時空超常奇譚5其ノ壱〇. 起結空話/夢の中の夢の、その先

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ壱〇. 起結空話/夢の中の夢の、その先

起結空話/夢の中の夢の、その先

 夢から覚めると、実はまだ夢の世界だった。そんな経験は誰にも一度はあるだろう。この夢の中で夢を見る現象を『多重夢』と言う。夢の中の夢が二重夢、更にその中の夢が三重夢となる。

 多重夢の原因はストレスやプレッシャーからの精神的疲労によるものと考えられ、 現実で追いつめられ逃げたいと思う表層心理が夢の中の世界に閉じ籠もりたいという深層心理をつくり出し、夢として見せていると言われている。


「何か言い残す事はあるか?」

 後ろ手に縛られ首にロープが掛けられ目隠しされた男に向かって、死刑執行官の氷のように冷たい声がした。

 男は突然の事に理解が追いつかず、返す言葉が見つからない。それが絞首刑の執行であるらしい事は薄々わかるのだが、その状況把握が出来ず何故こんな事になったのかもわからない。

 執行の声がした。いきなり床が抜け身体が浮くと、頭部と首に激痛が走り意識が薄れ、そのまま男は死んだ。


 次の瞬間、男は目覚めた。絞首刑で死んだのは夢だったようだ。だが、またも状況を把握する事が出来ない。

 男の視界に、怯える十数人の男女の顔が見えた。そこは、どう見ても銀行の店舗に見える。一般人らしき数人の高齢の男女と銀行の制服を着たテラー窓口業務らしき若い女達、そしてその上司と思しきスーツ姿の中年の男達と警備員。大きな店舗のようだ。

 店舗の壁に設置された鏡に男の姿が映る。覆面で顔を覆い、その手には散弾銃が握られている。どうやら男は銀行強盗実行中、そんなシチュエーションだ。

「現金を詰め終わりました」

「よこせ」

 スーツの男の一人が震える声で男に告げ、札束の詰まった袋を差し出した。男は、それを強引に掴み取ると脱兎の如く入り口へ走り出し、入り口のガラス扉の前で振り向きざまに店舗内に向けて銃を連射した。ガラス扉が割れて飛び散り、店内にいた数人が倒れるのが見えた。

 男は事前に用意した日本製高性能車GTRに乗り込んで発進した。後は首都高から東北自動車道に入り、只管ひたすら北上するだけだ。途中でオービスが光ったが、そんなものはどうでもいい。平日午後の下り車線に渋滞がない事は調査済、後方から迫って来る覆面パトカーも男の改造したGTRの敵ではない。

 スピードメーターが300キロ/hを超える。車間を縫って飛ぶように走る男の興奮が止まらない。その目には、追越車線での緊急事態、玉突き事故を告げる電光掲示板の真っ赤なランプなど見えていない。

 追い越し車線の前方にハザードランプを点滅させて停車するバスが見えたが、男は一切を無視しブレーキを踏む事はなかった。速度を落とす事なく突き進んだ車はバスの後部に激突して大破し、男は死んだ。


 次の瞬間、男は目覚めた。東北自動車道でバスに激突して死んだのは夢だったようだ。だが、またもや状況を把握する事が出来ない。

 男の視界に座席に並ぶ男女の悲痛な顔が見えた。特殊な丸い窓の外に青い空と白い雲が見える。ここは航空機の中のようだ。男の両手に拳銃が握られている。どうやら男は単独のハイジャック犯、今度はそんなシチュエーションらしい。

「余計な事はするなよ。騒いだヤツは容赦なく撃つからな!」

 男はそう言って、天井に向かって威嚇のつもりで銃を撃った。悲鳴とともに機体に二つの穴が開いた。その途端に機体が揺れ、機内にアナウンスの声が響いた。

「緊急降下中、前方の山に緊急着陸します。皆様、酸素マスクを着けシートベルトをお締めください」

 おそらくは男が銃を撃った所為なのだろう。航空機は操縦不能に陥り、前方の山へと着陸する軌道を進んでいるらしい。アナウンスと同時に後機内に怒号と悲鳴が木霊こだました。更に高度は下がっていく。航空機は激震とともに目前の山に激突して木端微塵に砕け散り、男は死んだ。


 次の瞬間、男は目覚めた。航空機とともに木端微塵に砕け散ったのは夢だったようだ。だが、今度も状況を把握する事が出来ない。

 目前の光景は夜行バスの中らしい。男は何故か激怒し叫びながら小型マシンガンを撃ち捲くっている。

「ふざけるな、殺すぞ!」

 撃たれた人々の血飛沫が飛び、呻く声が聞こえた。バス内に悲鳴と怒号が響き渡る。どうやら男は単独のバスジャック犯、今回はそんなシチュエーションだ。

 相変わらず、男は何も理解する事が出来ない。何故バスの中で人を撃ち殺しているのか、何故次から次にこんな嫌悪な夢を見るのだろうか。

 そう思いながら自らの頭部を銃で撃ち抜いて、男は死んだ。


 次の瞬間、男は目覚めた。目覚めたという事は、バスジャックで自ら頭部を銃で撃って死んだのも夢だったようだ。だが、いつもと同様に目前の状況を把握する事が出来ない。

 男の視界に大型旅客船の操舵室の船長と船員らしき男達の顔が見え、両手には小型マシンガンが携えられている。どうやら、バスジャックの次は船長他乗員、乗客を人質をとって逃走する単独のシージャック犯のようだが、海上保安庁の巡視艇に包囲されて逃げ場はない。空にはマスコミのヘリコプターが舞っている。

「消えろ、お前等に用はない!」

 男は停戦命令を繰り返す巡視艇を無視し、船上のデッキに出て威嚇射撃を繰り返した。興奮度MAXの男はマシンガンを撃ち続け、岸に近づいたタイミングで目視出来ない程に離れた防波堤に待機していた特殊強襲部隊SATに狙撃され、男はその場で頭を撃ち抜かれて海に落ちて死んだ。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。男は相変わらず把握出来ない状況の中で、唐突に教会らしき建物内でライフルを乱射した。その意味は不明だ。そして政府施設の建物内へ爆弾テロを仕掛け、男は自ら吹き飛んで死んだ。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。今度は戦場を駆け巡っている。そして突然現れた装甲車に撃たれて、男は敢えなく死んだ。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。今度は男は雨の降る崖下にいる。これも結果はわかっている。予想通り崩落した山の下敷きになって、男は死んだ。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。今度は男の前にナイフを構えた鬼の形相の女が現れた。訳もわからず刺されて、男は死んだ。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。今度は手に小型回転式拳銃リボルバーを握っている。

 もういい……もう限界だ。


 男は、何も理解出来ないまま何度も繰り返し夢の中で夢を見ている。多重夢など驚く程珍しくはないし、偶々たまたま連続して見ているに過ぎないのだ、と思ってはいるが、とは言っても繰り返される夢による精神的な苦痛は次第に重く圧し掛かり、疲れ果てて見た夢の中で目覚め、更に夢見と目覚めを繰り返していくのかと思うだけで背筋が凍りそうになる。終わりのない永遠を感じた時に恐怖を覚える精神障害の一種であるアペイロフォビア無限恐怖症になっても不思議はない。


 だが、そんな夢もおそらくは次で、きっと次で、終わるに違いない。だから、何ら気にする事などないのだ。そう強く自分に言い聞かせ、手にする銃の引き金に指を掛けて、男は死んだ。

 これで、全ては終わる……。


 次の瞬間、男は夢から目覚めた。これで、繰り返されるこの忌まわしい多重夢から逃れられたに違いない。

 男は今度こそと念じつつ状況を確かめようとした。だが、手と足の自由が利かない。後ろ手に縛られ首にはロープが掛けられ目隠しされている。いつかどこかで同じシチュエーションがあったような気がする。

「何か言い残す事はあるか?」

 男に向かってどこかで聞いた事のある氷のような冷たい声がした。その瞬間、男は夢の中の夢のその先に、怖気おぞけ立つ永遠に繰り返す夢が待っている事を知った。


 西暦2031年。地球から8000光年に位置し、太陽の120倍の質量を持つりゅうこつ座イータ星が、突然極超新星爆発を起こした。35.19度で太陽系を外れると予測されていたガンマ線バーストの放射は、爆発時の影響によってイータ星の自転軸が変化した事で、地球を直撃するに至った。

 その破壊力は凄まじく、人類85億7000万人を含めた5000万種を超える地球生物は、一瞬の内に焼き尽くされた。

 時を同じくして、太陽系の外縁に存在するオールトの雲から時速3万5000キロで飛来した質量500兆トン、核の直径130キロメートル、公転周期300万年を超える長周期彗星であるC/2014 UN271バーナーディネリ・バーンスティーン彗星は、木星の大重力によって軌道を外れ、地球に衝突した。


 ガンマ線バーストで焼かれた上に彗星が衝突し、生息した生物群がことごとく消滅した地球には、進化によって次の世代を担う生物さえ残っていなかった。 


 地球は死の星と化した。そして同時に、地上だけでなく天界も冥界も全ての世界が消滅した。果たして、人類85億7000万人と5000万種を超える数え切れない地球生物の魂は、一体どこへ行くのだろうか。

 今、泉下せんかを失い転生出来ない無数の魂が無限のループを漂っている。


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