賢者と二人旅

コヤマ

プロローグ

 フラフラとあてのない旅をしていた。

特に目的地なんてなかった。

今はある街に一週間ほど滞在している。

ここは危険も少ない良い街なのだが、長く滞在してると、俺みたいな人間はダラダラとずっと居着いてしまう気がした。


「そろそろ次の街にでも行くか」


 ということで今日はこの街での最後の食事をする。


「なんだ『リリオン』もう街を出るのか?」


 リリオンというのは俺の名前だ。

今話しているのは、この街に来るまで一緒に旅をしていた行商人の護衛達、その中でも割とよく話をしていた二人。

俺がこの街に長く滞在するつもりが無い事は既に話していた。


「じゃあねぇリリー、あんた弱いんだから無茶しないでねー」


 余計なお世話だ。

 軽い別れの挨拶を交わして食事を始めた。

馴染みのある人間との別れなんてこの旅ではよくある事だ。

だが別れがあれば出会いもある。

俺はこの後すぐ“賢者”と呼ばれている人物と出会う事になる。

店の出口に向かう護衛達とすれ違い、こちらに向かってくる人物が一人。


「ここ、いいですか?」


 柔らかく、心地の良い声に顔を上げる。

 水色の長い髪に大きな目、親しみやすい微笑みの奥に、ほんの少しだけ荒んだものがあるように感じるその人物は『フィロ』と名乗った。


 賢者フィロ。

 見た感じ二十歳にも満たないであろう、まだあどけなさの残る女の子。

ここ数年、各地で急に魔物による被害が増えていた。

賢者はその理由を調べて回り、魔物の脅威を少しでも無くそうと旅をしていると言う話だ。

そう、彼女がその賢者様だった。

今日この街へ辿り着き魔物の情報を聞いて回っているらしい。


「この街は治安もそこそこ良いし魔物の脅威もほとんどありませんよ」


 そう伝えると賢者は「そのようですね」と言った、別の場所でも同じようなことを言われたのだろう。

食事を終えた俺は店を出て旅立つ準備をした。

ここでいつもなら行商人にでもついて行って次の街を目指すところなのだが、今回は違った。


 街の出入り口、俺の隣には賢者が居た。


「魔物の脅威が無いなら、私がここに滞在する理由もありません」

「それは分かるけど、なんで俺と一緒に?」


 食事の際に、俺が今日この街を出て行く準備をする事も話していた。

するとこの子は当たり前のような顔で後からついてきた。


「なんでって、お互い一人で旅は無理でしょう?あなたもここを立つならちょうど良いです」

「ちょうど良いって、ていうか二人でも無理でしょ?行商人とかについて行かないと護衛も居ないし、俺そこまで戦いとか出来ないよ?」


 俺に屈強な戦士ほどの力はない、その上魔法も使えなかった、自分の力では魔力が出せない体質だったのだ。

 それともう一つ、変わった体質をしているとも言われていたのだが、まあこれも魔力が出せないせいで俺には意味のないものだった。

とにかく俺は力が弱かった。


「安全面については大丈夫です、わたし強いので、それにしばらくこの街を出発する行商人は居ないと思いますよ?」

「居ないの?」

「はい、一通り情報を集めながら、この街から出ていきそうな人も探しましたが、あなたしか見つかりませんでした」

「そうか」


 そういえば2日ほど前に、やたら消耗した中規模パーティがこの街に来ていた、道中厄介な魔物に出くわしたらしく、なんとか逃げてきたようだった。

魔物が街まで来る可能性は低いとの事だったが、昨日から騎士が討伐に向かったようだ。

行商人達も今街を出るのは危険と判断したのだろう。


「今街を出れば魔物の討伐も手伝えるかれません」


 そんな中でこの賢者ちゃんは街を出ようとしている、しかも魔物の討伐まで手伝おうなんて言いだした。


「ずいぶん腕に自信あるんだね、でもそれなら賢者ちゃんは一人でも平気なんじゃない?」


 わざわざ戦闘で役に立たない俺と旅をする必要なんてあるのだろうか。


「賢者をちゃん付けで呼びますか……フィロでいいですよ。

というか平気ではありません、私一人じゃ夜寝る時どうするんですか、流石に寝ているところを襲われたら私だって危険です」


 まあそれはそうか。

賢者といえど何でも一人で出来るわけじゃ無いよな。


 とはいえ本当に大丈夫だろうかと不安に思いつつ俺はフィロに連れられるように街を出た。

だがそんな不安はすぐに必要ないと悟った。

自分で強いと言うだけあって、道中何度か襲ってきた魔物を全て一人で倒してしまったのだ、あっさりと。


「大丈夫だったでしょう?」


 「おぉ」と驚く俺に余裕の表情で賢者ちゃんは言った。

その後も出くわした魔物を危なげなく倒しながら進み、日が暮れてきた。


「さて、この辺りで休みましょうか、私が先に見張りをします、あなたは先に休んでください」


 正直、美人局も疑っていたが違う気がした、あれだけ強ければ二人きりになった時点で襲えばいい、強面の男達も必要ないはずだ、そう思いたい。


「分かった、休みたくなったら起こしてよ」

「はい、ではこちらへ」


 にしても馬車も何もないところで野宿か、魔物よりこっちの方がキツそう……ん?こちらへ?

呼ばれたのは分かったが、体は動かなかった。

俺が固まっていると、


「そこで寝てたら体が冷えるでしょう、私の前に座ってください」

「そっちに行けば冷えないと?」

「はい」


 体を温める魔法でも使ってくれるのだろうか。


「ここでいい?」

「はい」


 今日一日中持ち歩いたカバンをそばに置いて、フィロの前に行くと。


「いったんマントとマフラーを貸してもらえますか?」


 そんな事を言ってきた。

 この辺りは少し寒い、夜になるとより冷える。

そのため俺もフィロも、マントとマフラーを着用しているわけだが、この下は割と薄めの長袖だ。

これを外したら普通に寒い。

少し躊躇ったが言われた通りにする。


「では向こうを向いてここに座ってください」


 外したものを渡して座る。

すると後から抱え込まれた。

抱きつかれたと言ってもいい、フィロが着用していたマントと俺の渡した物を合わせるようにして二人で包まる。


「……」


 薄目の布越しに、より強く感じられるフィロの体温。


「強力なものではありませんが結界をはってあります、この辺なら寄ってこれる魔物も多くないでしょう、ゆっくり休んでください」


 強力な結界はそれ相応に魔力を消費する、旅の間ずっと使っていたら、いくらフィロでも魔力が枯渇するのだろう、それはそうと背中がなんか柔らかい。


「いつも旅でこうしてるの?」

「状況によりますが、昔二人旅をしていた時はこうしてました」


 二人旅なんて危険な事は普通ならしないだろうが、この子の強さなら問題なさそうだ。

昔というのがどれくらい前なのか分からないが、小さい頃からむちゃくちゃ強かったのだろう。

それにしても今日会ったばっかりのヤツに対して警戒心が低過ぎやしないか。


「そっか」


 低い警戒心に対してなんでかと聞きたい気持ちもあったが、何となく言わずに飲み込んだ。

昔もこうしていたらしいし慣れてるんだな、きっと。

ただ正直ソワソワする、寝れるだろうか。

確かに体は冷えない、慣れれば気持ちよく寝れるかもしれない。

そんなふうに考えていたのも束の間、思いのほか早く眠気が来てすぐに意識がなくなった。



「旅人」


「…」


「旅人さん」


「……」


「……リリー」


「ん……」

「起きましたか?」

「うん、おはよう……」

「そろそろ交代お願します」

「ふぁあ……交代しますか」

「はい、寝れましたか?」

「うん、ソワソワして寝れないかと思ったけど、いつのまにか寝てた」


 少し体に違和感はあったものの、想像以上に深く眠れたようだった。


「そういえば今、リリーって」


 今更だが俺はフィロに名前を言っていなかった。

「フィロです」と自己紹介された時も、「どうも」としか返事をしなかった。

その後ついてくると思わなかったのもあって、タイミングを逃していた。


「あのお店でリリーと呼ばれているのが聞こえたので」


 あの二人と話した時か。


「そっか、名乗るのが遅れました、ごめん。リリオン、リリーでも構わないから」

「はいリリー、では見張りの交代、良いですか?」

「うん」


 立ち上がってグッと体を伸ばす。


「では場所を交代しましょう」

「フィロがしてくれたみたいにすれば良いの?」

「はい、お願いします」


 そう言ってマントを外すフィロ。

俺は外していたものを羽織りフィロの真似をするように後から抱え込んだ。

本人のお願いなので何も悪い事はない。

だがこの状況、あちこち触りまくりたい衝動を抑えるのが大変そうだ。


「一応言っておきますが、変な気分になっても乱暴な真似はしないでくださいね、反撃します」


 釘を刺された、全く警戒していないわけではないようだ。


「了解です」

「まあ、多少触るくらいなら構いません」

「え?いいの?」


 まさかの許可が出たので俺の手はフィロの胸に吸い込まれるように動いた。


「っ!?」


 ムニムニ


「…………」


 ムニムニ


「あの……少しって言われて胸触りますか普通?」

「あ、ごめん」


 やりすぎた、これ以上怒らせる前にやめようか。


「……そう揉まれると寝れません、程々にしてください。それに見張りもちゃんとお願いします」


 あれ、触るだけならいいのか?


「あと、これ以上のことしてきたら本気でぶちのめしますからね」


 賢者様にぶちのめすなんて言葉を吐かせてしまった。


「わ、分かりました、どうぞゆっくり休んで」


 そう言って程なくすると静かな寝息が聞こえてきた、やはり慣れているんだろう。


 そこからは魔物が現れるでも盗賊に襲われるでもなく、ただ静かな時間が続くばかりだった。

空が明るくなり始め、朝焼けを見ながらも、警戒は怠る事なく周りの音を聞いていると、腕の中の暖かい塊がモゾモゾと動いた。


「ん……」

「起きた?」

「はい……おはようございます」

「おはよう」

「…………」

「…………」


 互いに挨拶をしたあと言葉はない、寝起きで頭も回らないのだろう、そう思っていると。


「……ずっと触ってたんですか?」

「うん」


 フィロの寝息が聞こえてきてからも俺は胸から手をどけなかった、だってする事もないし柔らかいしあったかいし、ダメって言われなかったのならどけるなんて選択肢は無いのだ。

まあ、正確に言うと胸以外にもお腹や肩の辺りも触っていた。

でも1番デリケートでエッチなところは触っていない、バレたら確実にぶちのめされるからな、バレなければいいとか考えちゃいけない。

そんな事を囁く悪魔も俺の中には居ない、本当。


「そんなに良いものですかね」

「そりゃ良いものですよ、柔らかくてあったかいし」


 ムニムニ


「ちょっと、あんまり揉まないでって言いましたよね?」


 睨まれた、後ろからだと顔は見えないけどきっと睨まれた。


「すみません、寝れないから揉まないでほしいと言ってたので、起きてる時なら良いのかと」

「もう起きるので手をどけてください」

「あ、はい、ごめんなさい。それとありがとうございます」

「何の感謝ですかもう……ほら早く支度しますよ」


 寒い思いをしなくて済んだのはフィロの心遣いと温もりのおかげだ、その感謝のつもりだったのだが、『おっぱい触らせてくれてありがとう』という意味かと思われたのかもしれない。タイミングが良くなかった、だがその意味も大いにあるから何も言えない。


「了解」


 心地の良い熱源が離れていくのを名残惜しく感じながらも支度を始める。


「まあ確かに、柔らかいものは良いですよね」

「ん?」

「なんでもありません」


 何か言った気がしてフィロの方を見てみると、まだ寝起きの顔はしていたものの顔色は悪くないように見えた。


「良く寝れた?」

「……まあ、そうですね、悪くはなかったです」

「そっか、なら良かった」



こうして賢者ちゃんとの二人旅が始まった。

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賢者と二人旅 コヤマ @koyama553

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