第5話 水添組
両開きのドアを勢いよく開けると、中に居る全員の目が青柳と真夏に集中した。
「なんだてめぇ」
ジャージ野郎が吐き捨てるように言った。
トランプ遊戯に興じるグループ、食事中の者、テレビを観ている者──ここに居る全員が魔法少女だ。誰ひとり正義の心など持ち合わせていない。
「おまえら三下に用はねぇ」と青柳はちらっと横手の階段を一瞥した。「親分を呼んでこい。居るんだろ」
構成員達の発した殺気が部屋の中に満ち満ちた。
青柳は飽き飽きしたようにため息をつくと、真夏の肩を叩いた。
「宮本、おまえが相手しろ」
「手伝ってくれないんですか?」
「オレぁヤニ切れだぁー」
「人使いの荒い……」
青柳が階段のほうへ足を運ぶと、構成員達が一斉に構えた。
転瞬──真夏は120分の1秒を走り抜け、連中が引き金を引くより前に、全員を行動不能にしてのけた。
「がッ……!」「あッ──?」「う、ぐ……」
少女達は何が起きたか理解する間もなく、バタバタと床に倒れ伏した。
「よぉ、よぉ、お見事。素晴らしいね」
そう言って、青柳がパチパチと拍手をした。
「何人も相手だと、ホントに疲れるんですよ」
真夏は肩で息をしながら、スーツの埃をパタパタと落とした。
用いた能力は加速──魔法を発動させているあいだ超高速での行動が可能となる。
一見して強力な能力だが制約は多い。
ひとつは加速状態を維持できる時間の短さ。一呼吸のうちに持続できるのは、真夏の主観で10秒間ほど。客観的な時間にすればコンマ1秒間以下だ。
加えて、能力発動中は人に触れることはできず、人から触れられても強制的に加速状態が解除されてしまう。
よって、多人数を相手取る際、真夏は能力の発動と解除を素早く行って武装解除するのだが、ローギアだけで走るようなもので非常に燃費が悪い。
「オレがやってもよかったけどな。時間かかるからよ」
青柳がタバコに火を点けると、コツコツと階段を下る音がした。
見上げると、派手な柄の着物を着た、ひっつめ髪の女が笑みを浮かべていた。
「なんぞ、うちの若い衆が粗相でもしましたか」
女は手に持ったクリスタルの灰皿を差し出した。
「ああ。お宅を呼べって言ったのに、聞いちゃくれなかった」
青柳はタバコの灰を落とそうと腕を伸ばした。
女はいきなり灰皿を振り上げ、青柳の脳天を殴りつけた。
「──おまえンとこで囲ってる魔法少女について聞きてえんだ」
青柳は平気な顔でタバコの灰を落とした。頭の代わりに、そばにあった虎の置物がぶち割れた。
女は顔を歪めた。彼女は青柳の能力など知る由もない。
「か……囲っている魔法少女だなんて、知りませんわ」
「オレもお宅を殴りつけるべきかな」
女は頬に一筋垂れた汗を慌てて拭うと、踵を返して階段を上がった。
「失礼いたしました。……お茶でもいかがです」
「やあ、ごちそうになります」
青柳は皮肉っぽく言うと、二階へ上がった。チンピラ達のうめき声を背に、真夏もあとに続いた。
「オレが知りたいのは、お宅らが囲っているっていう脱獄商売やってる魔法少女さ」
女は質問に答えず、戸棚からティーセットを出した。
「アールグレイでよろしい?」
「──ああ。宮本、おまえもいただくだろ?」
「ええ。ごちそうになります」
「聞いたか。こいつにも淹れてやれ」
「はい、はい──」
青柳はコポコポとお湯を注ぐ音を聞きながら、先刻自分の頭に振り下ろされたクリスタルの灰皿にタバコをもみ消し、二本目に火を点けた。
「お宅もマル暴同士で横の繋がりがあることは、想像つくだろう。脱獄専門の奴が囲われてるってのは、ここの担当から聞いた話でね」
「あのデブがね、なるほどなるほど……」
女は苦笑いして、ティーカップを運んできた。
「何か勘違いしてないか? オレ達ァ、やくざを潰すために働いてるんだぜ」
「それにしちゃ、仲良しこよしで肥りかえってる組もありますがね」
青柳は女の言葉を黙殺して、カップを口に運んだ。
「あんたらの探してる逃がし屋、ですか……私らは〝ヤドカリ〟って呼んでますがね」
「ヤドカリねえ」
「たしかに、本家のほうで囲ってましたよ。あんまり仕事熱心な奴じゃないみたいだけど」
「フン。十日ほど前に中央刑務所から脱獄した魔法少女が居てな。そのヤドカリってのが絡んでるんじゃねーかと踏んでるんだがどうだ」
「私は知りませんよ。うちの組、直参じゃないですし……それに、刑事さんの前でこう言っちゃなんですが、脱獄って種類の仕事は実際に動く人間以外には知らせないんですよ。情報が漏れちゃやばいでしょ?」
「なるほど。じゃあ、誰が依頼したかなんてのも……」
「私はホントに知らないですよ。ただ……」
女はモゴモゴと言い淀んだ。
「ただ、何だよ」
「あいつが脱獄に絡んでるかは本当に知らないんですが……我々もヤドカリを探してるんです」
「探してる──?」
「ヤカタ会の奴を殺して逃げたって、大騒ぎでね」
青柳のタバコの先から、灰の塊がボロッと落ちた。
女──神崎の話によれば、ヤドカリが消息を絶ったのはつい先日のことだという。
そして、彼女が殺したというヤカタ会の組員は、まさしく先の事件の被害者だった。
この時点で、露子の話した組員同士の喧嘩という線と矛盾する。
真夏はこの矛盾には驚かなかったが、逃がし屋に疑いがかかっているのは意外な感じがした。
「ちょっと見てもらいたいんだがね」
青柳は写真を取り出して、例の落書きボードの念写を示した。
「ヤドカリってのは、こいつか?」
神崎はちょっと覗いて、すぐに首を横に振った。
「いえ、その方じゃありません」
「ついでに聞くが、こいつはお宅らの構成員か?」
神崎は再び首を振りながら、唸るように言った。
「新しく入ってきた奴ならアレですが、私の知っている限りでは……」
青柳は残りの紅茶をひと息に飲み干した。
「ご協力どうもありがとう」
「──思うんですがね」と、神崎はぽつりと呟いた。
青柳と真夏は顔を見合わせ、浮かしかけた腰を再び下ろした。
「ヤドカリって奴は、とても人を殺せるたまじゃないですよ」
「どうしてそう思う?」
「会えばわかりますよ」神崎は苦笑混じりに言った。「それに、ずっと足を洗いたがっていたし……」
「組抜けを許されなかったのか」と青柳は渋い顔で言った。
「いえ、はじめからヤドカリは組員じゃないです。気は弱いけど、何度言われてもそれだけは固辞してました」
私が言ってはなんですが、と言葉を続ける。
「ちょっと可哀想でしたね。組員でもないのに、脱獄は太いしのぎになるってんで嫌がるのを無理矢理やらせてたんですよ。何度か逐電しては、連れ戻されてたみたいですし」
「逐電というと〝向こう〟に行きましたか」と真夏は尋ねた。
〝向こう〟とは、大雑把に、魔法少女の少ない地域のことを指す。
「魔法少女であることを隠して暮らすつもりだったようです。でもほら、あいつの能力……は、実際知らないけど。鉄壁の刑務所から誰にも知られず、なんてねえ?」
塀の中に友達の多い連中が、こんな便利な能力を放っておく道理はないわけだ。
「しかし、だからこそ、汚い仕事を嫌い、やぶれかぶれで……という線はありませんか?」
真夏の言葉に、神崎はやはり首を横に振った。
「あいつに人を殺す度胸なんてないですよ。やくざの怖さもよく知っているはずだし」
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