第14話 暗雲

 一発、二発、三発……息をつく間も与えず浴びせ撃つ。

 しかし、露子はまるで虫を殺すかのような気安さで難なく弾丸を掴み取った。

 おしなべて魔法少女の身体能力は常人のそれを遥かに凌駕するが、飛んでくる弾丸を露子のように防ぐことができる魔法少女はそう多くないだろう。

「やるな、道端」

「ほんのご挨拶──」

 弾を打ちつくした様子の青柳に、露子は大袈裟に肩をすくめた。

「気取るな、この野郎!」

 続けて掴みかかってくる青柳をステップで躱しながら、露子は大きく息を吸い込んだ。体内で練った魔力と共にプーッと息を吹くと、露子の口から雲が吐き出される。

「このッ……!」

 青柳は雲を払うが、そう広くもない部屋にはすでにもうもうとした雲が満ち満ちて、露子の影を溶かし切っている。

「逃げる気か」

「まさか」

 露子は死角から再び渾身の蹴りを放った。今度は蛍光灯が割れ、乳白色のガラスと絡みながら光が落ちた。

「そこかッ──!」

 青柳は露子の脚を引っ掴んだが、露子の膂力はそれを上回り、青柳は横方向へふっ飛ばされた。青柳は洗面台に体ごと突っ込み、ホーローが派手な音を立て割れた。

「この野郎。逃げるなら早くしろ」

 青柳は服についた陶器の欠片を払いながら、雲に向かって言った。

「オレはちょいとしぶといからな」

「ご丁寧にどうも……」

 そのとき、部屋を満たしていた雲がゆらりと動いた。切れ間の向こうに露子の姿を見つけ、青柳はすかさず飛び込んだ。

 青柳の放った重い蹴りが、露子の脇腹にめり込む。

「ぐ、う……!」

 勢い余って、二人は絡まるように棚に体をぶつけ、ガラスと木片のシャワーを浴びた。

 青柳はすぐさま体勢を整え、露子の胸ぐらを掴みバシバシと平手を浴びせた。

「おい! 雲を解除しろ……」

「うぅッ、ゲホッ……!」

「無駄なことしやがって、オレの能力を知らんわけじゃあるまい」

「ハァ……ハァ……知ってるさ、もちろん」

 露子は反吐を吐きながらも、ふてぶてしい表情で青柳を見上げていた。

「いいか、この野郎……早く、能力を……」

「──こんなもんでいいかな」

「何……うッ」

 青柳はパッと手を離し、両手を自身の首元へやった。

 雲──気づいた瞬間、ゾッと冷や汗が出た。

 首だけではない。雲は手足にまとわりつき、四肢の動きを拘束していた。

「ぐぅ、このッ……野郎……」

 露子の能力によって束ねられた雲の強度は凄まじく、青柳の膂力を持ってしても逃れることはできなかった。

「衝撃をアースする能力……臆病なおまえにぴったりの能力だね」

 露子はプッと血の混じった唾を吐くと、青柳の眼帯にそっと手を触れた。

「ヤカタ会の私刑リンチはそんなに怖かったのかい」

「やかましい、早く殺せ」

「殺さないよ別に……」と露子は気色ばんだ様子で言った。「私が聞きたいのはひとつ……奴の裏で糸を引いてるのは、どこ?」

 青柳は答えない。露子はフーッとため息をついた。

「しばらくのあいだ、痛みを忘れていたんじゃない?」

「──そうかも知れんな」

 露子は雲を右腕に集めた。青柳は怪訝な顔でそれを見つめている。

「あんた、衝撃以外のエネルギーはアースできる?」

「いや……」

「そう。じゃあ、痛いと思うよ」

 右腕にまとった雲がゴロゴロと唸りを響かせはじめた。

 露子が構えた瞬間、青柳はハッと感づいた。

「や、やめろ──!」

 露子の拳が叩き込まれる。

 瞬間──バチンッ、と久しく忘れていた痛みが青柳の体を襲った。

 雲の中で氷の粒が摩擦を起こすことで、雷が生じる。露子がやったのはそれだ。雲を操作して雷を起こしたのだ。

 青柳の神経の上を痛みが暴れ、煙がチリチリと肌から立ち上る。爆ぜた服の下から雷紋が覗けていた。

「奴とどこが絡んでる? 話す気になった?」

「う、う……」

 青柳は力なく目を上げ、露子を睨んだ。話す気はないようだ。

「ご立派、警察の鑑だね」

「殺せ──」

「だから、そういうのじゃないんだって」

 露子は肩をすくめると、青柳のコートを外からポンポンと叩きはじめた。そして、内ポケットに手を入れ、手帳を引っ張り出した。

「くそッ」

 青柳は力なくうなだれた。

 その手帳には水添組関係者の写真が挟み込まれていた。

「おお」と露子は思わず声を上げた。「顔に似合わず結構マメだね」

「うるせえ」

「そう、水添組の連中か」

 露子はじっと考え込み、しばらくすると手帳を青柳に返した。同時に雲の能力を解除する。

 支えを失い、青柳の体がどさりと床に崩折れた。

「く……お、おい……道端ッ」

 部屋を出ていこうとする露子に、青柳はゼーゼー喘ぎながら言った。

「宮本は……おまえと、一体どういう……」

「あの子は私にとって──」

 露子は言い淀んだ。それから、ニッと口角を上げた。

「都合よく利用していただけ。ただ、それだけ……」

「貴様は人間のクズだ」

 露子はプッと唾を吐くと、踵を返して部屋を出た。

 青柳は頬を拭う気力さえ失い、手負いの獣のようにじっと目を閉じた。

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