第9話
「ねえ、ほんとに言ってるの?」
「お願い、絶対バレないから!」
その日もふたりは互いの性欲を満たしあっていた。絶頂を迎え、少々休憩してから風呂に入る、というのはいつもの流れになっていた。そして翌朝ふたりで朝食を作って食べるのがルーティーンなのだ。
しかしこの日は週の終わりかけ、木曜日。生憎明日は一限から講義の予定がある。朝起きてゆっくりする時間はあまりない。
「学校でするって、流石に……」
昴からの提案は、使われていない準備室でヤらないか?というものだった。これまでは昴のアパートでしか致したことがない。いつもとは違う美月が見られるのでは、という期待もある。行為中、目まぐるしく変わる彼女の表情をもっと沢山見てみたいのだ。
「結構有名だろ、準備室。松本さん知ってる?」
「流石に知ってる。そういうことする部屋でしょ」
「そうそう。ヤリ部屋」
「藍田くんの家じゃん」
「えっ……?」
「あ……今の気の所為」
そう言い残して美月は先に風呂を上がってしまった。まるで昴の部屋が性欲解消のためだけに存在している場所だと思っているかのような発言だ。実際は友人を招いて飲んだりしているのだが。彼女にとってはそうかもしれないな、と昴は笑った。美月はかなりの頻度で来ているが、共通の話題は性行為に関することしかない。そのため一般的な会話、例えば学校が楽しいだの課題が終わらない、などといったことを話したことは少ないように思う。それよりも身体を重ねる方を優先したい、というのがふたりの考えである。
昴が風呂から上がる頃には美月は既に帰宅していた。LINEを開くと美月から帰宅した旨が届いている。
『さっきの話、いいよ』
割とあっさり承諾された。正直、美月は性に関して積極的な方だと思っているので想定内の返答だ。昴は先程まで眠たかったはずの目がかなり冴えていることに気付かないふりをして行為の日程を決めた。
そしてついにその日がやってきた。週の真ん中水曜日、お互いの友人たちがアルバイトやらサークル活動に明け暮れる中、ふたりは身体を重ねるのだ。秘密の関係というのは幾つになっても心躍る。
「遅くなっちゃた。頼まれごと引き受けてて」
「おー、おつかれ……」
美月の話が頭に入らない。緊張と興奮で胸が苦しい。
準備室の扉を静かに開けると、やや埃っぽい散らかった床が目に飛び込む。奥へ向かうと床にコンドームの空箱が落ちていた。かなり治安のいい大学のはずだが、この部屋だけは違うみたいだ。
美月は掃除用具入れから箒を取り出し床を掃き、昴は床のゴミを捨てる。普段、清潔を保っている昴の部屋しか知らないふたりにこの環境での行為は無理があった。しかし、身体を重ねることを断念したくない気持ちはある。
ある程度片付いたところで、昴はゴミ袋の口を縛った。美月もそれを見て昴に近づく。背中に柔らかい温もりを感じる。珍しく彼女から抱きしめられた。腹に当たる手に、昴は自身の手をそっと重ねた。小さくすべすべしていて、自分の手との違いを感じる。
そのとき、建付けの悪い扉が開く音が聞こえた。ふたりは咄嗟にカーテンにくるまる。窓の大きさからして明らかに間違って取り付けられたカーテンだが、隠れるには丁度良かった。ふたりは息をひそめて外の音に集中する。
「あれ、前来たときより片付いてない?」
「ほんとだ、ラッキー」
聞き馴染みのある声にふたりはお互いの顔を見合う。昴の友人である篠原と、美月の友人の橋本だ。今日は確かアルバイトのヘルプが入ったと言っていた筈なのだが。橋本の予定については知らないが、彼女の反応を見るに大学に残る用事はないようだ。
(このふたり、付き合ってたのか……?)
会話から読み取るに、前にもここに来たことがあるらしい。昴は全く気付かなかった。しかし篠原は秘密主義的な面が強いので、交際をしていることを言われなかったとしても特に気にならない。そもそも昴だって美月との関係は言えないので同罪だ。
激しいリップ音とふたりの声が微かに聞こえる。しばらくすると外の声は橋本の喘ぎ声に切り替わった。美月を見ると、彼女は耳まで赤く染まっている。まさか友人の行為を音だけではあるが、至近距離で聞いてしまうとは思わなかっただろう。そして気持ちが高まったのか昴の太ももに自身の下腹部を押し付け始めた。正直に言うと昴は今すぐにでも美月の花園に攻め入りたいが、外には友人がいる。せめて指でもと思ったが愛液で満たされた花園を掻き回す、ぐぽぐぽという音でばれてしまいそうだ。
ふたりが帰った後に、いじめてやろうと昴は決めた。
「ねぇ〜そろそろ」
「橋本ってやっぱり変態だよな」
「だって篠原くんのおっきいんだもん。久しぶりに欲しくなっちゃった」
「あ、そう……」
どうやら昴が想像していた関係とは違うようだ。どちらかと言えば昴と美月の関係に近いことをしている。
(しかし橋本が誘ったとは、意外)
橋本が不特定多数の関係を持っているような人には見えなかった。嫌悪や幻滅などの感情を通り越し、驚きだけが心に残る。映えるカップルだなぁ、などと勝手な感想を抱いていたが全く違った。
美月はこのことを知っていたのだろうか。目を向けずとも動きで分かる。彼女は腰を振り続けていた。友人のだらしない性事情より目の前の快感に夢中のようだ。目を閉じて快楽に浸っている。
「あぁ……んッ、やっぱりおっきい……」
「ヤリマンの癖にきっついな……締めすぎだろ」
「でも、好きでしょう?」
「……うるせぇよクソビッチ」
その声に続いて身体がぶつかり合う音が部屋に響き渡る。普段の篠原からは想像の出来ない言葉遣いに、美月すらも腰を振るのを止めた。ぽかんと口を開けて見えないカーテンの向こう側の様子を伺い始めた。
「ふーっ、ふーっ……ゔッ……」
「……満足した?」
「うん、ほんと最高……」
ふたりの声は布が擦れる音になり、やがて扉が閉まる音と共に消え去った。30分程度の待ち時間をカーテンの中で過ごしていた昴たちは汗だくになっていた。
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