赤らんでいた。話し声はふにゃふにゃと緩み、いつもの澄んだ声とはまた違った雰囲気でこちらも可愛らしい。


「お嬢さんはベッドで横になってなさい」

「え〜グラス洗ってないよ〜」

「俺が洗うから」


 そう言い残し、空のグラスをふたつ流し台へ持っていく。振り返ると美月が覚束無い足取りで歩いているのでヒヤヒヤしながらベッドまで向かうのを見届けた。全く、下戸の癖に飲むスピードが早すぎる。しかも可愛らしい酔い方だと。飲み会に参加したらそのまま誰かにお持ち帰りされてしまいそうだ。

 グラスを拭きあげてベッドへ向かうと、まだ美月は起きていた。昴に気づくと自ら腕を絡ませてきた。酔うとスキンシップが激しくなるタイプなのかもしれない。


「藍田くーん!やっと来たあ」

「5分も経ってないけど……」

「遅いもん……ねぇ〜早くしようよ?」

「……ッ!」


 先程会話が重なったとき、この言葉を言うつもりだったのかもしれない。だとしたらかなり待たせてしまっただろう。こちらを見つめる彼女の首に、そっと口づけた。

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