第4話 囲い者

 朝。いつもより早い時刻に起きた真夏は、ノロノロと身繕いをはじめた。

 毎日恒例のルーティンをそつなくこなす彼女の頭を占めているのは、念写によって写し出された少女だった。

 十五年前に死んだ姉にそっくりの、金髪で、噛みつくような表情をした、あの少女。

 その後、真夏の拾得した銃弾は被害者が撃ったものだと裏が取れた。青柳が頼りにしているのだから、占い師の能力もたしかなものだろう。

 真夏は写真立ての埃を指で拭い取った。母と姉と自分、三人の集合写真。

 微笑む母親のそばで、ピースサインを見せる姉妹。

 そうだ、この写真を撮った頃だった。魔力の発現した祝いに、姉の千鶴は特別なドレスをあつらえてもらったのだ。

 贅沢に使ったフリル、たっぷりとしたパニエのシルエット、そして、ドレスにあしらわれた真紅のリボン──千鶴は何かと理由をつけてこのドレスを着ていたっけ。写真の中の姉は、いつまでも子供のままだ。

 真夏はいつものようにスニーカーをつっかけ、写真に向かい手を合わせた。

「それじゃ、いってきます──」

 返事はない。十五年間ずっとそうだった。

 真夏は警察署に出勤すると、まっすぐ資料室へと向かった。

 日付順に並んだ背表紙を指でなぞり、目当てのファイルを引き出した。十五年前、真夏の家族が奪われた強盗事件の記録だ。

 犯人はおそらく魔法少女のグループ。殺されたのは三人一家の母親と姉。逃げ延びたのは当時十歳の真夏、ただひとり。

 掃いて捨てるほど居た〝台所〟の容疑者達は身内意識の塊で、互いのアリバイを庇い合い、証言上、現場にはぽっかりと誰も居なかったことになっており、結局、犯人の逮捕は叶わなかった。

 まるで魔法のように? ふざけている。

 真夏は普段、事件のことを思い出さないようにしていた。事件について調べることもついぞしなかった。それは整理がついたからではない。十五年の年月が埃のように堆積して、心を覆ってしまったのだ。

 姉は死亡していた。それはたしかだった。やはり、他人の空似なのだ。

「よゥ──!」

 真夏が署のエントランスへ戻ると、青柳がカフェテリアから身を乗り出して手を振った。

「おい、宮本! ちょっと──」

「おはようございます、青柳さん」

 真夏の笑顔はすこし引きつっていた。変に勘ぐられたくなくて早朝に出てきたのだが、失敗だった。

 青柳は中身の入ったままの紙コップをゴミ箱に放ると、いつものように乱暴に肩を組んできた。

「やはり、案の定だったろ」

「は……何がです?」

「こいつだよ」

 青柳は念写の写真をひらひらと振った。改めて見ても、千鶴にそっくりだった。

「ヤカタ会本家から、道端組含む二次団体、三次団体、全部洗ってもこいつは所属していない。一応、紙の上の話だが」

「あ……ああ、そうだったんですね」

「これを確認しに資料室に寄ったんじゃないのか?」

「別件で返す資料があったもので」

「──あんまり驚かないようだな」

「あ、いえッ」

「まあいいや。この件で、クサい情報が入ってな」

「は……クサい情報ですか」

「ま、ここじゃなんだ。ちょっと、ちょっと、こっちにな……」

 青柳は足並みを揃えようともせず、真夏を二階の喫煙所へと引っ張っていった。

 いわゆる旧三級品と呼ばれる紙巻きタバコ《プシュケ》に火を点け、青柳は紫煙混じりにその情報を話しはじめた。

「五日ほど前に、中央の刑務所で脱獄者が出たそうだ」

「脱獄者ですか。しかし、なんでそれがクサい情報なんです?」

「ちっとも騒ぎになってねぇってのは、お定まりの、メンツを保つための情報統制なんだろうか──」

「まだ捕まってないんですか?」

「ああ。脱獄者は魔法少女らしい」

「で、その脱獄かました奴が、ヤカタ会の構成員を殺したって言いたいんですか? 結びつけるものがないですよ」

「それがよゥ。脱走に気がついてそいつを追った警備数名が、火傷を負って入院中らしいぜ」

 真夏は緊張の面持ちになった。青柳はフーッと煙を吐き出す。

「おそらく協力者がいたはずだ。その線から洗ってみないか」

「協力者ですか」

「脱獄専門の魔法少女が水添組みずぞえぐみに囲われてるって話でな」

「そいつを真っ先にしょっぴくべきですね……」

 青柳は大笑いして、タバコを灰皿へ放り込んだ。

 それから喫煙所をあとにした二人は車に乗り込み、一路、水添組傘下の組へと向かった。

 事務所を訪ねるにあたって、水添組に対し何のナシも打っていないと聞いて、真夏はちょっと嫌な予感がした。

「先輩、まずいんじゃないですか」

「何がだ」

「我々のどちらも水添組の担当じゃないですし……末端の弱い組とはいえ、いきなり行って、反感を買いますよ」

「だろうな」と青柳は事もなげに言って、咥えタバコを吹かした。「だが、やくざさん相手にアポを取ってだ。これこれこういう事情で向かいますからよろしくどーぞ、なんて、情報を見やすいようにクリップで挟んでファイルにまとめてくれるとでも思ってんのか?」

 真夏は思わず顔を赤くした。

「まさか。しかし……いえ、すみません。仰る通りです」

 水添組傘下の組事務所前に堂々と車を停めると、青柳はタバコをぷっと吐き捨てた。

「行くぞ宮本。やくざとの付き合い方を教えてやる」

「はい──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る