第3話 占い師
青柳は真夏を連れ立って、バラック小屋の戸を叩いた。
そのバラックには〝手相〟〝タロット〟〝アナタにぴったりのお守りあり〼〟などと養生テープで作った文字が貼ってあった。
「サービスタイムは終わったよゥ」
トタン越しに女の声がしたが、出てくる様子はない。
「豚が──」
青柳は戸に手を触れた状態で、歯をギリリと噛み締めた。
瞬間、真夏の口の中が微かに苦くなった。魔力の干渉作用だ。
青柳の魔法は、自分の体に受けたエネルギーを物体に伝わらせる能力。本来は敵の攻撃を逃がすための能力だが、自ら舌を噛み、そのエネルギーを利用してテーブルの上のカップを割ったり、横着者のケツに気合いを入れることもできる。
ギャーという女の叫び声が響き、ドタドタと足音が玄関へ駆け出してきた。
「あ、イテ、イテ、イテッ。あ、刑事さんですか……言ってくれれば、すぐ開けましたのに」
「嘘つけ、オレだとわかったら絶対に出なかったくせに」
「いやぁ、そんなことは……」
三十がらみの女は悲痛そうに顔を歪めた。笑ったのだった。
ひらひらとした薄手のマントとベールを身にまとい、いかにも占い師らしい衣装だった。
彼女は青柳に伴う真夏の姿を見ると、ギクッと体をこわばらせた。
「私、逮捕されます?」
「しねぇよ。邪魔するぜ」
青柳は店の奥の椅子にかけると、溶けた銃弾をテーブルに転がした。
占い師はあからさまに嫌そうな顔をした。
「アーッ、私、事件に巻き込まれるのは勘弁してほしいですね」
「青柳さん、何をしようっていうんですか?」
「念写だ。こいつは魔力を辿って──」
「私まだやるって言ってないですよ」
青柳はテーブルの上にドシンと両脚を乗せた。ごついブーツの底から泥の欠片が剥がれ落ちた。
「いくら欲しい。言ってみな」
「金じゃない、っていうのは、青柳さんもよくご存知でしょう? へへ……」
占い師は卑屈な笑みを浮かべた。
「やばいんですよ。〝覗き〟がバレかかってヤーさんが家に来るしね。何とか誤魔化せたけど、しばらくは占いだけにしようかって」
「捜査協力という形で、必要なら巡回を増やしてやるよ」
「表をウロウロするだけの奴が何人増えても同じですよ。私はね、守ってくれって言ってるんで」
「──失礼」と真夏が口を挟んだ。「念写能力を使ったことがなぜバレるんですか?」
「あー、それは……」
占い師はチラッと青柳のほうを見た。
「オレの部下だ。信頼していい」
「わかりました」と占い師は頷いた。「私の能力は、物に残った魔力から術者の現在の姿を覗くことなんだが、覗かれているほうに魔力の干渉していることが伝わってしまうんだ」
「あなたの能力を知っている人間に魔法を使えば、それだけで疑われてしまうわけですね」
「そうだ。しかも、相手が強い魔力を有していれば、私の能力を伝って、逆に覗き返されることさえある」
「なるほど。報復が心配なんですね」
「あー。よくわかりましたでしょう」
「それなら、しばらく署にいらっしゃるというのはどうですか?」
真夏が言うと、占い師は顔を青くした。
「従わなければ逮捕ってことですか?」
「あッ、いえ、そういうつもりではなくですね……」
「フン。どっちみち叩けば埃が出る野郎だ、いかに安全だろうと警察署なんかお断りだろうよ」
「その通りです」占い師は額の汗を拭った。「フー……一応聞きますけど、誰を覗くんです?」
「ヤカタ会のチンピラを殺した奴だ」
「ヤーさん絡みですか、参ったな」
「同じヤカタ会の構成員という話だ。覗かれてモメる心配はないだろう」
「あ、身内同士なんですね」と占い師はすこし表情を和らげた。
「その話が本当なら、な……」
青柳は真夏へ鋭い視線を送った。真夏は固い面持ちで視線を返した。
「──わかりました、三十でやりましょう」
占い師はそう言ったが、青柳は無言だった。
「アッ、すみません。十万でいいです」
「どうも」
青柳はテーブルから足を下ろすと、内ポケットから茶封筒を取り出して渡した。
占い師は封筒をおしいただくと、部屋の奥から子供用の落書きボードを持ち出した。先端に磁石のついたペンでなぞると字が書けるやつだ。彼女はつまみをスライドさせ、シャッと画面をまっさらな状態に戻した。
「物が小さいんで時間がかかりますよ」
「ああ、構わねえよ。ゆっくりやってくれ」
占い師は外したベールを折りたたみ、目を覆うように巻いた。そして、銃弾を左手に握り、〝覗き〟はじめた。
彼女の全身から魔力が滲む。右手が落書きボードを繰り返し撫でる。
「なんでしょう……あんまり、ここらじゃ見ない家ですね……」
「どんな奴だ?」
「まだ……ちょっと……あ、見えました見えました」
落書きボードにじわじわと線が浮かび上がる。最初はぼんやりと、しかし段々と鮮明に、人のシルエットと、相貌を、砂鉄の黒色が形作っていく。
「これは……うーん……子供?」
「子供──」
青柳はすこし顔をしかめた。
一般に、魔法少女の力は第二次性徴の前後にピークを迎えることが知られている。
「何歳くらいだろう、小学生から中学生くらいですかね? 明るい金髪で、痩せ型……」
ボードの上の手が止まる。青柳も、真夏も、じっと唇を結んで言葉の続きを待った。
しかし、二人が聞いたのは、占い師がテーブルに崩折れる音だった。
「なっ──! どうした、オイ!」
抱き起こすと、彼女はどろりと白目を剥いており、鼻血を出していた。
「気絶してますよ」
二人は顔を見合わせた。全身にびっしょりと冷や汗をかいている。
「こいつは相当の使い手だな」
青柳は落書きボードから占い師の手をどけた。
そこに描かれた少女の噛みつくような表情を見て、真夏はハッと息を呑んだ。
「──どうした、宮本?」と青柳は訝った。
「あ、いえ……その、こんな幼い子がまさか、と思いまして」
「ああ。……驚くようなことじゃないさ。むしろこのぐらいの年頃の奴が一番厄介だよ」
青柳は落書きボードを写真に撮りはじめた。
真夏は冷静を装っていたが、心臓は水に濡れた猫のように暴れていた。
落書きボードに念写された少女の姿は、十五年前に死んだはずの姉──
しかも、そこに写っているのは、記憶に残っている十二歳の頃の千鶴だ。
いや、まさか──。
他人の空似だろう。
──だが、姉の用いる魔法も、熱を操る類の能力ではなかったか。
真夏の心臓はいつまでも高鳴っていた。
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