第13話 道端露子

 組長を乗せた道端組の車が大破、炎上したという報に、青柳は押っ取り刀で現場へ向かった。

 現場へ近づくにつれて、硫黄のような異臭が鼻をつく。それが髪の毛の燃えるにおいだと気づいたのは、運転席に残る遺体と対面したときだった。

 車内を覗き込んだ青柳の頬に冷や汗が伝う。

 道端組の若い衆がハンドルに顔を突っ伏すような形で絶命している。

 後部座席の遺体に目を向ける。損傷は激しいが、道端組組長、道端露子であることがわかった。

 魔力の作用がまだ続いているようだ。遺体の焦げた皮膚の上で赤白い点がジジジ……と燻ったままでいる。不気味な熱気が肌を舐める。

「こいつが死んじゃ、ヤカタ会もどうなることやら……」

 青柳はつぶやいた。道端露子を筆頭とした道端組は、近年のヤカタ会の方針から外れた勢力ではあったが、その図抜けた武力による影響力は無視できないものがあったはずだ。

 合法化にあたって邪魔な道端組を、結果的にパージできたことで、ヤカタ会は合法化をより先鋭的に推し進めていくのか、はたまた武力を失ったヤカタ会を与し易しと他の組が台頭してくるのか──。

 そう青柳が思案していると、ふと露子の遺体に違和感を覚えた。

 遺体の肌の上の燻りに対して、シューシューと立ち込める水蒸気の量が、明らかに増えているのだ。

 口元に手を当てながら、後部座先に目を近づけると──露子の遺体はボッと煙に包まれた。

「何だ……!」

 青柳が車から飛び退くと、煙はあっという間に車内を満たして、モクモクと立ち上った。

 バラバラと現場に待機していた警官が集まってくる。

「何ですこれは、魔力の残滓ですか」

「わからんッ。早く消し止めなければ……」

 半ばパニックになりかかりながら、警官に指示をしかけたが、煙は間もなく収まった。

 そして、その場に居る全員が目を疑った。

 露子の死体が消えていたのだ。

「こりゃ、犯人の焼却の魔法で……?」

「いや、違うな」と青柳は歯ぎしりした。「あのヤー公、部下を囮にしやがった」

「は……何と……」

 警官が聞き返すのを無視して、青柳は車に飛び乗った。荒々しくアクセルを吹かすと、道端組の事務所へと走っていった。

 青柳の予想通り、露子は事務所へ戻っていた。

 ズカズカと入っていくと、露子は洗面所でタオルを切っているところだった。

「不用心じゃねぇか、ええ? つい先刻殺されかけたのに……」

「私のことはすでに始末したと思い込んでる。平気ですよ」

 手についた血を軽く洗い流すと、なぜかジュッと水の蒸発したような音がした。青柳が怪訝な目を向けると、露子は自嘲的な笑みを浮かべ、負傷した手を開いてみせた。

 水をかけたにもかかわらず、焦げた皮膚の上で赤白い点がジジジ……と燻ったままでいる。火傷は手のひらだけでなく、肘のあたりまで広がっており、ミミズ腫れになっていた。

「全く、すごい野郎だね。ちょっと触れただけでこの有様」

「運転手は死んでたぜ」

「そう……残念ね」

「てめぇは能力でダミー作って、部下を囮にとんずらか」

 道端露子の魔法は、雲を操作する能力。雲で身代わりを作り出し、千鶴の襲撃を躱したのだ。

「──あの子を助けるだけの余裕はなかった」

 細く切ったタオルを水に濡らして、ぐるぐると巻きつける。露子はフーッと大きなため息をついた。

「一体どこが糸を引いているの?」

「おいおい、身内同士の喧嘩じゃなかったのか?」

 青柳はオーバーに言ってみせた。

「ああ……そんな話だったね」

 もはや隠す必要もないと感じたか、露子は苦笑交じりに言った。

「あなた方は掴んでいるんでしょう、どこの組が奴の後ろ盾になっているのか」

「いや……」と青柳は否定した。「それを知ってどうする」

「殺す──」

 露子はにべもなく言った。

「我々に任せてくれんかね」

「すでに二人殺られた。私がやるしかない」

「おまえの一存で派手に戦争やろうってか」

「私達はやくざだぞ? コケにされたまま、黙ってるわけにはいかない」

 露子は眉を吊り上げた。青柳の隻眼がスッと細くなる。

「青柳……あんた、知っているな」

「──そういう商売だ」

 そのとき、事務所の電話が鳴った。

「出なくていいのか」

 青柳は言った。露子は口角を上げた。

 直に、留守電に切り替わる。

 ピーという音のあとに、ノイズ混じりの声が響いた。真夏の声だった。

『露子さん、私です。逃げられたでしょうか。……私も、やられてしまって……この伝言を聞いたら、連絡ください。お話ししたいことが……』

 二人はゆっくりと顔を見合わせた。

「なぜ宮本がおまえにこんな電話を寄越すんだ?」

「──何のことやら」

 露子はスッと一歩踏み込むと、目にも止まらぬ速さで殴りかかった。青柳は避けない。拳が顔面に打ち込まれる。頬骨が砕ける代わりに、洗面台の鏡が派手に割れた。

「道理で、宮本が丸め込まれてると思ったよ」

 続けざまに露子は膝関節に強烈な蹴りを放つ。フロア材に亀裂が走った。

 青柳は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「イチかバチかで試してるのか?」

「ええ、そういうこと」

 露子も青柳も、お互いの能力を知っている。

 青柳を退けることは容易ではない。露子もまた、一筋縄ではいかない相手だ。

「話してもらおうか。宮本との関係を」

「それなら私も、あんたの握ってる情報を聞きたいね」

 転瞬──青柳は胸元のコルトガバメントを抜き撃った。

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