第16話 首輪

 明くる日。

 首尾よく真夏を攫ったというオリコの報告に、水添組・安生組長の機嫌は上々だったが、道端露子の生存を知ると目が据わった。

「──なんでその場で殺さなかったの?」

「えッ、道端をですか? 無茶言わんでくださいよ」

 無言で自分を見つめる安生に、オリコは冷や汗を滲ませた。

「いえ……スミマセン。刑事の拉致を優先しまして」

「ま~、それはそれだし~」

 安生は自分の爪を眺めた。剥がれかけたマニキュアをカリカリと引っ掻いて、フッと破片を飛ばす。

「でもさ~。なんで露子ちゃんが刑事の家に来るわけ?」

 安生の疑問に対して、オリコは愛想笑いを浮かべ、ソワソワとシャツの裾をいじった。

「えー。ヤカタ会と警察さんが裏で仲良しってのは、ま……その……」

「うん。ミコもその線かな、と思う」

「しかし、その線なら道端の野郎、死ぬ気で消しに来ますよね」

「見ものだね」

 安生は愉快そうに笑った。

「オリコ。露子ちゃんが来る前にあの刑事から聞き出してくれる?」

「は……聞くってぇと」

「あらいざらいよ」

 安生は引き出しからピルケースを取り出し、机の上に錠剤を転がした。

「アレだって魔法少女なんだから、そうそう死なないでしょ~」

「それはつまり、その……聞けというのは……」

「何でもいいから」

「は、はいッ。わかりました」

 そそくさと部屋を出るオリコの背中を見送り、安生はピルケースの腹で錠剤をパキッと潰した。

「ちーちゃんを呼んできて」

 安生は無表情に側近に言いつけた。錠剤を細かく刻むうちに、部下に連れられて千鶴がやってきた。

「一体何の用? 仕事はこなしたでしょ」

「露子ちゃん、生きてたって」

 千鶴はそれを耳にした一瞬、ブルッと身を震わせた。

 安生は机上の白線を鼻から吸い込んでから、話を続けた。

「あ~んたさぁ、きっちり殺したんじゃなかったの?」

「殺した……はず」

「ウチのが危うくバトりかけたって。どう落とし前つけるの?」

「今度はしくじらない……」と千鶴はギリギリと歯を食いしばった。「お願い、私にやらせて」

「それはいいよ~。大体、露子ちゃん殺れる魔法少女がどれだけ居るのよ、って話……あ、ちょっと。ちーちゃんストップ」

 踵を返しかけた千鶴を、安生が止めた。

「追わなくていい。いずれ露子ちゃんはここへ来る」

「──なぜそう思うの?」

「やくざだもの」と安生はぐすっと鼻をすすった。「だけど、ミコはその先の話がしたい──」

「先?」と露子は訝った。

「ヤカタ会の幹部とその兵隊を殺してほしい~」

「言ったでしょう。私はやくざのために働くなんてお断りよ」

 千鶴は心底からの嫌悪を表情に滲ませた。

 安生はコトコトと白い粒を整列させながら言った。

「さっき、アロハ~な子とすれ違ったでしょ。昨日の夜、あの子に仕事頼んだのね」

「アロハ?」

「派手なシャツを着た……」

「ああ。すれ違ったかしら」

「アロハ~が連れてきた子、なんて言ったかな~。ま、み、む……」

 じわりと千鶴の体の縁から殺気が滲む。

 安生はその気配に気づき、フンと鼻で笑った。

「そうそう、宮本って名字だったかなぁ」

「貴様ら、真夏を……」

 安生は綺麗に揃えたヤクの列を吸い込み、鼻を軽くつまんで離した。

「やる気、出た?」

「ふざけるなッ」

 殺気と共に放たれた千鶴の魔力は床を伝い、安生のデスクにボッと穴を穿った。焦げた穴の縁から煙が糸のように天井へ伸びる。

「──ちーちゃん、オリガミを殺したでしょ」

 千鶴はピクッと眉根を寄せた。

「そんなに妹が大事? 意外だね」

「真夏に手を出すな」

「そりゃ話次第だけど~」

 安生はデスクの燻りに手のひらを重ね、子供を眠らせるような手つきでジュッと消し止めた。

「ホント迷惑なんだよね~。ちーちゃんがオリガミを殺ったせいで、ミコ達の計画がメチャになってさ~」

「計画って何? あんたらアホの考えたアホみたいな空想?」

 安生は手のひらについた煤をフッと吹いた。

「案外さ……ちーちゃんが露子ちゃんを殺し損ねたのは、あの真夏って子が絡んでるかも」

「まさか」千鶴の頬にツーと冷や汗が垂れた。「真夏が道端とつるんでいたって?」

「それをこれからアロハ~に聞き出してもらうつもりだけど……ま、ヤカタ会の本家とはもう話がついたから、そこはそんなに責任感じなくていい~よ?」

「話がついた?」

「ちーちゃんが気にする必要はない」

 安生はさも満足気にクツクツと笑った。

「妹を殺されたくなければミコのために働け。それだけ覚えときな」

 千鶴はギリギリと歯噛みしたが、やがて諦めたようにため息をつくと、デスクの向かいのソファーに腰を下ろした。

「いいわ。あんたの殺してほしい連中を殺したげる。だから、真夏には手を出さないで」

「ん、オッケー。全部済んだら解放する。あの子も、ちーちゃんもね」

 安生は卓上のケースからタバコを取り出してくわえると、千鶴に向かってジェスチャーをした。

 千鶴は渋々といった表情でピッと指先から魔力を放ち、火を点けてやった。

「フフフ……ちーちゃんのおかげで上手くいきそうだよ」

 すでに水添組と本家ヤカタ会のあいだでは、密約が交わされていた。

 ヤカタ会の上層部は、道端組組員の殺害を咎めないどころか、道端組のシマを水添組に譲渡してもよい、とさえ口にした。道端組の壊滅を条件に、だ。

 ──これで汚職刑事が手札に入れば、警察にもヤカタ会にも強力なパイプができる。

 モクモク煙を吐き出しながら、安生は腹の底から笑った。

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